夢の一手がありました_240326

   1 夢にみた見ること



 本当にスロウに見えるのかと、ぼんやり思った。


 私を追い抜いたおじさんにぶつかられ、歩いてきた学ランの男の子が階段に倒れ込んでいく。無造作に宙を舞う手。それに吸い寄せられるように、私は咄嗟に手を伸ばした。空を切ることなくその手を掴んだ途端、男の子の周りに濃いもやが立ちこめ、もやのひとつと目が合った。


 そこで魔法がパチンと弾ける。踏ん張り損ねた私は男の子の上に落ちてしまった。幸い、階段は数段だったからケガはない。


 電車の発進を告げる声が聞こえたのを皮切りに帰宅ラッシュの喧騒も耳に戻ってきて、落下の衝撃からハッと気を取り直す。起き上がり慌てて周りを見回すも、もやは何処にも見当たらなかった。


「……い……に?」

「う……重い」

「今のもや、なに!?」


 思わず男の子の胸ぐらを掴んで引き起こす。ほんの一瞬だけ見えたもや達は、彼を潰さんばかりにまとわりついていた。とても無関係とは思えない。


 長い前髪と眼鏡に隠された瞳が、私の叫びにひととおり驚き揺れ動く。それから一際めんどくさそうに顔をしかめたその男の子は、周りの視線を気にしたのか「こっち」とだけ言って私の腕をつかむと、駅の人混みを縫って進んだ。


 前を行く低めの背を眺めながら、さっきのことを考える。もやは、彼の手を取った途端に見えた。けれど、今は何も見えない。手と手じゃないといけないのだろうか。だから、服越しに腕を掴まれている今は見えない?


「たぶん助けてくれようとしたんですよね。それはありがとうございます」


 駅を出て少し行ったところ。人の居ない公園に着くなり、そっぽを向いたまま男の子が言う。口を開きかけた私を手で牽制して「ですが!」と言葉が続いた。


「僕には関わらないでもらえますか? 迷惑なんで」

「――初対面でずいぶんな物言いじゃない? 仮にも助けた恩人に」

「下敷きにされましたけど?」

「うっ……」

「それに、お礼はさっき言いましたよね?」

「せ、せめて目を合わせて言えないわけ?」


 それは、と言いよどむ。ぼそりと呟かれた言葉を拾えなくて「なによ」と問えば、責める視線に耐えかねたのか、男の子が吠えた。


「あなたが眩しいからです!」


 ――まぶ、しい?

 意味を図りかねて試しに眼前へ回り込んでみると、眼鏡越しの目がギュッと閉じられた。

 ――まさか物理的に?


「おねがいですから、やめてください。せめて目が慣れるまで!」

「うん、よく分からないけど分かった」


 彼の目にどう見えているかも気になるが、今は話を進めたいので一旦飲み込んだ。

 ベンチに誘って、二人並んで座る。心なしか距離が大きい気はするが、初対面なんてこんなものだろう。


「っと。私は日高(ひだか)ゆり、高一よ。あなたは?」

「……蔭山(かげやま)カオル……中三、です」

「そっか。受験生の貴重な時間をもらってごめんね」

「あ、いえ。それは別に――」

「で、さっきの〝あれ〟は何なの?」


 形式的な挨拶を最低限にとどめ、食い気味に詰め寄る。合いそうで合わないままの目を見つめれば、蔭山は隠しもせず盛大にため息をついてから、

「端的に言えば、霊です」

 そろりと目を合わせて答えてくれた。


 こういうのを『胸の高鳴り』と呼ぶのだろうか。心臓が体中に飛び散って移動したんじゃないかというくらい、耳や手や顔で拍動を感じる。今まで一度として見ることが叶わなかったオカルトの一端を、ついに垣間見ることができた喜び。自然と声も大きくなろう。


「あなたっ、もしかして見える人なの!?」


 詰め寄る私の目をまだ少し眩しそうに見つめ返しながら、慌てて口許に人差し指をあてがった蔭山が小さく頷いた。


「っはぁー! 私、オバケとかユーレイとか見るのが昔から夢だったの!」


 忘れもしない小学五年生。怖いもの好きの友だちに誘われた肝試しで、やれ「人の形をした黒い塊を見た」だの、やれ「小さいおじさんが出た」だのみんなが騒ぐ中、私だけが何も見られなかったあの疎外感、あの悔しさ!


 怖いものが見たい、というと少し違うけれど、童話やファンタジー小説で読んだ不思議な者たちへの憧れは人一倍強かった。


「見えることのどこがそんなに魅力的なのか、僕には分かりかねます」

 ひどく呆れた顔で、蔭山がズレ落ちた眼鏡をクイと上げる。

「でも、あれだけ何を試しても見えなかったのにどうして見えたのかしら?」

 その疑問に対する答えは、すぐに返ってきた。

「僕に触ったからじゃないですかね。昔からそうなんですよ」

 お蔭で友だちいなくなりました、と愚痴が続いた。


 即座に、膝上の彼の手を取る。

「ちょっ!」

「なにも見えないじゃない」

「今は、日高さんを警戒してるのかまだ寄ってきてないんですよ」

「私を? どうして」


 何度目かの、心底面倒くさそうな顔。初対面で何でも話すのが嫌な気持ちも分かるけれど、聞かずにもいられないのだからサッサと諦めてほしい。


「たぶん、あなたのその眩しさと関係があるんじゃないですか」

「はっ! もしかして除霊しちゃう特別なオーラが私に!?」

「あー……かもしれませんねー」

 テキトーな返事は聞こえないフリをして、引き寄せた蔭山の手を両手でガッチリ掴んだ。


「ねぇ蔭山くん。私と付き合ってくれないかな?」

「はあ!?」




   2 連れ回されてそこかしこ



「……今日、登校日?」

 口頭で週末に待ち合わせた、同じ駅の西口。なぜか学ラン姿で待っていた蔭山が「これが唯一の正装なので」と真顔で答えるので、そういう意味の『お付き合い』ではないことを確認しあった。


「まさか古典的な勘違いをしてしまうとは……」

「ごーめんって。私の言い方が悪かったのよ。今日は付き合ってくれてありがとう」

「まぁ、いいですよ。僕も肩が軽くなって助かりますし」

 霊が見えることと関係でもあるのか、少し歩けば浮遊霊まみれになるのだという。


「低級の霊は、溜まると重たい、くらいで他に実害はないんですけどね」

 そう言って握手を求められ、掴もうと伸ばした手が空を切った。


「あっ、すみません。その前に、この辺りを殴ってみてもらえますか?」

「なぐ……まぁいいわ」


 指差された蔭山の左肩の上を、グーではなくパーで通過して壁に押しつける。

 ――あれ? これっていわゆる壁ドンじゃない?

 気付いて少しだけ後悔した。しかも、ドギマギしているのは私だけらしくて癪に障る。


「じゃあ、そのまま手を」

 傍からどう見えているかは気になるが、大人しく左手をつなぐ。両肩にもやが見えてすぐ、霧が晴れるように消えていった。

「次は通る人を見ていてください」


 やっと気恥ずかしい体勢から解放されて、壁を背にして人混みに目を移す。見渡してみれば居ること居ること。不定形のもやにしか見えないけれど、肩や頭に霊をくっつけた人が駅前を行き交っている。

 どれも小柄といった感じで、そういえば、初めて見たもやの中には大きなものが居たなと思い出した。もやなのに〝目が合った〟と感じたのも、今思えば不思議だ。


「ねぇ。蔭山には霊ってどう見えてるの?」

「どうって……ものによりますけど、くっきり、ですかね」

「目とか口もある?」

「そうですね、だいたいは」

「そっか」


 となると、はっきり見えなくても確かに目が合ったのかもしれない。


「どうやら、日高さんが見えた上で、間接的にでも触らないと除霊できないみたいですね」

「つまり私は、蔭山くんが居ないと真の力を発揮できないわけね」

 私の軽口を、そーなりますねーと軽くあしらって、蔭山が放るように手を離した。


「はい。肩は軽いし、条件も確認できて満足です。それで、今日はどちらへ行くつもりですか?」

「ふっふーん、ナイショ! 着いてからのお楽しみー」


 電車を乗り継いで数駅北東。慣れ親しんだ目的地への道順を、先だって歩いて行く。コートを着るほどではないにしても、近づく冬の肌寒さを予感させる風がときおり背中を吹き抜けていった。


「そういえば。今日は初めから目が合うけど眩しくないの?」

「眩しいですよ。でも、初回と違って見られないほどではないというか……慣れました」

「あははっ! 慣れるの早くて優秀!」


 赤信号に足を止める。横に並んだ蔭山は私の肩ほどの背丈で、なんとはなしに頭を眺めていたら、つむじをふたつ見つけた。素直そうでいて、ひねくれているのだろうか。


「ね。ヤバイのが来たらどうしてるの?」

「人を伝って移動するようなので、憑かれる前に、人の居ない場所だったり神社に逃げ込んでます」

「へぇ、神社! それっぽい。それって、お寺でも効果あるのかな?」

「どうでしょうね。神社に比べて分かりにくいのと、なんとなく入りづらくて試したことはないです」

「あー。言われてみれば、そうかも」


 そうこう話しているうちに目的地へ着いた。土曜にしては空いているほうだろうか。


「お墓とか心霊スポットも考えたんだけど、別に怖いものが見たいわけじゃないからさ。じゃあ、見たいものを見られそうなところにしようと思って」

「それで水族館ですか?」

「そ。お魚とかペンギンの霊が見えたら、おもしろそうだもの」


 誘ったのは私だからと彼の分の入場料を支払って、自分は年間パスポートで中に入る。

 はい、と蔭山に手を差し出せば、手をつなぎながら回る気ですかと嫌そうに言われた。


「だって、つないでないと見えないでしょ?」

「それはそうですけど……」


 歯切れの悪い態度に、それ以上有無を言わせず宙ぶらりんの手を取った。表情はあまり変わらないけれど、耳が赤くなっておもしろい。図らずも壁ドンさせられたお礼になったようで、口がニヤけてしまう。


「ペンギンの大水槽までサクサク行くから、何か見たいものがあったら引き留めてね」


 案内に従って進んでいくと、小さな水槽が続いているエリアがある。ナントカ・テトラやら、トリゴノスティグマ・ナントカやら。やたら長い名前の小魚が多くて、通っているわりにひとつも覚えられていない。

 その次にあるクラゲの展示に差し掛かったところで、つないだ手を引かれて立ち止まった。


「クラゲって、こんなにキレイなんですね」

「でしょー? 海水浴場とか港にこの量いたらちょっとアレなのにね」

「……夢の空間で、そんな夢のないこと言わないでくださいよ」

「あら、夢だけ見てちゃダメよ。ちゃんと現実も知ってもらうための場所なんだから、水族館ってのは」


 単なる娯楽の場ではなく、海の生態系を学んで、どう共生していけばいいのかを考える場でもある。

 意外なものを見るような視線に耐えかねて、急かして大水槽まで進む。ぐるりと念入りに三周してみたが、残念ながら魚の霊ともペンギンの霊とも遭遇することはなかった。


「……居ないものだねー。人にはたくさん憑いてるのに」

 長く触れ続けたからか、それとも目が肥えてきたのか。もやにしか見えなかった霊は少しだけ輪郭が見えるようになっていた。だからこそ自分の目で「どちらの霊も居ない」と分かって余計に悔しい。


「もう離して、生きたペンギンを楽しめばいいと思います」

 そうは言いつつ手を振り払おうとはしない辺り、蔭山は優しい。こんなに振り回してしまっているのだから、文句のひとつも言っていいはずなのに。

 もう少しだけ、と言いかけて、小さくお礼を言って手を離した。


「じゃあ、せめて記念に買ってくー」

「年間パスポートで通い詰めてるのに、改めて買う物なんてあるんですか?」

「お、言うねぇ蔭山くん。それがあるのだよ、期間限定販売というものが」

「……それ、得意げに言うことじゃないですよね」


 踊らされた購買意欲、などと笑う蔭山を尻目に、それぞれ売店を見て回って帰路についた。

 電車内に少しずつ茜色が差し込む中、帰りは話が弾む。けれど、なんとなく気恥ずかしくて、連絡先を交換できないまま今朝の待ち合わせ駅に着いてしまった。


「これ、今日のお礼です」

 そう言って蔭山が包みを差し出す。

「お礼? そんなのいいのに。付き合ってもらったの私のほうだよ?」

「いいんです。僕も楽しかったので」

 断りを入れてから中身を見ると、クラゲのキーホルダーが顔を出した。


「ふふっ、ペンギンじゃないんだ」

「あれだけ大水槽にこだわっていたから、被っちゃ困ると思って……」

 また耳が赤くなっている。一度気付くと、分かりやすい照れ方だ。

「ありがとう。それじゃあ――」

 またね、の一言が喉につかえて出ない。最寄り駅が同じなのだから、きっとまた会える。そう言い聞かせて背を向けた。


「日高さん!」


 突然の大声に振り向いてすぐ、手を掴まれ抱き寄せられる。

「えっ、ちょっ、蔭山くん!?」

「なんで……だって、除霊されたはずじゃあ」

 窺えば、青い顔。釘付けの視線を追って後ろに目をやれば、背が高くて色の濃いもやが立っていた。

「見ちゃダメです!」

 そう蔭山が声を荒げた直後。もやに車が突っ込んだ。




   3 なんで放してくれないの



「どこまで行くの? ねぇってば!」

 もう、かなりの距離を歩いたと思う。それでも、蔭山は私の手を離そうとしなかった。


 心なしか震えているそれを振りほどくことはきっと容易いだろう。だからといって、こんなにも必死に掴んでくる手を無碍にするのは忍びない。私としても、事故を目の当たりにした動揺から立ち直れているわけではないから、拠り所として掴まっていたかった。


 やっと止まったところは、小さな神社だった。鳥居をくぐったところで、蔭山が辺りを注意深く窺う。それから、深刻そうな顔を私に向けて重い口を開いた。


「あの日、アイツと目が合ったんじゃないですか?」

「さっきの、背の高い霊のこと? んー、たぶん?」


 顔を覆い、深いため息を吐きながら蔭山がしゃがみこむ。

 かぼそい声をかろうじて拾えば、自分のせいだとか、自分に関わると碌なことにならないんだとか、とにかく卑屈なことばかりを繰り返していた。


 今日一日、私が楽しく過ごせたのは蔭山が居たからだ。霊だって、彼がいなければ見ることはできなかったし、嫌な感じのする霊に憑かれた人を避けて歩いてくれたことにだって、ちゃんと気付いてた。だから、自分を卑下してほしくない。


「そんなことないよ」

「あるんだよ!」


 初めて聞く、泣きそうな叫び。他の言葉を探したけれど、それも気休めにすらならないだろうと思うと、私からは何も言えなかった。

 影がじりじり伸びていく中、カラスの鳴き声が辺りに響く。蔭山は、ふたつ深呼吸をしてから口を開いた。


「いつの間にか消えて、またふらっと現れて。アイツが居ると、危ない目にばかり遭う。昔からそうだ。だからみんな気味悪がって離れていったし、僕も、誰かを巻き込むよりはいいと思ってそうした」

「でも、見えるから助けられることだって――」

「あるもんか。僕だって、助けられるなら助けたさ。でも、日高さんみたいな力はなかったし、それで一人で抱える以外に何かできると、本当に思うの?」


 暗い瞳が私を見上げる。凍えた手で心臓を掴まれたような居心地の悪さに、逃げ出したい衝動にかられた。そんな薄情なことはしたくないけれど、考えたところで、やはりいい言葉は見つからない。


「……今日は帰ろう? 暗くなっちゃう」

 屈んで、手を差し出す。それを長いこと見つめたあとで、蔭山は手を取ってくれた。


 引っぱり立たせて、駅のほうに向き直る。昼間の名残でそのまま歩き出そうとしたら、引く手を止められた。

「なんで……どうやって此処に?」

 鳥居の向こうに、さっきの霊が立っていた。


 蔭山の緊張が手を伝ってくる中、改めてその霊に目をこらす。初めて見たときより輪郭はしっかりしているけれど、顔のパーツだけは何も見えない。見えないけれど、やはり目が合っている感覚があった。


「あれは、ヤバイ霊なの?」

「さっきの見たでしょう。害意ある霊ですよ」


 蔭山が、ひときわ強く手を握ってくる。けれど私は、そっと手を離して一人、鳥居の前まで歩いた。


「何してるの日高さん!」

「この霊は大丈夫だよ。だって、その辺の人に憑いてた霊のほうが、ずっともっと禍々しかったもの」


 それに、害意があるのなら、こんなにも優しく感じる視線を送れるとは思えない。


「ねぇ、蔭山くん。この霊、まだここに居る?」

「居ますけど……どうする気なんですか?」


 見えないし、触れるかも分からないのに、そうすることが正しいとばかりに握手を求めた。

『ありがとう』

 そう聞こえた気がして、ほらねと蔭山を振り返る。


「……日高さんって、実は天使なんじゃありません?」

「え?」

「握手したあと、光ってるんですけど、その霊」


 触れたままだとまた祓ってしまうかもしれないからと、蔭山とだけ手をつないでみれば、もやどころかハッキリ〝人〟の姿で見えるようになっていた。髪の長い、ワンピース姿の女性。ただ、色だけはモノクロームで、肌にいたっては真っ白だ。そしてその身は確かに淡く光っている。


「やっぱり、悪い霊には見えないよ? 綺麗な人だし」

「綺麗かどうかと無害かどうかは別問題ですよ。でもまぁ、ちょっと前の暗い印象が嘘みたいに綺麗になっているので、無害になった気はしますね」

 というか、日高さんにもハッキリ見えるようになったんですねと、蔭山が苦笑する。


「もしかして、逆なんじゃない?」

「何がですか?」

「この人が憑いたから悪いことが起こるんじゃなくて、悪いことが起こるからこの人が憑いたってこと。だって、今まで誰も大ケガはしてないんでしょ?」

「それは、まぁ、確かに」

「じゃあ、きっと助けてくれてたんだよ。いわゆる〝守護天使〟ってやつじゃないかな」


 霊に目をやると深く頷いていたので、ほらほらと指差した。

 蔭山は一瞬だけキョトンとして、それから声をあげて笑った。


「分かりました。分かりましたよ、そういうことでいいです。それで、その守護天使さんは今後、僕と日高さんのどちらを守るつもりなんですか?」

「そりゃあ蔭山くんでしょ。昔からってことは、小さい頃から一緒だったんでしょう?」


 私と霊、二人揃って蔭山くんに視線が向く。霊にいたっては、ふたつ頷いていた。


「それなら、さっきはどうして日高さんのほうに?」

 今度は霊に視線が集まる。身振り手振りで何か伝えようとしてくれるけれど、私も蔭山も首を傾げるばかりだった。


「そりゃあ、私がピンチだったからじゃない? あのとき蔭山くんが引っ張ってくれなきゃ今ごろ私ぺっしゃんこでしょ」

 私がお礼を言うと、彼女ははにかんだ。


「さっ、長年の謎が解決したことだし、とりあえず駅まで戻ろ。ここ、どの辺か分かんないもん」

 神社を出て、道すがら他愛もない話をする。人に憑かなくても、実際は彼女みたいに自由に移動できるのかもしれないねとか、彼女に名前を付けようとか。


「そういえば、どこの高校受けるの?」

「それはですね……ナイショです」

「ナイショかー。個人情報だもんね」

「いえ、別にそういうわけでは――」


 駅に近付くにつれ、いつもとは違う喧噪が聞こえてきた。人垣ができている。周りの話を聞く限り、運転手は無事だったらしくホッとした。

 見えないけれど、蔭山の視線を追って宙空を見る。


「本当に守護天使だね」

「はい。巻き込まれなくてよかったです」

「……見えるから助けられたんだからね」

「そう、ですね。それに、たとえ見えてなくても救える人は居ると学びました」

 二人、顔を見合わせて笑う。


「それじゃあ、また!」

「ええ。――またね!」


 今度こそお別れ。ついに約束は交わさなかったけど、きっと春には会えることだろう。そんな確信めいた直感を胸に、私は数ヶ月後に思いを馳せた。




   4 つないでいてもいいですか



 高校二年になった4月。新入部員の勧誘合戦の中、私だけになってしまったオカルト研究部のブースでは閑古鳥が鳴いていた。


 手書きのチラシをお断りされること何人目だろう? 10を超えてからは数えるのをやめてしまったから正確には分からないけれど、30以上はダメだった気がする。

 このまま誰も入らなければ、5月には部から愛好会に格下げされてしまう。当てにしていた人は待てども来ないし、これは諦めろということだろうか?


 ――ううん、きっと来る。またねって言ったもん。


 泣きはしないけれど、悔しいような寂しいような心持ちがする。あれでうちの高校に入らなかったら、とんだフラグクラッシャーだ。もちろん、現実はゲームのようにはいかないってだけの話ではある。


 運動部のほうに目をやってはその盛況ぶりに辟易し、それ以外のほうを見てはささやかながらも人が絶えない様子に羨ましさを覚える。撤収し始める部もちらほら出てきたし、うちもそろそろ……。


「まだ、部員募集してますか?」

 片付け始めた矢先、声をかけられた。どうやら待ちぼうけずに済んだらしい。


「おっそい! 待ちくたびれたんだから!」

「すみません。出遅れたばかりに人混みに流されてしまって」


 少し背が低くて、前髪の長いメガネ男子。記憶と違うのは、学ランでなく我が校の学生服を着ていること。


「入学おめでとう、蔭山くん」

「ありがとうございます、無事に入れました」

「それで? オカ研なんかでいいの?」

「はい。日高さんの居る、オカルト研究部がいいんです」


 照れることを真顔で言ってのけ、蔭山が手を差し出す。それを両手でガッシリ掴んで、激しめに上下に振った。相変わらず浮遊霊のもやばかりが憑いていて、さぁっと空に溶けていく。


「これからもよろしくね!」

「はい、日高先輩!」

「……あー。さん付けのほうが落ち着くから先輩はやめよ?」


 これからの楽しみを前に、あの日の奇妙な出会いに感謝した。



===

夢の一手がありました

〔2024.03.26 作〕

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★ 第230回 集英社オレンジ文庫短編小説新人賞、選外。


 男女バディものを書こうとした30枚短編。キャラクターから作るのは相変わらず苦手で、ストーリーのほうも、書き慣れないサイズのせいか駆け足になっていて……半年ちょっと置いて読み返すと納得の選外ですね。

 ちなみに。供養公開にあたり、細かい部分を直したい気持ちは抑え込みました。空行を足した以外は投稿時そのまんまです。

(2024.10.31)



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〔短編集〕いつかの私たち あずま八重 @toumori80

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