3

 夜になってかなり大勢の人が広間には集まった。日本独特の一人ひとりのための小さな膳が並べられ、私とロレンソ兄はほとんど相好を崩しっぱなしの筑前殿にうまくおだてられて上座に着いた。

「さあ、皆飲もう。今日はバテレン殿とイルマン殿が来られたで、その歓迎のうたげじゃ。思う存分飲むとええ」

「おお」

 参列している筑前殿の家来ケライたちの間から歓声が上がった。私はサケはあまり飲まない方だが、筑前殿が上機嫌で次々に勧めて来るので拒みようもなかった。

 もっとも、ミサではイエズス様の御血となったぶどう酒を飲むわけだから、酒が一滴も飲めなかったら司祭は務まらない。日本のサケはぶどう酒と同じくらいの度数であろう。飲めば軽くいってしまう。ウイスキーほど強くはない。日本にも焼酎ショーチューという度の強い酒があるようだが、私はまだ一度もそれを飲んだことがなかった。色は透明ではなく、白く濁っていた。

 皆酒を勧めては、勧めた相手からいでもらう。これが日本のしきたりだ。皆思い思いに雑談して、場はかなり盛り上がっていた。

「いや、慌ただしくて申し訳にゃあ。実は今は中国の毛利モーリ攻めの真っ最中であってなも。間もなくここからずっと北の海沿いにある鳥取トットリという城を攻撃に出陣せにゃあならなくて、席が温まる暇もにゃあでよ」

 そう言って筑前殿は高らかに笑った。毛利といえば豊後のドン・フランシスコの大友一族とも宿敵の殿トノである。我われも瀬戸内の海を航海して堺に着くまでには、毛利のせいでずいぶんに恐い思いをしたものだった。

「そのように忙しいところに、急にお邪魔して恐縮です」

 そう言って私が畏まると、ますます筑前殿は上機嫌になり、

「いやいやいや、上様も下に置かずにお付き合いされておるバテレン様方を粗末にしたら、この筑前の首も飛びますわい」

 と、またもや高笑いであった。そしてすぐに話題を変えた。

「貴殿は今は安土の御城下におられるとのことやが、都へは行かれましたかな?」

「はい。高槻から都へ行って、そこで上様にお会いしました」

「ほう。いつ頃のことやかな?」

「四月、あ、いえ、これは私たちの暦ですから、日本の暦ではいつでしょうか。桜が咲き始めた頃でした。あのときは、上様が馬揃えを行って、私たちにも見せてくれました」

「おお、おお、あの時でござるか」

 筑前殿はまた少し身を乗り出して、私とロレンソ兄の杯に酒を満たした。

「そういえば羽柴様はあの馬揃えには」

「ああ、わしは中国攻めと播磨平定で、この姫路に張り付いておったからのう。ちょうど三木城の攻略で手こずっていた時で、馬揃えどころではなかったんや。やけどすぐそのあとに、いっぺん都へは上ったのやけど、上様は安土にお帰りになりよった後やった」

「私たちもすぐ後に、安土に向かいました」

「おお、そうするとほんのわずかの差でバテレン様方とは行き違いじゃったのか。もうちびっと早く行けば、都でバテレン様と会えておったかもしれませぬな」

 私も笑みを返した。

「都の前には高槻におられたのか。どうじゃ? 今やキリシタンの数もどんどんどんどん増えておるんやな。高槻といえば領主の高山右近殿、あのお方がおられれば心強いことでしょう」

 高槻の殿のジュストのことだ。

「ええ。あの方のおかげで、だいぶ助かっております。ここで安土の上様ウエサマもキリシタンになってくださればこんなに素晴らしいことはないのですが」

「上様がキリシタン? あ、そりゃあ無理だがね。あのようなお方だからバテレン様方を大切にはされておられるけれど、ご自身がキリシタンになられたりしたら、それこそ太陽が西から上るでの」

 信長殿は、やはりそういうお方なのらしい。

「わしはもっと柔軟に考えておりましてね。キリシタンの教えは右近殿やそちらにおられるイルマン了斎殿から、ぞれとバテレンのウルガン殿からも一通りは聞いておりますからな。なんやったっけ、あの、カテキ…カテ、カテ」

公教要理カテキズモですか」

「そう、それ。それは一通り聞いておりますがね。だから今すぐその洗礼とやらを受けてキリシタンになってもええ思っとるがね」

「え?」

 私は驚いて酒を口に運ぶ手を止めた。あまりにも話がとんとん拍子過ぎる。ところが隣でロレンソ兄は、何かを知っているようで薄ら笑いを浮かべていた。

「ただし」

 筑前殿は指を開いて手のひらをこちらに向け、何かを制止するポーザ《(ポーズ)》をとった。

「キリシタンのマンダメントスという十の掟がござろう。あの六番目、あれだけはまああかん。あれさえなければわしはキリシタンになるのやけど」

 十戒コマンダメンティの六番目といえば「ノン・モエチャベリッス汝、姦淫するなかれ」である。

「聞くと、キリシタンでは、生涯妻は一人しか持てぬというではござらぬか。下々の民百姓ならいざ知らず、城を預かる武将としてはそれでは困るがね。次の代に家を続かせていかなくてはならん。わしも長浜におるおかかとの間にはいまだに一人も子に恵まれておりませぬ。これでもうあのおかか以外に側室も持てにゃあとなれば、羽柴の家はまああかん」

 そのようなことを真顔でならともかく、先ほどまでと変わらぬ上機嫌で言うのだ。

「どうかわしだけ、その第六の掟を免除すると言うてちょうせんかのう、バテレン様。そうすればわしは明日にでもキリシタンになりましょうぞ。さすればこの姫路の地に、南蛮寺を建て申すための土地をも進ぜよう」

 教会を建てる土地はほしいが、そう言われても私は困ってしまう。私ごとき一介の司祭に公教会の掟を変えることなどできるはずがない。

 ところが筑前殿の笑って言うその顔を見ていると、どこまでが本気でどこまでが冗談なのかよく分からない。

 そして隣でロレンソ兄も、まだ含み笑いを続けている。どうやら筑前殿がこのことを言いだしたのは初めてではないらしい。ロレンソ兄も、すでに何度も言われているようだ。

「マンダメントスは『天主デウス』が御自ら定めたもうた掟でありまして、人間が作ったものではありません。もし私たちが異教の教えのように人間が作ったものを広めているのでしたら、マンダメントスに関しても御希望どおりにすることもできましょう。しかし、我われが伝える教えは人間が考えたものではなく『天主デウス』様からの教えでありますから、ご希望に応じることはできません」

 私はできる限りまじめな顔でそういったが、筑前殿はさらに声を挙げ笑ってそれを聞いていた。

「ところでバテレン様。この姫路の城はいかがですかな」

 もうあっさりと話題を変えられてしまっている。

「まだ新しいお城のように感じましたが」

「その通り! おっしゃる通り!」

 いちいちジェスト(ジェスチャー)が派手である。日本人としては珍しい。

「もともとあった城やけど、昨年大改築して、安土に倣って天守も作り申した。ここはもともとはわしの城ではなかったのだがな」

 筑前殿はそう言ってからあっちこっちで盛り上がっている宴席の場を眺めわたし、

官兵衛カンヒョーエ!」

 と、大声で誰かを呼んだ。呼ばれたらしい武士サムライはゆっくりと自分の席を立ち、杖を突きながらたどたどしい足取りでこちらに来て近くに座った。どうも足が不自由な人のようだ。

「こちらは黒田官兵衛殿。本来、この姫路の城はこの黒田家の居城でござってな」

黒田官兵衛クロダカンヒョーエ孝高ヨシタカと申します」

 官兵衛カンヒョーエと呼ばれた男は我われに無表情のまま頭を下げた。年の頃は私よりもほんの少し上くらいかと思われる。まだ四十歳にはなっていないだろう。その目は実に鋭かった。全体的にいかにも武士サムライという感じの風格で、筑前殿とは対照的だった。

 その時気付いたのだが、羽柴殿に対して感じていた違和感は、どうにも武将としての貫録というか風格が欠けているような気がしていたのだ。

「実はわしが上様より毛利討伐を命じられてこの播磨に来て、一時この姫路の城を本陣として借りて、官兵衛は城を明け渡して他の城に一時住んでおられた。それで、三木城も落としてとりあえず播磨が平定できたのでわしはこの姫路の城を官兵衛に返すと言うたやがな、官兵衛がこの城はわしにくれると頑として譲らにゃあ。わしは長浜という城があって、そこの城主だからと何度も辞したのじゃが、こいつもなかなかの頑固者でなあ」

 筑前殿の大笑いにつられてか、無表情だった官兵衛殿もほんの少し笑みを浮かべた。

「まあ、それで去年この姫路の城を大改築して、わしは本丸に住んでおるが、官兵衛には二の丸に住んでもらっている」

 なるほどそれで、この屋敷はいかにも新しいという感じなのだ。

「とりあえず、毛利が完全に平定できた暁には、またわしはこの城は官兵衛に返すつもりじゃがな」

「いえいえ、滅相もない。この城は永代不変に殿のものでござる」

 官兵衛殿がやっと口を開いた。そのまま官兵衛殿は筑前殿に向かってまた畏まった。

「お願いの儀がございます。この城でバテレン様方が我が二の丸にご逗留くださることをお許し頂きたい」

 あまりの真剣な頼みに、筑前殿は一瞬身を引いた。

「なんだ、官兵衛。そんな怖い顔して言わなんでも、そもそもこの城はもともと貴殿のもの、貴殿の好きにされればよかろう」

「ありがたき幸せにござる」

 官兵衛殿は筑前殿に、もう一度頭を下げた。

「ようし、飲め飲め飲め飲め」

 筑前殿は、そう言って立ち上がった。

楽人がくびとみゃあれ」

 そのひと声で広間に楽器が運び込まれ、音楽の演奏が始まり、多くの人がそれに合わせて歌を唱和していた。

 楽器は笛や太鼓であった。そのうち筑前殿はもろ肌脱いで扇子を手に踊りだした。人びとはそれに掛け声をかけ、手拍子を打っていた。

「皆のものも舞え、舞え、舞え」

 筑前殿が舞うので、何人かの家来も立って一緒に踊っていた。それは決してテンポは速くないが、おもしろい動きをする踊りだった。音楽と歌のほかに、広間には笑いと歓声があふれていた。これは安土の城では決して見ることのできない光景なのではないかと私は思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る