天才たちが集う学園で、私の能力は平凡です

四志・零御・フォーファウンド

天才たちのことがだいたいわかるで章

スカウト部との出会い

第1話 なぜタライ?


 満開の桜が行く先々で見られる4月。私は短い春休みを終えて念願だった華の女子高校生となった。


 中学生の頃に思い描いていた高校生活とはかなり異なっていたが、やはり楽しいものだ。先日は隣のクラスの男子から告白もされた。私のタイプでは無かったので断ってしまったが、これぞ女子高生。青春してる。


 女子高生とは言語化の出来ない青春の一握りを指す言葉なのだ。


 友達がそう言っていたけれど意味が分からない。


 それが女子高生なのかもしれない。……?


 そして、桜がすっかりと舞い散った5月。


 クラス内での自分の立場もなかなかのもので、比較的大きな女子グループのメンバーに入っていた。大きなグループに入っておけば、女子同士のいざこざの際には有利に立てる。

 

 これで面倒ごとに巻き込まれる心配はない。高校生活は安泰!あとは彼氏を見つければ完璧じゃないか!



 放課後、イケメンな先輩から告白されている妄想をしながら、ニマニマと気持ち悪い笑顔を作っていると、後ろから足音が聞こえた。

 

 緩んだ顔を一瞬にして元に戻す。


 後ろをゆっくりと振り返る。


――しかし、誰もいない。


 スマホを取り出して時間を確認すると21時を回っていた。放課後、友達とカラオケではしゃいだせいで予定よりも遅い帰宅となっていた。


 恐らくだが、カラオケ店を出てからずっと後を付けられているのだ。


 この時間に、可愛い女子高生が薄暗い道を歩いていることを自覚し、若干の恐怖を覚える。


 変なおっさんに襲われたらどうしよう。


 足の歩幅を伸ばし、歩調を早める。すると、後ろでも同じようなリズムの足音が聞こえて来た。


 足を止め、ぱっと振り返る。やはり、そこには誰もいない。


「――ッ!」


 私はこれ以上の恐怖に耐えきれなくなり、気が付けば駆け出してた。すると、後ろから怒鳴り声が上がった。


「待てっ!」


 威圧感のある男の声だ。


 後ろを振り返らずに走り続ける。しかし、日ごろの運動不足のせいか、足が絡まり転んでしまった。


――まずい、追いつかれる!


 そう思った時には遅かった。急いで立ち上がったのだが肩を掴まれ、身震いする。


 ガタガタと震えた身体で後ろを振り返ると、そこには眼鏡を掛けた男が立っていた。


「や、やっと追いついた…‥」


 肩で息をしているその男の顔に、私は見覚えがあった。先日、私に告白してきた同級生の男子生徒だ。


「な、何なのよ…‥?」


 怯えながら口から出せた言葉はそれだけだった。


「ぼっ、ぼ、僕と付き合ってよ」

「この前、断ったじゃない」

「な、なんでだよ!僕と付き合ってよ!彼氏いないんでしょ!それならいいじゃん!」

「やめてっ!」


 肩を掴もうとした彼の腕を振り払う。彼には予想外の出来事だったようで、尻もちをついた。しかし、その行為が私の間違いだったと刹那に感じた。彼は怪しい笑みを浮かべながら立ち上がり、何もしゃべらず私に向かってゆっくりと向かってきた。


「……ひひっ……うひひひっ……」


 咄嗟に逃げようとするも、腰が引けて立ち上がれなくなってしまった。スカートがめくれ、男に下着が見えているが、そんなことに構っていられる余裕が無かった。


「た、助けて!」


 腕の力だけで必死に後退する。それと、必死に助けを呼ぶ他、この状況を打開できる道筋はない。


「誰か!助けて!」


 繰り返し叫ぶが、助けはやってこない。その間に男の身体が目の前に到達していた。


「ひひひっ……」


 もうダメだと諦めた、その瞬間――


 ゴン!という鈍い音がしてから、彼はその場に崩れ落ちてしまった。

何が起きたのか状況が読み込めず、ただ茫然としていると、目の前にいる、もう一人の人物の気配に気づいた。


「やあ、君を大丈夫かい?スカウトに来たよ」


 大きなタライを持った少年は、あどけない笑顔でそう言った。


「…………」


 私は未だに状況を読み込むことができず、無言を貫いていた。


「んー、混乱してるみたいだな。それじゃあ、状況を整理してみよう。まず、あんたはこの変態に追われていた。で、あんたが転んで、襲われかけた。そこにオレが駆けつけてタライを頭に落としてやった。というわけだ」


 少年は私に手を差し伸べた。


「理解できたか?」


 私は手を掴んでようやくの思いで立ち上がった。


「はい、助けてくれてありがとうございます」


 タライについてツッコミを入れたいところだったが、危ないところを救ってくれたのだからまずは感謝をしなくてはいけない。


「さて、それじゃあスカウトしたから転校手続きを――」

「ちょっと待ってください!」

「なに?」

「スカウトってどういうことですか。説明してくれますか?」

「ああ、そうだった。詳しく説明しよう。まずは、知才ちさい学園って知ってるか?」

「はい。一応知ってます」


 知才学園は日本で一番有名な学園だろう。様々な分野の天才たちを教育する、私の様な凡人と比べものにならない優秀な人材が集う場所。それが知才学園だ。知才学園に入学したのならば、その後の人生安泰と言われているほどの名門だ。


「で、知才学園がどうかしたんですか?」

「君の転入が認められた」

「そうですか……って、はぁ!?」

「君は知才学園に入るべき人間だ。……とのお達しが来たんだ。オレは転入候補生を連れてくる仕事をしてんだよ」


 彼はそう言って親指を突き出した。


「あのぉ、私に知才学園に転入できるほどの才能はないんですけど……」

「そんなことはない。資料によると、君は『トランプタワー』を作る天才と書いてあるぞ」

「えっ……」


 私は思わず言葉を失う。


 たしかに、私はトランプタワーを作るのが得意だ。


「でも、トランプタワーなんか誰でも作れるもんでしょ」

「どれぐらいの高さまで積み上げたことがあるんだ?」

「えーっと……、最高で5m近くのものを作ったことはあります」


 あれは一昨年の夏休みの話だ。


 来年の夏休みは受験勉強で追われるだろうと見越し、今年は全力で夏休みを楽しもうと考えた。そこで候補に挙がったのが巨大トランプタワーだった。夏休みのほぼすべてを使ってようやく完成した代物だ。


 完成した翌日、妹によってすぐ壊されたことはいまでも根に持っている。


「あのね、普通5mのトランプタワーなんて作れないからね。君は天才だよ」

「でも、私なんかの才能が天才なんて言われてたら――」

「ちっがあああぁーーーう!」


 私の言葉を遮り、彼はいきなり迫ってきた。


「いいか良く聞け。どんな些細な才能でも、他人よりちょっとでも秀でたなら天才は天才だ。あんたみたいな天才は逸材なんだ。自覚を持て。分かったか?」


 彼の脅すような言葉にコクコクと激しく首を振って同意をすると、満足したように彼も頷いた。


「理解できたのなら良し。君の家に転入手続きを送っておくよ」


 捨て台詞のように言葉を残し、彼は回れ右をしてスタスタと歩いていった。


「一体、なんだったの?」


 いきなり現れたと思ったら突然去ってしまい、嵐のような男というのが感想だ。


 ところで、なぜタライを持っていたのかについてと、彼の名前を聞きそびれていた。


「……うううっ」


 呻き声を聞いて下に目を向けると、変態野郎が目を覚まそうとしたところだった。私に怖い思いをさせた罰だ。鉄拳を頭上に落とすと、彼は再び頭を垂れた。


「警察に突き出されないだけ、まだマシだと思いなさい!」


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