第3話 初ログインと面倒事
朝。
7時になると既に3人娘が全員起きており宿題をしていた。えっ…何この光景。
「…固まっているよ亮也さん」
「聖奈貴女ねぇ…」
俺のその態度で理解したのか2人して聖奈に非難めいた視線を送る。
「…(プイ)」
「俺が言えることじゃ無いとは言えな宿題はきちんとしろよ」
とは言え時代の進歩は凄いものだ。一昔前だと紙媒体での宿題がメインだが今ではもうすっかり電子媒体が主流である。その為に朝に物凄い速度で宿題を写すという光景はすっかり見られなくなっている。
「亮也さん鉱物系統を用意してくれない?」
「どんなの?」
雫から渡されたタブレット端末にはかなりの数の鉱石やインゴットに宝石など最早この世界で用意できる人間が限られるレベルの量だ。
「分かった。…銅に錫かなあとは」
素材庫の中を参照するとわりとありふれたものが足りなかった。というか丁度ブロンズの素材が足りない。そう言えば最近大口で注文があったのでその時に在庫を切らしたのだが使わないとタカを括ってそのままにしていたのだろう。
「えっ…コレ本当に全部あるの?」
「雫は何に使うつもりなのよこんな量!」
確かにすらっと一財産は作れる程度はある。純度毎に出しているので量にしてみればかなりのものだ。まあこの程度のなら楽だな。
「秘密。でもその内分かるから」
唇に指を当てて妖艶に微笑む。その仕草は少女の儚さと女性の色気をふんだんに含んでおり危うく魅了されそうになる。なんというか成長しきると怖いな。
「そうか。うん?」
腕輪型の端末に簡易メッセージが届けられる。が題無し件名なし中身なしの文字通りに空メールだ。
「どうしたんですか?」
「いんや何もない。あと宿題はどの位?」
気のせいという訳でもないがな。スパムの類という訳でもないな。反転でも隠蔽でも暗号でもないみたいからな。これだと気にしても仕方ないがな!
「11時前には終わるはず。…少なくとも私たちは終わる」
「そうですね。というか聖奈は昨夜してないの?」
流石は優秀な2人。聖奈が不真面目というだけかもしれないがこの2人の仮想空間適合率なら造作もない筈だ。一方の聖奈の適合率はプロゲーマーとしては最低の部類に位置する。それこそスキルや勇者としての特性としてある【万物適性】を持つ俺にすら劣る。どんな事でも一流には成れても超一流にはなれない俺にすら。それでも己の才覚のみで超一流がゴロゴロしているプロの世界で渡り合っているのだから十分に凄いとは思ってはいる。あの頃の俺と比べても余程精神が成熟しているようにも感じる。
「してないよ。だってあの2人と渡り合える戦術が無くはないから」
「銃皇と魔導女帝だっけ?」
どちらにも心当たりがある名前だ。もし俺の想像通りであるなら勝てる人物の方が少ないはず。相性差からどちらも相手取れるのは分かっているがそれを実践させてくれるかも別だが。
「うん。五聖使徒の中でも飛び抜けて強かったし全世界統合で行われた最終決戦で三巨頭と呼ばれる内の2人」
へぇ〜。確かその頃はあれがあったから完成したんだろう。考えるだけでも頭が痛くなりそうな処理だが。
「最後の1人は“不壊”“無尽”“無敵”と名高い大楯使いです」
それにも心当たりがあるわ。というかどこの世界でも人が考えることは同じなのか。そう思いつつも聖奈に近づき使用している端末を取り上げると彼女を呼び出す。
「起きてアイリ」
【…なんでしょうかマスター?】
若干不貞腐れたような声を出しながらも俺のデバイスからAR表示機能を使い妖精サイズの少女が出てくる。彼女の名前はアイリ。俺がとある事情で拾った管理AIである。普段は別の場所で様々な事をしているが俺の呼び出しには緊急時以外は応えてくれる。
「聖奈の端末の宿題データを転写して」
【了解】
「ちょ亮也さん!」
「大丈夫だ問題はない」
隠蔽工作はある程度の魔法をアイリにも仕込んでいるしそれ以外にも俺も隠蔽可能だしこの家自体が頑強な要塞であり情報セキュリティ室もあるから何も問題はない。
「だってお前らスキル【完全記憶】持ってるだろ」
「「「あっ!」」」
直後3人娘から驚嘆の声が漏れた。忘れてたのかよ。まあ記憶にある事と覚えていることは全くの別のことだけどさ。
【転写完了しました。お二人の分もしています】
ぽーんとデバイスに3人分の宿題が写し出された。…見事に科目がバラバラだな。俺にとっては居眠りしながらでも出来るレベルに簡単だが。何せ俺の宿願とでも言うべきアレは未だに完成していない。かれこれ5年はその為だけに全てのリソースを回しているのにも関わらず。
「サンキュー。っとお仕舞い」
幾つかのスキルを併用すると一瞬で全ての宿題を終わらせる。うむ思ったよりも難しい事してんだな今時の高校生。
【再転写完了。提出も済ませました】
「了解。それと例の件何時が頃合?」
【8月末が宜しいかと。丁度ストックもありますので】
「…だな。例の場所で問題ないな?」
【ええ。基本的な問題はありません】
なら問題は俺自身だな。と言ってももう終盤に差し掛かっているから大丈夫だろう。
【では私はこれで】
「ああ、ありがとう」
パチンとAR表示が消えて画面がブラックアウトする。
ふと時間を見ると10時半ほど。正式サービス開始が正午だから11時半までには昼飯を食べ終わる必要があるかな。となるとそろそろ作るべきかな。
「ご飯何が良い?」
「甘いもの!」
「腹持ちが良いもので」
「特に希望は…」
上から順に聖奈、雫、愛子である。特に聖奈なんかはシュパッと勢いよく手を挙げている。うん小学生じゃあないんだからね。
「じゃあパンケーキで良いな」
「「「異議無し」」」
ふむ。確かフルーツ系統がたっぷりあるはずだしそれ以外にもかなりの量のミルクに農耕神謹製の小麦が死ぬほどある。…粉塵爆発を起こすと小型核兵器並みにはなるし本来の用途でもヤバイクスリを決めた人みたいになるしな。流石にそこまでの技量は無いがそれに伴うバフもかなり強いものになる。その上で超希少種紅茶も入れよう。
結果11時50分まで誰1人とし動けないほどのものが出来てしまった。
あっレベル上がってら。正直もう上がらないと思っていたのだがな。まあ上がれば儲け物程度なんだよなもう。そんなどうでもいい事を考えながらベットに横たわり【AWO】を起動する。
何処かで感じた独特的な魂の浮遊感を感じて意識が途絶えた。
「ようこそいらっしゃいませ」
気が付くと少女が綺麗なお辞儀をしていた。剣と魔法のファンタジー…というよりも中世の設定では必ずと言っても過言では無いほどに出てくるメイドさんがお辞儀をしていた。
「この度は【AWO】をプレイしていただき有難う御座います」
そこでようやく頭を上げると2m大の写し鏡の前に俺を引く。そこには無数のウィンドがありそれこそ性別や動物など無数に弄れるような気がするほどだ。
「こちらでアバターを製作して頂きます。取り敢えずは御自身の現実での容姿をコピーさせて頂きました」
「分かった」
確かにログインするまえの俺の姿である事は間違いない。じゃああの世界にいた頃と同じで良いか。
蒼銀と紅金のオッドアイ。そして紫のウェーブが掛かった長めの銀髪。全体的に優しげな雰囲気を与えるものも一度大規模戦闘なれば鬼神とも恐れられていた。
「これで」
「畏まりました。…それではプレイヤーネームはどう致しますか?」
これは前から決めていた。と言うかもうずっと利用している名前だ。
「リョーヤ・アステリア」
「識別中…。ではリョーヤ・アステリアのチュートリアルを始めます」
「そう言えば兄さん遅いね」
始まりの町の噴水広場前。そこには姫巫女と謳われる3人の美少女が居た。βテスターなら一度は見たことがありこの手のVRMMORPGをプレイするほどのゲーマーならその名を知らない者は居ないと言われるほど有名な3人が揃ってなおその場から動かないという事は誰かを待っているということでもある。何人かの男性プレイヤーは周囲を伺ったり互いを牽制しあっているが本人たちはどこ吹く風だ。
「最初期ログイン時はすることが多いはずですよ。それにしても遅いとは思いますが」
「規格外過ぎて弾かれたとか?」
「それはないはず…。でもあの兄なら」
この3人娘はその当人の一脱した力の一端を知ってはいるものも本人の全力を知っているわけでもない。その点に関しては隠蔽が上手すぎたわけでもあるが。
「しばらく待ちますか…」
「ではこれにてチュートリアルを終了します。お疲れ様でした」
「ああ。お疲れ様イリヤ」
「なっ!?」
その時始めてその少女は感情を露わにした。
「…そうですよね。お姉さまの管理者である万物の勇者・相対の魔王・龍帝の迷宮主・精霊王・愚者の異名を持つ片倉亮也ならあり得なくもないか…」
「やっぱり知ってるか。となるとここの責任者は…」
「それではいってらっしゃいませ。私たちは貴方の来訪を歓迎いたします」
まるで奈落に吸い込まれるような感覚と共にそこに落ちていく。
気が付くと最初の町の大聖堂前に居た。確かここがゲーム内で死んだ際に生き返る地点の1つであるはず。また周囲を歩く人の上には青と緑のネームプレートが浮かんでいる。青がプレイヤーで緑がNPCのはず。またイリヤの注意によるとこの世界のNPCは“現地人”と呼ばれているとのこと。また犯罪を犯した人はNPC、プレイヤー問わずオレンジで賞金首になるほどだと赤になるらしい。流石に初期の街の最初ではそんな人物は居ないらしい。
閑話休題
最初に選んだスキルが全て正常に機能しているのを確認して噴水広場を急ぐ。メニューではこの世界の時間と現実世界での時間の時計があり色々と時間を掛けたせいかもう既に30分は経っている。なるべく全速力で駆けていく。その瞬間にもあの頃の感覚を取り戻していくような気がしていく。
「悪い。遅れた」
3人の前に出ると即座に頭を下げた。すると思いも寄らぬ方向から声が掛かる。
「おいニイちゃんその子らを先に誘っているのは俺らなんでゼェ」
妙にウザったい声がする方を向くと珍妙に屈強な成人男性数人が居た。…間に合わないか〜。
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