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我われはその足で、さらに北に十分くらい歩いた所にある
年の頃は二十代半ばの若者だ。それでも信長殿のお子だけあって、しっかりとした「
妙覚寺も本能寺に負けないくらいの大きな寺で、
そこで型通りの挨拶をすると我われはフロイス師の提案を受け、信長殿がこの都の所司代、すなわち総督あるいは市長のような役に任じていた
村井殿は気のいい老人で、信長殿と同様愛想よく我われを迎えてくれた。
教会に帰ってから何か気の抜けたような感じで、皆で集会所の木の床の上に足を延ばして座っていると、しばらくしてから信長殿の使いの者が大きな籠と共にやってきた。信長殿が言っていた贈り物のようだが、出てみると籠の中は大きな鳥が十羽ほど入っていた。
「バテレン殿のお体がお悪いようなので、この
運んできた信長殿の
こんなところにも信長殿の人柄が表れているような気がした。
三日後、とうとう四月になった。その四月一日の土曜日は、信長殿が言っていた
この日は朝早くから町全体が騒がしく、我われは朝の七時にはもう教会を出て教えられた見物の席へと向かった。会場は
この国の町中ではローマのような
「おお、チルコ・マッシモ」
と、ヴァリニャーノ師もうなっていたし、オルガンティーノ師もうなずいていた。
「まさにそうですね。いやあ、驚いた」
笑いながらそういうオルガンティーノ師に、ヴァリニャーノ師は少し首をかしげた。
「
そう聞かれて、オルガンティーノ師は、
「そりゃそうですよ。だって、このような施設は今までなかったのですから。信長殿は今日の催しのためにわざわざ作らせたのでしょう」
と言ってから高らかに笑った。
南北に細長い広場の両脇には、ずっと少し高くなった見物席があって、その上が貴人の席のようだ。その下のところにすでに多くの庶民で埋め尽くされていたが、広場と庶民たちが立って見物する間には縄が張られていた。細長いといっても幅も相当なもので、向かい合っている席の人びとの顔は見えないほどだ。
私たちはずっと北の方に案内されたので、そこからまたさらに五分ほど歩かねばならなかった。見物席は
桟敷の上には貴人が座るようになっているが、よく見ると手前が男性、向こう側が女性の席と別れていた。
我われの席の斜め前方の向かい側の桟敷の中央あたりには、一つの特殊な建物があった。建築様式からしてこの国の宮殿を一回り小さくしたような形で臨時の建物のようだが、それでもきらびやかな金で装飾されている。そしてその周りを多くの兵が警護しているのが見えた。どうもあそこが
この細長い広場の向こう側は端から端まですべて深い森で、つまりはそれが
そのまま待つこと一時間くらいで、人びとの間からどよめきが上がった。馬に乗った武将らしき人を中央に何騎かの馬と徒歩の兵たちの集団が広場の隅から入場してきた。馬もそれに乗る人も甲冑姿ではあっても派手に着飾っており、また徒歩の兵たちもそれぞれきらびやかな贅を尽くした意匠をこらし、色とりどりの旗を無数に従えていた。人びとの歓声を受けて、その集団は広場を行進する。それに合わせて笛や太鼓の音楽も奏でられ、それが軽快な
歓声に応えながらその集団が過ぎると、少し間をおいて次の集団が入ってくる。やはり十五騎ほどの馬で、先頭はやはり着飾った武将であった。そんな集団が十あたり続いて入ってきた。馬は隊列を組んで帝の玉座の前を通過すると向こうの方から折り返してくる。次々に入場してくる一団とはすれ違う形になって、途切れなく行進は続く。
「これ、みんな信長殿の軍事力なのですね」
私がふとつぶやいたように、まさしくこれは天下に己の武力を見せつける
ひと通り入場が終わり、広場が騎馬武者であふれると、最後にやはりきらびやかに着飾った多くの従者に杖や長刀、
その服装たるや誰よりもきらびやかではあったが、我われを驚かせたのはその赤い
南の方角の方へと退き、最初に入ってきた集団の馬から一斉に駆けだしはじめた。十五騎が一斉に駆けだすのだから壮観だ。馬が駆けだすと楽の音に重ねて
十五騎の馬が駆けだすとさすがの日本のチルコ・マッシモも、所狭しという感じだ。広場の北の端まで行ったら折り返して南の端へ、そしてまた折り返しと、今ではただの広場にすぎないローマのチルコ・マッシモがかつてのローマ帝国時代にはこんな感じだったのだろうかと想像を掻き立てられた。
最初の一団の十五騎がひと通り駆け回るとやがて退場していき、次の一団の十五騎がまた造られたチルコ・マッシモを駆け巡り始める。馬だけでなくたくさんの旗も一緒になって動くから、それがまたいかにも「動」という感じで目を奪われる。
これが次々に、入れ替わり立ち替わり続く。最初は十五騎ずつの一団での
信長殿もともに馬を走らせ、また途中で何回も馬を乗り換えたりしていた。彼は赤い
ヴァリニャーノ師はじめ我われは皆息を呑んで、その華やかで勇ましい行事に見入っていた。都での生活が長いフロイス師やオルガンティーノ師でさえ、このような行事を見るのは初めてだという。朝の九時ごろから始まった行事だが、もうすでに昼を過ぎていた。
そしていよいよ最後の
その椅子を
信長殿が座ると、再びその椅子はやはりきらびやかな衣装の四人の男に担がれ、信長殿は椅子の上から威圧するかのように周囲を見ていた。自然と
それを見ていたヴァリニャーノ師が驚きの表情を見せたのを、私は横目で見た。
「信じられない」
と、ヴァリニャーノ師はイタリア語で、小声でつぶやいていたのである。
「どういうことですか?」
私が聞くと、ヴァリニャーノ師は私を見て、そのままイタリア語で言った。
「
貴族の出身であるヴァリニャーノ師だけに、そういうところには目聡い。私はそれを聞いて、それまでただただ行事の華やかさに目を奪われてそこまで深い考えを持っていなかったが、言われてみれば確かにそうだと思った。信長殿との会見でヴァリニャーノ師が
その後、多くの騎馬団に分かれていた信長殿の家臣団も、一団ずつゆっくりと馬を進め、総ての桟敷の前を通るように場内を一巡した後に北側から退場していった。その最後が信長殿で、信長殿はずっと四人の男が担ぐ台の上の椅子に座ったまま、騎馬団と同様に場内を一巡した。そして、我われの席の前にもさしかかったので、今までは遠くたよく見えなかったその顔がはっきりと見えた。高く掲げられた椅子に座っていた男の顔は、三日前に我われを迎えてくれたときのような慈愛あふれる笑顔の信長殿ではなく、威厳に満ちた帝王の顔だった。
こうして、華々しくも錦に染まるような一日の時間が流れた。しかしそれは確実に流れており、とどまることを知るすべもなかった。
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