朝方の雲と夕暮れの雨

 彼女との出会いは社交辞令から始まった。


「初めまして。今日から身の回りの世話をさせていただく桐生と申します。」


 彼女はこちらを見向きもせず、ただ部屋の空間を見つめながら呟く。


「別に逃げ出せる訳でもないのに、見張りなんて…」


 そんな事を言われても仕事をしない訳にはいかない。


「とりあえず、何をしたらよろしいですか?」


 僕は彼女に訪ねた。


「そうね、外のお話を聞かせてくれるかしら。」


 そう言われても何を話せば良いのやら。


「今日の天気は小雨です。工場の外壁に触れた雨は霧になり足下もおぼつかないほどです。」


 とりあえず、時候の挨拶をしてみた。


「それは残念です。窓も開けられない。」


 彼女はそう答えた。


「夕暮れには雨が強くなります。その時には外の風景も見れることでしょう。」


 今日の天気時報をそのまま伝えた。これでよかったのだろうか。


「あなたは知っていますか。夕暮れって本当は世界が赤く染まるそうよ。」


 彼女は昔話を持ち出した。僕もその話は知っている。 

 

「見てみたいですね。夕焼けの空はさぞや美しいのでしょう。魔法の時間だとも言いますし。」


 話を広げてみた。


「それを言うのなら、今日の天気も美しいです。朝方の雲に夕暮れの雨。」


 その意味を僕は知っている。


「何かご希望はごさいますか、お嬢様。」


 つまらない遊びのつもりだった。


「そうね。空がみたい。」


 彼女は初めて僕を見て答えた。


「お受けしました。それならば明日の朝から出掛けることにしましょう。」


 明日は雨が強く降る。出掛けるには良い天候だ。

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