第6話 アンドラが見学に来ると、私は殺されますよ。(精神的意味で!)

春の嵐が過ぎ去ると夏の訪れがやってきた。

我が領地は王都より暑い。

山脈を越えてくる風が熱気を運んでくる。

暑い!

裁縫師を呼んで夏服のワンピースを作らせようかしら?

でも、母上が怒りそう。

はしたないとか、破廉恥とか!

ミニスカートなんて履いたら殺されるわ。

可愛いのに!?

私、可愛いのに勿体ない。

いつか、デカルチャーしてやる。


クーラーはないが水魔法があり、氷柱が作れる。

氷柱を団扇で仰いで貰って簡易クーラーだよ。

便利か不便か判らない世界だ。

太陽がギラギラと輝いている日に早馬が走ってきた。


「申し訳ございません。商人イレーザの確保に失敗いたしました」

「やはり、そうなりましたか?」

「あらあら、エリザベートの言った通りになってしまったのね」

「面目次第もございません」

「母上、仕方ないのよ。彼もまた神の守護をもって導かれたのです」


屋敷のテラスで午後の紅茶タイムだ。

母上から淑女としてのマナーを学ぶお時間だ。

庭先ではアンドラが剣の練習をしている。

丁度、ヴァルテルが来たので釘を刺しておこう。


「母上、ヴァルテルったら酷いのです」

「何かありました」

「地下の訓練場にアンドラを案内させたのです」

「ヴァルテル、女性の着替えを覗かせるような無礼はアンドラに教えないでね!?」

「申し訳ございません」


着替えを覗かせるとは努力をしている所をみせるという意味の隠語だ。

たとえ夫でも化粧をしていない素顔を晒せてはいけない。

死の直前の夫の願いでも駄目らしい。


「アンドラが熱心にかんばっているのはそういうことだったのね!」

「わたくし恥ずかしくてアンドラの顔を見ることができませんわ。あのような醜い姿をアンドラに見せるなんて悪趣味です」

「エリザベートはがんばり屋さんだものね」

「もう一度、母上からもヴァルテルを叱ってやって下さい」

「確かに汗だらけ、ボロボロになっている姿を殿方に見られるのは屈辱よね。程々にしなさい」

「善処致します」


ヴァルテルの善処は当てにならない。

地下の訓練場で鎧ごとバトルドレスが引き裂かれる姿など見られて嬉しい女性はいない。

しかも腕を切られて、それを魔法で繋げる貴重な実体験をさせて貰った。


魔法って偉大だわ!


あの重症が後遺症もなく回復できるのが奇跡としかいいようがない。

でも、腕を切り落としたのはワザとよね!

アンドラが見学に来ると、私の寿命が100年縮む。

今度は二か所くらい同時に切り落とされる。

絶対にそうよ。

切られて痛く、繋ぐときがもっと痛く、あれは滅茶苦茶に痛いのよ。

絶叫した!

自分でも信じられないほど叫んだ。

あれを見られたと思うと恥ずかしくて起き上がるのも憂鬱だった。


もう見に来ようなんて思わないでね。

お願い、アンドラ。

ヴァルテルを張り切らせないで!


「今後のお話でございますが、旦那様が魔物狩りから帰ってくるまで待って欲しいと願っておりました」

「ええ、判りました。でも、交易船の購入は本決まりよ。そちらの方は連絡を入れておいて下さい」

「畏まりました」


我が家は王国の最も東に領地を持っているので、魔物狩りをしないと領民が安心して暮らせない。父上は領軍300人と領民兵3,000人を率いて、春と秋に魔物の間引きに勤しむ。他の土地に比べて、領民のレベルが高いのは魔物狩りに連れ出されているからだ。


「来年から貴方達を連れてゆくとおっしゃっていますから、今年中にしっかりとマナーを教えないといけませんね」

「お手柔らかにお願いします」


ほほほ、母上の目が怖い。


まだ、舞踏会の前に貴族デビューしたことを根に持っているのか?


「魔法銃の開発はどうなっていますか?」

「魔法技師と鍛冶師が苦労しております」

「そんなに難しかったのかしら?」


魔法銃というのは、『火縄銃』の魔法バージョンだ。

マリアの友人になった魔法技師トーマが開発した。

魔力の弱い者でも騎士と同じくらいの力を持てる。

私にとって必要な魔道具。

戦闘に不向きな者もお金があれば、レベル上げできる魔法の道具だ。


魔法銃のアイデアはマリアが魔石を爆発させたこと。

マリアは魔物狩りをしたことがなかった。

典型的な経験値不足だ。

その癖、魔力は膨大で制御ができない。

馬鹿なマリアは魔物から魔石を取ろうとして、何度も魔石を爆発させたのだ。

魔石に魔力を込めると爆発する。

取扱い注意書に掛かれている。

その爆発の凄まじさにトーマも驚き、そして、閃いた。

火薬に代わりに魔石を使おうなんて馬鹿なのか、天才なのか?

魔石の爆発に耐えうる筒を作るのが大変だ。

だが、それさえクリアーできれば、魔法銃は簡単だった。

簡単だったハズですよね?


「魔力を込めすぎますと爆発しますので魔力を注入するのに手間取っております」

「治療師は付けているのでしょう」

「当然でございますが、狩りの時期でございますから数が確保できません」

「そうですか、それは仕方ありませんね。神託にあったトーマを確保して下さい」

「只今、トーマの父親と交渉を始めております」


トーマは1つ年上。

先日まで神童や天才と呼ばれて注目を集めていた。

教会の魔道具で魔力才能がないことが知れて荒れている。

尊敬と期待を集めた天狗になって少年はその日を境に落とされる。

期待外れと見下される視線に耐えられない。

その他者に怒りを覚え、自分に絶望しているハズだ。


その屈辱が様々な魔法具の開発に繋がる!


トーマには試作品の『魔法銃』を届けさせた。

魔弾もなければ、構造も完成していないハリボテの魔法銃だ。

私が書いた落書きの設計図を元に鍛冶師が作った未完成品のおもちゃにトーマがどう反応するだろうか?


遠征を終えた父上が帰ってくると今後の打ち合わせをする。


「エリザベート、流石に無理だ。我が家が破たんさせる気か!」

「ダンジョン攻略は絶対です」

「魔法銃の開発にいくら掛かっていると思っている」

「ご先祖様の残してくれた資産があります」

「全部、使うつもりか?」

「ここで使わなくていつ使うのですか!」

「駄目だ! その前に我が家が破産する。領民も餓死する」

「いずれ香辛料の儲けで返還できます」

「実績のない事業に全額を賭けることはできぬ!」

「ヴァルテルはどう思います」

「残念ながら旦那様の言い分が正しいかと」


ゲームと違ってボタン1つで交易船が出て来ない。

私は成功することを知っている。

でも、父上にとって未知だ。

しかも船大工を総動員しても1年で1隻しか造船できない。

船の数を殖やせるのは年を越す。

なんて不便な世界だ。


「仕方ありません。ダンジョン攻略をさらに前倒しましょう」

「ダンジョンでございますか?」

「ええ、未発見のダンジョンから財宝を奪いにゆきます。それを我が家の倉に入れましょう。父上、嫌とは言わせませんよ」

「エリザベート、おまえは何を考えているのだ?」

「秘密です。という訳にいきませんね!」


ダンジョン攻略の計画を話す。

父上の期待に満ちた笑顔が引き攣ってゆく、話が煮詰まってくると青い顔になった。


「その魔法鞄は必要なのか?」

「丸裸の財宝を持ち帰って、王国からお咎めなしで済むとお思いですか?」

「無理でしょうかな!」

「必要経費です。しくじっても魔法鞄が売ることができます。資産を魔法鞄に変わったと思えば、問題ありませんわ」


私は無邪気に可愛く微笑みながらそう言った。

私もよくここまで妥協した。

やりたい農地改革など取り下げ、貧困民の救済のみに留めた。

あと9年しかない。

改革が1年遅れれば、その分だけ私の絞首台が一歩近づく。

これ以上は絶対に下がらない。


「ヴァルテル、どう思うか?」

「エリザベートお嬢様の申す通りと思います」

「父上、御決断を! 否と言うならば、私は女神に逆らう事になります。ここでエリザベートを勘当し、貴族の地位剥奪して下さい」

「できぬことを申すな!」


うん、できない。

王子の婚約者を勘当するには、それなりの理由がいる。

うな垂れた。

よし、これで倉が開く。

父上に拒否権はない。

ヴォワザン家の財産よりクレタ王家の存亡。

だって、神託(ゲーム知識)ですもの!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る