第1話 はじめましょう。

私の名前はエリザベート。

クリムゾン・プリンス・ルビのような赤い瞳に真っ赤な薔薇のような赤い髪を持つ母親似の美少女さんだ。


ふふふ、もう地味っ子じゃない。


鏡の前でくるっと回ってみせる。

目の前に可愛い子がいる。

エリザベート、私、可愛いよ!


ちょっと怖く見えるつり目がチャームポイント、気高く、花よ蝶よと育てられた生粋のお嬢様だ。

マリアを虐め、誘拐の手引きをしたと疑われ、民に嫌われ、麻薬を広めた商会を後援した罪で王子から婚約解消を言われて国外追放か、絞首台が待っている。


「王子、私はそんなことをやっておりません」

「そんな嘘を信じると思うのか」

「家名に誓って、嘘ではありません」

「それ以上、嘘を重ねることは止めろ!」


取り付く暇もなく、まったく信じて貰えなかった。

最初から嫌われていたから仕方ないか。


これを回避するのは割と簡単だ。

マリアがやったようにすればいい。

ゲームの攻略法をマリアに変わってエリザベートが演じれば楽かもしれない。

でも、それはしない。

せっかくエリザベートになったのに、マリアと同じことはしても芸がない。

やりたくない!


みんな美形の美少年だ。

美少年に告白されるのが嫌な訳ではない。

むしろ好物だ。

そこは白馬の王子様を全否定しない。

しないけど、今回はパスだ。


エリザベートの婚約者はオリバー王子。

視界が狭く、直情的な正義を翳す、美しいだけの馬鹿な兄王子だ。

か弱い令嬢を演じて騙すのは簡単だけれど、それでは私の好きなエリザベートで無くなってしまう。

エリザベートはどこまでも気高くなくちゃ!

傲慢な鼻を折り、あの美しいオリバーの顔を歪めさせて靴にキスをさせる。

それがエリザベートに相応しいのよ。


その弟が優柔不断でウジウジするクリフ王子。

陰口が大好きな陰湿王子だ。

ラーコーツィ侯爵令嬢とセーチェー侯爵令嬢を婚約候補に持ち、皇太子に一番近いと噂される。

兄王子に劣っていることで妬んで捻くれた。

マリアに心を癒されて小さな領地でひっそりと暮らすエンドが待っている。

気の弱い王子は簡単にしもべにできそうね。

笑顔一つで落としましょう。

チョロ男は鞭を叩いても喜ばれそうな気がする。


エリザベートの義理弟はアンドラ。

甘いマスクと魅了の魔法じゃないという妖美な笑みで女性陣に絶大な人気を誇る。

エリザベートと仲が悪く、何かと反発してくれる。

人間不信だけれど優しくされるとすぐにデレる。

最初は優しく接して、都合のいい子にきっとできる。


親友になるドーリの兄はノア。

宰相の息子というのがステータスで、均整の取れたその凛々しいお姿に誰もがうっとりとする。

舞踏会では『黒の薔薇の君』と呼ばれる。

学園一の秀才で身振り・礼儀が完璧なレオは未来の宰相と期待される。

エリザベートと敵対するが、それは全力で回避だ。

完璧なレオも1つだけ欠点がある。

極度のシスコンだ。

シスコンじゃなきゃ、私の好みなのに!


マリアの騎士はウォルター。

隣の騎士学園に通う騎士候補生であり、割とカッコいい青年だ。

勝手に登場するマリアの引立て役。

貴族称号を取り戻そうとがんばっている没落貴族の子息でとあるイベントをクリアすれば、他の攻略が失敗しても彼との幸せな慎ましいエンドが待っている。

アウトオブ眼中ね。

マリアとお幸せにという感じかしら!?


発明王はトーマ。

マリアと気が合い、影ながら支えてくれるナイト様だ。

うっかりのマリアをヒントに魔法銃を考案し、王宮に認められて魔法技師となる小さな巨人だ。

先輩なのに可愛らしい!

マリアにとって攻略対象の一人かもしれないが、エリザベートにとってはキーマンだ。

生活向上の知識チートには天才が必要なの。

絶対にGETよ。


最後に隠れキャラが生徒会長のエンドレだ。

世話焼き、気づかい上手、どんなことも無難に熟す美形の先輩だ。

中身は人間破綻者。

根暗で、人が失敗するのを見て喜んでいるゲス野郎だったりする。

不幸な過去を清算するのが攻略の条件だ。

マリアと争って改心して、ひっそりと二人で農家になってエンドを迎える。

お幸せに!

とにかく、注意するのは事件の裏に生徒会長あり。

対処は中々に難しい。

イベントが起こらないとゲームチートが使えない。

放置すると、エリザベートが悪人にされる。

どう利用するのは考え所ね!


マリアのライバルは王子の婚約者であるエリザベート。

寝取られないようにしないといけない。

マリアの親友はノアの妹ドーリだ。

エリザベートと仲が悪い訳じゃないというか、人見知りドーリはマリア以外は人畜無害だ。

誘拐事件だけが要注意ね!


もう一人のライバルが侯爵令嬢カロリナ。

マリアがオリバー王子と恋仲にならない限り、ライバルにならない。

カロリナを取り巻く四人がみんなイケメン。

美少年率が高過ぎる。

オリバー王子の大本命だから真のライバルだ。


最後のライバルが優しい先輩テレーズ。

機転が利き、好奇心が強く、大胆な性格。

悪い人ではないが、油断すると攻略対象を奪ってゆく。

天然さんのピンクパンサーだ。


巧く媚びてゆけば、逆ハーレムエンドも存在する。

でも、やらないよ。

マリアをするくらいならエリザベートのままで絞首台に立ってやる。


私は悩んだ。

生き残る為に何をしなければいけないのか!

ここ数日、考え抜いた。


「メルル、家令のヴァルテルを呼んでくれる」

「はい、お嬢様」


メルルが呼びに行くと家令が入っていた。

優雅にお茶を飲みながら均整の取れた白髪の紳士に目を向けた。

マリアサイドからでは、名前だけで姿を現わさない。

でも、とても重要な人物だ。


「御用とお伺いしましたが、どのようなご用件でございましょう」

「この頭の傷を治療しない理由は承知しているわね」

「お嬢様の婚約の証として残しております」


この世界には魔法があり、小針も縫った傷も簡単に癒すことができる。

婚約者を探す会場から逃げ出した王子は私にぶつかり、置物の甲冑にぶつかって5針も縫う傷を額に負った。

その責任として王命で婚約者にさせられた。

敢えて傷を残すように言われたのは王子への罰だ。


婚約が罰?


「ヴァルテル、婚約が罰とはどういことかしら?」

「我がヴォワザン家は貴族会議の第10席を頂いております。しかし、王国において力のない小貴族に過ぎません。小貴族が王妃になったことはございません」

「つまり、私が婚約者でいる限り、王子は皇太子になれないという罰なのね」


ヴァルテルが肯定する。

それが『駄目王子』と影口を叩かれた理由か。

なるほど!

意にそぐわない婚約を押し付けられて、王子は私を憎むようになる。

最初からボタンは掛け違われた。


攻略方は、私が泣き叫び、弱みを見せて王子にすがり付く。

身分の違う相手との婚約で苦しんだと涙を流して訴える。

世間知らずで正義感の強い王子なんて、それでイチコロだ。


うん、絶対にしない。


エリザベートは気高く振る舞って生きる。

そんな堂々としたエリザベートが私は好きなのよ。


「王宮で怪我を負いました」

「心得ております」

「その折に私は女神から神託を授かったのです。判りますか、神ではなく、女神です」

「判り兼ねます」

「そう、おかしいわね? クレタ王家の剣である貴方がそれに気づかないなんて不思議だわ」


そういいながらヴァルテルを窺った。

代々クレタ王家に仕える家柄だ。

一方、我が家はクレタ王家の盾と呼ばれていた。

クレタ王家が滅んだ日。

ヴァルテルのグラッテ家と我がヴォワザン家は同盟を結んだ。

クレタ王家の存続という同盟だ。

この情報はオリバー王子を攻略選るルートで、アンドラから知らされた真実の1つだ。

ヴァルテルの一族は影のような存在だ。


「神託を伝えます。私が15歳になったとき、今のままならヴォワザン家とクレタ家は破滅します」

「お嬢様、貴方はいったい?」

「女神にあったと申しました」

「女神ですか!」

「グラッテ一族は生まれた子を剣で突き刺して王に捧げたと聞いています」

「そんなことは致しません」

「残虐にして、冷徹なグラッテ一族の長であるヴァルテルに命じます。その忠誠心をわたくしに捧げなさい」

「女神の神託ですか?」

「女神の神託に掛けて、クレタ家を救うと誓いましょう」


家令が跪いて最敬礼をする。

今の王家を守護する神は男神、滅ぼされたクレタ王家の守護神は女神だ。

この秘密は当主しか知らされない。

私が知っている訳がないのだ。


「何をすればよろしいのでしょうか?」

「すべてを信じろと言いません」

「何なりとお命じ下さい」

「今年の内にラグミレタの海岸に一人の男が漂着します。名をイレーザと申します。この者は光の聖女を助け、我が家を滅ぼすきっかけを作る災いです」

「始末しろと!」

「いいえ、始末した所で新たな使者が送られるだけです。女神様が神託を下さった意味がなくなります。ゆえに取り込みます」

「助けよというのですか?」

「できるなら、そうして下さい」


商人イレーザを探す人を手配する。

これでマリアを出し抜けるか?

不安だ。

ゲームではマリアバイアス(マリア贔屓)が酷過ぎた。

プレイヤーとして助かった。

ヴァルテルを信用していない訳ではない。

でも、保険は必要だ。


「馬車一台用意しておいて下さい」

「どこに行かれるのですか?」

「ラグミレタの教会を訪ねます。

少々の献金と魔石5つほど入った小袋、それに中古の走船一隻を調達してくれるかしら!

そのくらいのはした金なら問題ないでしょう」

「我々では見つけられないと?」

「さぁ、どうでしょう。貴方の部下がイレーザを見付けることができれば無駄になりますが、そのくらいはいいでしょう」

「承知しました」


マリアは商人イレーザを見付けると教会に連れてゆく。

回復したイレーザは町で魔石を買って母国に戻り、魔石を欲する他国の商人と出会い、ラグミレタの町は魔石を売る交易を始める。


これがマリアの住む町が発展するきっかけになる。


彼はマリアに感謝し、聖女にように称えてマリアに力を貸す。

これを塗り替える。

助けるのはマリアかもしれないが、そうなるように導いた預言者に成り代わる。


「ねぇ、ヴァルテル。漂着した自分を助けてくれた少女と、神の神託を持って自分を助けるように命じた私と、どちらを商人は感謝してくれるかしら?」

「発見してくれた少女に感謝もするでしょうが、商人でならば魔石と船を準備してくれたパトロンを大切にするでしょう」

「そうであって欲しいわ!」


まず、マリアから『聖女』の称号を簒奪する。


商人イレーザがいつ漂着するかは知らない。

判っているのはマリアが7歳の時というフレーズだ。


今年中ということ?


いろいろな策を考えたけれど、ゲーム通りかを確かめるのが一番大切なことね。

もし違ったら、根底が崩れる。

そのときはエリザベートを楽しみましょう。


ゲーム通りだったら!

…………。

女神の話だけでヴァルテルの信頼を得たとは思えない!?

もう1つ、賭けをしましょうか。


「自領に帰れば、父上が義理弟おとうとを連れてくるでしょう」

「おそらく、そうなるかと!」

「その子の名はアンドラ、父上に言ってはいけませんよ。これが当たったなら、私のことをもう少しだけ信じて欲しいのです」

「判りました。心に止めておきましょう」


家令を取り込まないと何もかも始まらない。


さぁ、はじめましょう。


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