Over 4 Line

糸泉せん

プロローグ

 # Over 4 Line

 

 

 歩き慣れた通学路を外れたのだと気が付いた時には、もう、知らない場所だった。

 朝固有の静謐せいひつな空気。彼方から響く朝鳥の鳴き声。周囲の雑木林から差す細い光明。白い吐息が朝日を浴びて朱色に染まり、たゆたいながら宙へと溶ける。

 前方。左手にはいたく剥げた鳥居。右手には倒潰寸前の古い神社。

 それらを結ぶ石畳は、酷く苔むし隙間からは雑草が根を生やしていた。

 どうやら正門とりいからではなく、脇の獣道から境内に踏み込んでしまったらしい。

 ふいに、そんなどうでもいい事に背徳感を覚えた。

 未だ夢現ゆめうつつを彷徨っているのではないだろうか、とつまらない疑問が脳裏をかすめた。

 私の知る住み慣れたこの街に、その神社は見覚えがなく、同時に現実味がまるでなかったからだ。

 どうやってここに来たのかなど思い出せるはずもなく、ただ、蟲惑的こわくてきな微睡みに誘われるように神社へと自然に足が向く。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 踏むほどに歯切れの悪い音色を奏でる石畳。ゆっくりと歩いて賽銭箱まで。

 澄んだ大気に包まれ、緋色の陽を浴び、着実に朽ちつつある貧相な本殿。

 雨風を避ける屋根は傾げ、瓦は剥げて柱は歪み、脆さ古さも隠しおうせずにかろうじて形をなしているその在り方に、侘しさを感じた。

 頽廃的たいはいてきな雰囲気の所為か。

 判然としない頭の所為か。

 老朽化し今にも崩れそうな見立てをしているにもかかわらず、神聖さだけは劣化も衰えもせずに決して神と言う名の虚像を奉るに不足ない神秘的な趣が、神社には確かに見て取れた。

 得体の知れないナニカに心が震え、私は直感した。

 私のコトバに意味や理屈など失いのだ、と。

 冷たい風が頬をかすめ、たまらずマフラーを鼻先まで持ち上げる。財布を取り出し、かじかむ指で小銭を握る。

「そこに君、まさか願掛けでもするつもりじゃぁないよね? ここに偉いモノも賢いモノもいやしないよ? 在るのは先人の願いだけだ。願いに願掛けなんてくだらないと思わないかい?」

 背後から木霊した男の声に、私の指が停止した。

「成就の困難さは、君のその諦観ていかんしきった眼を見れば一目了然だ。だからこそ、もっと素直に、素敵に、自由に構えるべきではないのかい? きっとその方が愉快だよ?」

 振り返らずに私は怒る。

 よく知りもしないくせに人を見透かしたかのような言い方が我慢できなかった。

「■■■■■」

 怒鳴った後、すぐに我に返って後悔した。

 その声は、一体誰へ向けてだというのだろうか?

 その言葉は、一体誰に届いたというのだろうか?

 判りはしない。たとえ理解できていたとしても。

 いや。違う。

 きっと、後悔する事が一番愚かしい行為なのだろう。

 そんなの、結果を見ればとうに決まっていたのだから…………――――?

 

 

「■■」

 

 

 # overture story

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