第52話 空白の2年間。

ダンジョンに隔離されて私の計画は大無しだ。

王都の生活改善、街道の修復などなどはすべて中断された。

誰が他人の為に大金を掛けて生活向上に金を出しますか?

いないのよ。

私だってそうよ。

トイレを普及させて衛生を改善したけど、ポットン便所の恐怖って知っている?

おつりが返ってくるのよ。

これは恐怖だ!

蓋を開けた香ばしい臭いも何とも言えない。

水洗トイレの素晴らしさは使ったものしか判らない。

水洗トイレは急務なのよ。


他に必要な物は娯楽だ。

とにかく娯楽が少ない。

芸術家を囲って自慢なんて趣味じゃないし、闘技で殺し合いを見物も何か違う。

演劇・落語・漫才エトセトラ!

漫画文化は必須よ。

BL小説を掛ける作家を育てねば。

デカルチャだ!

大衆文化を広げるには生活向上が一番だ。

食うだけで精一杯の人に文化なんて判らない。

その為に町を綺麗にした。

仕事を作った。

服屋や作り、パン菓子屋を作った。

紙の大量生産も整った。


私に娯楽を与えろ!

絞首台回避だけじゃ芸がない。

馬を走らせてダービーでもするか?

サッカーもいいな!

相撲を取らせて大会を開くか?

劇場は必須だ。

オーケストラにマーチングバンドも育てやる。

そう思っていたのに…………とほほだね。

その計画がすべて頓挫していた。


道路の整備も止まっていた。

移動時間が勿体無いから、次は鉄道を作るつもりだった。

トーマに蒸気機関を開発させている。

馬車が4台も通れる太い街道だ。

最終的に電車と馬車を平行させて走らせるつもりだった。

完成したら物流が変わるぞ。

でも、そんなことを知らない商人らは交易船を優先した。

海運の方が大量輸送に向くからね。

港を整備して、湾の根元から中央領を通って王都に繋がる道を優先していた。

そりゃ、そうだ。


我が家が発売した新型の馬車を改良して、大型馬車が出来ていた。

まぁ、そうなるよね!

サスペンションが強化された馬車はかなり高速で走ることができる。

硬化で固めた煉瓦を引いた道ならなおさらだ。

湾と王都を結ぶ道だけを整備していたよ。

内陸のヴォワザン領は完全に置き去りにされていた。

全国に引く道路網なんて馬鹿デカい公共事業を商人らがする訳がない。

海上に面した村の発展が凄いことになっている。


利益優先、ですよね!


香辛料などの輸出入は順調に拡大していた。

南方で仕入れた香辛料を北方に売るルートが整備されて膨大な利益を産んでいた。

二本マストの大型交易船が主流に変わり、旧型の交易船が海岸の輸送の主役に変わった。

海の足であった走船が消えてゆく。


廃棄された走船を大量に買ったのがミクル商会だ。


小麦事件でミクル商会が事業拡大から多額の損失を出していた。

日照りで大損害を出したミクル商会は活路をリル王国との密輸に求めた。

リル王国海岸の小さな無人島を占領し、大量に余った走船で往復運送を行ったのだ。

その予算を出したのがアルコ商会だ。

何もしなくてもちゃんと繋がっていたよ。


私がダンジョンに閉じ込められて丁度1年になった頃に隣国が攻めてきた。

予定通りというか?

少し半年ほど早く、ゲームでは翌年の春だったのに秋に攻めてきた。


国内で暴動が起こらず、国の弱体化は防げたので完全に油断していた。

隣国は大不作で困窮していた。

敵国も余力ないと勝手に思い込んでいた。

逆だよ!


その敵国の反対側である同盟国が不作で困窮し、恒例の『東征』遠征を取り止めた。

国境を固めるに留めた。

その余剰戦力がどこに向くのか?


我が国が豊作で浮かれれば、甘い蜜のある花園に見えたのだろう。

全力で奪いにくるのは当然だ。

突然の奇襲に国内はパニックに落ちた。

30年間の平和ボケがここで露呈していた。

国境沿いの砦や城が瞬く間に奪われてゆき、討伐隊が敗れて領内を蹂躙された。

半島を奪われ、2ヶ月後にはラーコーツィ家の領都へ侵攻してきた。


そこに現れたのがジャンヌ・ダルクならくカロリナ・ラーコーツィであった。


衛星町が陥落して、逃れてくる敗残兵に安価ポーションを配って軍の再編を行った。

安価ポーションはアルコ商会からカロリナ令嬢の元にころがり込んだ。

ポーションを配りながらカロリナ嬢は兵に鼓舞した。


『勇敢なる兵の諸君、傷つき逃れてきた民達よ。貴方達の屈辱は忘れない。貴方達の苦しみも忘れない。隣人を失った悲しみも忘れない。王国は負け続けている。だが、負けた訳ではない。最後に勝っていればいいのだ。私は約束しよう。貴方達の領地は必ず奪還してみせると。今は美味しいものを食べて英気を養いなさい。最後に勝つのは私達だ!』


うおおおぉぉぉぉ!

カロリナ令嬢が大量に持ち込んだ食糧と安価ポーションで指揮が戻った。

誰もがカロリナ令嬢の美貌と凛とした立ち振る舞いに勇気を貰った。

カロリナ令嬢は兵や民の中を献身的に周り、その信頼を勝ち取ったと言う。


さて、カロリナ嬢は王に献上されたばかりの大砲に目を付けた。

大砲100門、弾3万発を注文するカロリナ嬢も大概だが、即日納品する我が工房も大概だった。

あまりの無茶を聞いた工房長を嗜めた。


『やり過ぎでしょう』

『ですが、お嬢様の要望に比べれば、大したこともなかったのですみません』

『そうなの?』

『お嬢様の要望に比べれば、片手間です』


私の無茶な要望に慣れていた為に、その量が異常と思わなかったようだ。

魔鉄鋼を溶かして作る純正大砲に比べると、青銅で作る大砲がおもちゃだ。

火薬も分量を間違わなければ、爆発することもない。

魔石を使った弾丸とでは精密度が桁違いに楽だそうだ。

その大砲100門が王国内を縦断したのだから目立って仕方ない。

その生産力に宰相が警戒心を高めただろう。


領都ラーコーツィで防戦一方だったカロリナ嬢も大砲が届くと反撃に転じた。

遥か遠距離から攻撃してくる大砲の攻撃に敵国も為す術もなく撤退し、そこからカロリナを先頭に義勇軍の快進撃が開始した。

衛星町を奪還すると、そのまま隣国の砦を次々と陥落させた。

大河までの領地を奪還したと言う。

あの侵略王ですら陥落できなかった砦を攻略したのだ。

カロリナ嬢は『戦女神』と称えられた。


これで新兵器の大砲の受注が大量に舞い込んだ。

前線に砦にすべて取り付け、王都の守りに使用することが決定した。


『領主の1台』


そんな格言が生まれるほど、領主からの発注が飛び込んだ。

1000門以上の発注で小麦事件の損失が一瞬で消えたよ。

すべてを納品するのに1年近く掛かったのは材料が尽きて輸入待ちになった為だ。


さて、別件の話だ。

商人らは海を持つコハーリ家に接触すると、我が家からの融資を条件に海岸部の譲渡を取り付けた。

譲渡された土地には新しい造船所が建設され、隣接の町が生まれ変わった。

ヴォワザン家の後ろ盾を得たコハーリ伯爵夫人は分家を束ねる力を得たのだ。

ヴァルテルの部下が新しい雇用人として潜入し、当主エンドレ(フェレプ)と接触に成功する。


新しい造船所を建設するまでは簡単だったが船の建造は簡単ではない。

南と違って、北の北方交易は王家・ラーコーツィ家・セーチェー家の利権が絡む複雑な場所だからだ。

ここが一番の問題点だったのだが意外と簡単に許可が下りた?


只今、2本マストの大砲36砲を積んだ戦艦を建造中だ。


コハーリ家の領内で新造艦を造る許可を与える交換条件として、戦艦の建造を命じられたのだ。

とりあえず5艦だ。

費用はすべて南方交易所に所属する商人持ち?

流石に焦ったらしい。


王族、セコい!


造船所の建設で投資している上に、新造戦艦5艦も捻出できない。

商人らも抵抗した。

建造そのものを諦めると言い出して王宮も折れた。

二番艦から王国が支払うという条件を飲ませた。

もちろん、タダで条件を下げない。

第2造船所の建設を言い渡された。

コハーリ家の新港町は建設・建造ラッシュで大忙した。


戦艦5艦が完成したら、大河を渡って攻めるつもりなのだろうか?

喫水が足りないので川を遡るのは無理だよね。

判ってしるのかな?

それとも敵国の港でも襲うつもりなのだろうか?


最初に納品した大砲100門を砦攻略ですべて壊したらしい。

カロリナ令嬢は過激な性格なのか?

青銅の大砲は連射10発が限界であり、それ以上使用すると大砲がいつ壊れてもおかしくない。

カロリナ嬢はそんなことは気にせず、壊れたら新しいモノを取り寄せればいいと考えた。

砲撃の嵐で砦は片鱗を失って陥落した。

大河の対岸まで後退させたが、対岸から大砲で砲撃は難しい。

届かない訳ではないが、当てるのは不可能だった。

大砲を船に乗せることはできるが船上で撃てば転覆する。

渡河と許してくれる敵でもない。


こうして戦闘は膠着して年内に終わったらしい。


そんな緊張した王都にダンジョンから脱出した私がミスリルを持ちかえれば、取りに行けと言われるのも当然だった。

そうかと言って、献上しない訳もいかない。

当日に出立を命じられるとは思っていなかったけどね。


(劣化版)魔法銃はほとんど戦果を上げなかったので、その後の注文は入らない。

貴族が趣味で狩りに使う程度で終わりそうだ。

私の噂は消え、カロリナ令嬢の話題でもちきりとなった。

第1騎士団は熱烈なカロリナ令嬢派となっている。


この王国の救世主は次期王妃候補と称えられた。


オリバー王子の婚約を解消し、カロリナ令嬢と婚約させたいと願ったらしい。

もちろん王はそれを取り上げなかった。

赤髪の聖女様はご健在だし、戦争の主役である大砲は我が家の製造品だ。

私を無視して、どうしてそれが言えるのかな?

どっちに言ってもカロリナ令嬢だ。


私は完全に浦島花子さんだ。


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