乙女ゲームの悪役令嬢に転生したからと言って悪女を止めたら、もう悪役令嬢じゃないよね! 

牛一/冬星明

第0話 プロローグ

眠い、やっと帰れる。

入社3年、某会社のOLなんてやってられない。

会社が起こした不祥事、安い扇動家に乗せられた俄かのクレーマーの対応で溢れた。


『貴方の一通の電話が、メールが世界を動かすのです!』


動きません。

助けたい私達が貴方達に殺されると言ってやりたい。

私を苦しめているのはメールを出した貴方だ。

クレームなんて役に立たない。

社長が代わるくらいで、スポンサーが変わる訳じゃない。

単なるババ抜きだ。

いい事したと満足して扇動者に騙されるな!


こんな世界なんて滅んでしまえ!


改札を抜けて電車のホーム、何故か、みなさんが私を避けてゆく。

判っています。判っています。


言わないで!


電車の中、周りの目が痛い。

しくしく!

一ヶ月の缶詰、私はどんな顔をして、どんな臭いを放っているのだろう。

屈辱だよ。

こんな会社なんて辞めてやる。

辞めてやる。

そう言いたいが奨学金の返納が残っている。

あと5年、いやぁ、3年は勤めないと返す目途が立たない。


糞ぉ、何の罰ゲームだ。


やっと自宅だ。

鍵を開けて、ただいま!

しぃ~ん、誰の返事もない。

うん、一人暮らしだからね。

眠りたい。

今すぐに眠りたい。

でも、このまま寝ては女として駄目だ。

湯船のお湯を入れ、洗濯機に着ている物ごと洗濯物を放り込む。


ちゃぷり、気持ちいい。


1ヶ月ぶりのお風呂だ。

疲れが取れ~る。

ごもごもごも…………ちょっと待って!

ヤバい、ここで寝ちゃ駄目だ。

ヤバいよ!

おじょうさま!

おじょうさま、目を覚めしてください。

うるさい、私は寝たばかりだ。


「お嬢様」

「うるさい、誰よ!」

「お嬢様、お気を確かに! 旦那様、お嬢様が目を覚ましました」

「だから、うるさいって!」

「よかったです」

「うるさいと言っているでしょう」

「お嬢様?」


『あなた、誰?』


知らない天井!

目の前に若い娘、いやぁ、幼いか!

幼い娘がメイド服を着て私の体を揺すっていた。

知らない子だ。


「お嬢様、私の事をお忘れですか?」

「だから、誰?」

「嘘ですよね! ワタシです。お嬢様付きの侍女です」

「だから!」


ズキン!


頭が痛い、燃えるように痛い。

知っている。

この子を知っている。


「メルル」

「そうでございます。私はお嬢様付きの侍女、メルルでございます」

「まだ、頭が痛いの。大きな声を出さないで!」


『はい!』


言ったそばから大きな声を上げる。

涙と鼻水を垂らして、メルルは顔を近づけてきた。

鼻水を飛ばしながら叫ばれても嬉しくない。

ホントにこの子は!


「その汚い顔をどけなさい」

「お嬢様」

「メルル、顔を拭きなさい。」

「酷いです。どれほど心配したとお思いですか?」

「鼻水を垂らしながら言われても嬉しくないわ」

「おじょおおおさま!」


さらにメルルが泣いて私の服がぐちょぐちょになってゆく。


ズキン!


頭が痛い。

私の中にエリザベートの記憶が入ってくる。


「そっと抱き上げろ! 屋敷に戻るぞ」


誰、このかっこいいジェントルマンは!? 

ジョルト、私のお父様だ。

私の屋敷、私の領地、父はジョルト、母はイネス、そして、私の名はエリザベート・ファン・ヴォワザンだ。


あれぇ、どこかで聞いた名前?


外国人に知り合いはいない。

でも、どこかで…………!?

あっ、学生時代にはまった『乙女ゲー』の悪役令嬢の名前だ。

嘘でしょう?

乙女ゲーの中?


転生、ないないない。


そんな非現実的なことはあり得ない。


私は猛烈に否定した。


 ◇◇◇


屋敷に帰って、知っている天井。

でも、落ち着かない。

こんな広い部屋を知らないよ。


知っているけど?


ズキン!


まだ、頭の痛みが続いていた。

王の名前、国の地図、みんな知っている?

あのゲームをどれくらいやり込んだと思っているの。

周回を重ねる毎に選択肢が増える究極の『乙女ゲー』だったが、コンプリートしてやったわ!


『マリアは皆と一緒に幸せを手に入れられるのか?』


あのキャッチフレーズが頭をよぎる。

マリアには、ご都合主義のタイムスケジュールが用意されており、悪役令嬢エリザベートに厳しい世界が待っている。

そうだ!

国外追放か、絞首台だ。

エリザベートで普通に攻略するのは絶対に無理だ。

マリアバイアス(マリア贔屓)が酷過ぎる。

誰だ、RPGと乙女ゲーとAI技法を混ぜたプログラマーは!


「メルル、お茶を持って来て!」

「お嬢様、まだ寝ていなければいけません」

「大丈夫よ」

「しかし、お医者様が2・3日は横になった方がいいと」

「メルル、私はお茶を持って来てと言ったのよ」

「すみません。すぐにお持ちします」


おいしい!


ほっと息をする。

まだ、頭が混乱している。

不思議だ。

こんなことがあっていいの?


私があのエリザベート。

主人公のマリアは好きじゃなかった。

気が弱くて優柔不断な女の子、ちょっとがんばり屋さんな所が自分に似ていた。

でも、乙女ゲーはいいよ!


がんばれば報われる。


現実はがんばっても報われない。

私のお気に入りは悪役令嬢のエリザベート。

凛とした態度がかっこよかった。

攻略対象の王子様より断然にエリザベートが好きだった。


ヒール(悪役)の方がかっこいい!


会社に入社して、ますますエリザベートが好きになった。

たぶん!

不幸回避にマリアみたいに媚びを売りたくない。

マリアは聖女、誰にでも優しく、清らかな乙女?

違う、あれは売女だ。

媚びなんて売りたくない。

マリアよりエリザベートでよかった。

不運が待っているけど…………!


破滅フラグは回避よ。

これは絶対。

最初から国外追放を前提に進めてゆく。

ない、ない、その選択はない。

外国人に優しい国なんてほとんどない。


金の切れ目が縁の切れ目、金ズルくらいにしか思っていない。


さもなければ異端扱いだ。

疫病でも流行れば、私が疫病を広めたと言われて火炙りになったりする。

国外で悠々自適なんて変な幻想を抱かない方がいい。


エリザベートは美しく気高い。

葵のような気高く威厳に満ちた美しい。

そんな令嬢でありたい。

私は悪役令嬢を貫きますよ。


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