針と梔子
ゆきか
一 序章
≪場所≫
旧ガルデニア邸二階
≪時≫
晩秋
≪人物≫
ユル(少年)
イグ・セーデ・ガルデニア(次男)
パドール・カナレノ・ガルデニア(夫人)
マンジェータ・セーデ・ガルデニア(長女)
イグ・カナレノ・ガルデニア(長男)
ミーシャ・シェデーヴル(人形)
クレア・シェデーヴル(人形)
朔夜(学生)
仕立屋、養育係、庭師、側近、料理長、女中、魔女、御者、画家、子供達
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あのときも、甘い乳の雫をぽとりと落として凍らせましたような、
美しい
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死人に
ころん、ころんと
夜が純白の螺旋階段を踏み、心拍ほどの規則的なあしおとを鳴らす。
やわらかな冷たい絹で造られたその階段は、夜の舞踏に応えるように、端正な曲線をゆるやかに
円形の舞台から伸びて横たわる、六つの白い女の手。幼子の唇をなぞり慈しむように動く指。
舞台の中心には歌姫。
或る時は純白の裾を引く気高き夫人。
又或る時は豊かに
姿は闇に隠れおぼろげである。
歌は聞えず、ただ夜風が葉を撫でる音が
夜に音楽を奏でてはならぬと、お母様。
口笛を吹くなど
歌姫は歌の代わりに甘い香りを紡ぐ。
弦を爪弾くように泳ぎ、音を立てぬようそっと窓を開けて、少年の頬を包む。
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梔子の咲く
行く宛てもなく、何も持たず、ひとり寂しい雪の街を彷徨っていて。
あたたかな色の窓の向こうにいる幸せそうな家族も、路地裏の痩せたこどもたちも、ぼくの仲間ではなかった。
どこで生まれたのか、お母様はどんなひとなのか、どうしてここにいるのか、思い出せなくて。
ぼくは何者でもない。
そう決め込まずにいられたのは、誰かの唄う声が僅かに耳の奥に残っているためだった。
つめたい手に導かれるままに歩き続けるうち
そのころにはすでに迷宮の入り口を通り過ぎていたのだと気付いたのは、ずっと後のこと。
大きな曲線をえがく階段をのぼり、薄暗く長い廊下の先には書斎。壁一面の本棚、見上げてみても、上の段は闇にとけて見えない。
ろうそくを灯して書見していた邸の主人が微笑みかけている。
長い銀色の睫毛の隙間から覗く鮮烈な赤に吸い込まれ、そっと頭を撫でられて……。けれども決して胸へ抱き寄せてはくれなかった。
ここは夢か、美しい魔界か。
分からぬまま、今も彷徨い続けている。
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