第2章

第25話   手紙の運び手

べつだん 目覚めの良い朝 でもなかった

いつも 曇っていて どんよりしている 空

カーテンを閉めて 着替えに かかる


シスターの 身の上話を 手がかりに

隣町の 資料館

教会の周辺

その二ヶ所で 機械の つまみを 回して

なにか 聞こえるまで 周波を 合わせ

調査する 予定だ



出かける 支度したくを 終えて

小屋を 出ると

霊園の 門の横の ポスト付近に

男が一人 立っていた


「あ、おはようございます。早いんですね」


男は 二十代半ばに 見えた

分厚く 上等な 革製のコートを着て

片手に 白い封筒を 持っている


私宛かと 尋ねたら 彼は 首肯した


受け取った手紙には 住所も宛先も

差出人の 名前も 書かれていなかった


開封してみる


『前略墓守さんへ。昨日も解決してくださったのですね。おかげさまで、学者風の男が夢に出ることはありませんでした。ですが、また次の男が、私を打ちのめし始めたのです。今度は、現実離れした体格の大男です。山奥で獣にでも育てられたのか、不潔な着衣をまとい、顔も体も垢にまみれて、思い出すのもおぞましい風体でした』


手紙の筆跡には 見覚えがあり

差出人は 依頼人のようだった



「お兄さんは、もうあの人の嘘に、気づける歳ですよね」


嘘とは


「彼女は、家に誰かを入れるのは初めてだと、お兄さんに言ってましたね。あれ、嘘ですよ。だって俺、風呂場に隠れてましたから」


泥棒か

そう訊き返すと 笑われた


「お兄さんの家まで、彼女の初依頼の手紙を届けたお礼に、彼女と少し話せる機会を得られたんです。彼女は人気者でしてね、会うだけでもお金がかかるんです。僕はカードしか持ってないから、彼女に手渡せる小銭がない。だから、利害の一致で報酬をもらっていました。ああ、いかがわしい事は何も。僕は彼女と話せるだけで、充分ですから」


カードって なんだ

カードゲームのことなのか


ギャンブルで 小銭を使ってしまったと

そういうことか


人と会うだけで 儲かる人間が いるというのは 初耳だが

風呂場に 隠れて

私と依頼人の話を 盗み聞きしていた者が

この場にいる というのは

なかなかに 不快だ


彼が 真実を話しているとも 限らない

家の外で 私と彼女の会話を

盗み聞きしていた 可能性もある


「おっと、べつに盗み聞きしていたわけじゃありませんよ。本当に風呂場にいたんですから。お兄さんがお手洗いを借りるために風呂場に来たときは、生きた心地がしなかったですね。よっぽどお茶を飲み過ぎたのか、何度もお手洗いを借りていましたよね」


うわ


「それに、彼女はべつにお金に困ってはいないんですよ。住んでいる場所を、俺と一緒にぼろっちく飾り付けてるだけなんです。そのほうが、お客が哀れんでくれますからね。お金だけ置いて帰ってくお客もいるんですよ」


だとしても

私は 依頼人から引き受けた この仕事を

遂行する

これは 私のためでもある

今のところ さしたる壁にも ぶつかっていない


あんな辺鄙へんぴな 場所で

孤独に 生きていける人なんて いない

誰か 手助けしてくれる人が いる

それは 察していた


ただ 彼だとは 思わなかった


彼は 二日前 教会の 懺悔室から 出てきた男だった


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