第117話 涙


不意に流れ出した涙に

一番驚いたのは自分自身で 

ワケも分からず出てくるそれを

成す術もなく放置した


いつもと変わらない朝の

いつもと変わらない景色


哀しみも痛みも別にない 

強いて言えばなんとなくむなしくて

でもそのむなしささえいつも通り

変わらず僕につきまとうもので


どこかおかしいのだとすれば

それは泣きながら歩く僕の影


何一つ変わることのない日々に

入り込んだ異分子にイラついて

意味もなく右目からあふれる水を

乱暴に袖で拭ってみた


耳元に流れているのは

何も知らなかった幼い頃の曲


あの頃は良かったなんてまだ

絶対に言いたくはないけれど

あの頃の自分はこんなにも

分からない存在じゃなかったのに


遠く電柱の上に立つカラスが

無様な僕を見下ろして嗤う


それでも別に構わない

どんなに無様で滑稽でも

僕が僕であることに変わりはなくて

あの頃から一貫して僕は僕だ


まだ止まらない涙を垂れ流し

無様な僕はいつもの道を歩く

放っておけばそのうち

分からない涙は乾くだろう


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