アンダーグラウンド
歓楽街の一角で目立たぬようひっそりと開くいくつかの小さな店舗は大抵、グレーゾーンに属する店だ。夕暮れ時、星児はその中の1つの店に入って行った。
店内には所狭しと置かれたガラスケースの中に幼女フィギュアが隙間無く並ぶ。陳列棚の後ろには確実に法に抵触するいかがわしいビデオがある事は、常連客しか知らない。
「相変わらず変態全開の店だな、源さん」
「おぉ、セイジ。珍しく顔を見せたかと思えば悪態か。女売り捌くブローカーのお前には言われたかないなあ」
頭が薄い、小太りの中年男、源さん、こと
何をやってたんだか。半ば飽きれながらも敢えてそれには触れず、星児は店内のパイプ椅子に座った。
「人聞きわりーな。俺は需要と供給の架け橋をしているだけだぜ」
「需要と供給の架け橋、か。モノは言い様だなぁ」
妙に納得しながら源さんは持っていたフィギュアを大事そうに柔らかい布で丁寧に拭く。
「病んでるよ、売る方も買う方も、それ以上に売られる女も」
呟くように源さんは言う。
「仕方ねーじゃん。俺達はそこに巣食ってんだからよ」
「そういう所じゃないと生きていけない自分が一番病んでるんだけどね」
自嘲気味に笑った源さんに、分かってんじゃねーかよ、と星児は心の中で呟いていた。
どんなに病んでると分かっていても〝あの男〟に辿り着くまで俺は引き下がる訳にはいかねーんだよ。
こういう生き方でしか生き永らえなかった自分達の生きる場所がここだけになってしまったとしても。
「小屋の調子はどうだい?」
源さんがフィギュアをガラスケースにそっとしまいながら星児に聞いた。
「まあまあ、だな」
「血も涙もない小屋主だと巷で噂になってるよ。踊り子の切り方がハンパじゃないらしいね」
源さんのその言葉に星児はククッと笑った。
「血も涙もあるよ。あれは究極の見てくれ商売なんだからよ。カラダ維持する努力が出来ねーヤツには見合った仕事を斡旋してやるのが親切ってもんだ」
無理矢理に正当化させている事など分かっている。
自分がやっている事を意識の片隅においやり、歪んだ針金を強引にねじ曲げて真っ直ぐにしている。ただ、性根までも腐ってしまわないようギリギリの瀬戸際で踏み止まっている。
深淵に芯を持ち続けなければ、恐らく底無しの沼に沈んでいくのだろう。
「源さんこそ、ガサられた店はもう諦めたのか?」
「暫くは大人しくしてるよ。今回はブタ箱に入れられなかっただけでも……」
そうか、と言いながら星児は椅子から立ち上がり、源さんの立っているカウンターに寄りかかった。
「その店の事でちょっと聞きたい事があるんだ」
「なんだセイジ、改まって?」
急に真剣な顔で身を乗り出してきた星児に、源さんは構えた。
「津田みちるって覚えてるか?」
†††
「星児さん、お帰りなさい。今夜は早いんですね」
カウンターキッチンの向こうからみちるが驚きながらが明るく声を掛けた。
「ただいま、なんてもうずっと言った事なかったのにな」
ネクタイを緩めながら星児は苦笑いした。
みちるが来てからその〝ただいま〟という言葉を言うようになっていた自分に、らしくない、と自戒の感情の混じった照れを覚えた。
同じマンションに住む麗子が、たまにこうして自分が帰宅した時にいる事もあったがちょっと違う。確実に、家の雰囲気が変わりつつあった。
特に、保が変わった。
「今ちょうど飯にするとこだったからさ。星児、早く風呂入ってきなよ。
待ってるからさ」
一緒に飯食おう、なんて言った事なんかなかっただろ、保。
星児は肩を竦めた。
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