〔短編集〕いつかの私たち

あずま八重

悩んだらこちら

私のステキな夜のとも_221102

「ちょっと抱きしめてもらっていいですか?」

 浮気うわきされたあげく、何故なぜか私のほうが振られた夜。まらない涙がそれで止まるわけではないけれど、今はとにかくそうしてもらいたかった。


 真倉まくらさんの腕が私へと伸びる。いつもは優しすぎて、くというより触れるだけで終わっていたそれが、今夜は苦しいほどに力強い。

 ――いや、苦しいのは心のほうか。抱きしめ具合に不快感はなくて、むしろ心が軽くなっていく感覚が心地よかった。




「ねぇ、真倉さん」

 呼びかけると、首をかしげるカワイイ気配けはいがする。しゃべれなくても聴き上手なことが嬉しくて、つい口許くちもとがゆるむ。

「ありがとう……来てくれたのがアナタでよかった」

 照れくさくて腕の中におさまりながら言えば、真倉さんは、私の背を二度たたいてこたえた。


 真倉さんは〈抱きまくら〉だ。数年前に売り出された〝抱きしめてくれる〟ほうの抱きまくら。だから、彼にはカカシのように長い腕がある。

 会話のできる上位モデルは思った以上に高の花であきらめたけれど、毎夜まいよそっといやしてくれるこの〈真倉さん〉が私は大好きだ。




「生身の男なんてらないもん」

 振られるたびにそうねて、けれど結局は求めてしまう。そんな寂しがり屋の私に何を思ったのか、少しをおいて真倉さんは首を横に振る。それがなんだかイジらしくて、そうだねと笑った。


 ぎゅうと抱きしめられたまま、トロリと眠りに落ちていく。明日もいつも通り、スッキリ目覚めて仕事に行けるだろう。


 ずっと大切にするからね。

 そう胸の内でつぶやきながら、ステキな夢への扉をくぐった。



===

私のステキな夜のとも

〔2018.05.03 作/2022.11.02 改〕

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* エブリスタの『超・妄想コンテスト』、第76回「優しい嘘/悲しい嘘」と第75回「眠る」に応募した作品。


* 聞いた話によると、自分で自分を抱きしめられるガジェットは現実に開発中らしいので、近い将来〈真倉さん〉が誕生する日がくるやもしれませぬ。姉妹作として毛布を擬人化したいなぁとネタだけ残して実現していないので、それを創作する活力を〈真倉さん〉からもらいたい。(2020.03.02)


* Writoneが閉鎖した関係で再投稿を…と思ったら公開済みだったのでついでに改稿。大きくは変わってませんが、少し厚みみたいなものが出せたかなと思ってます。(2022.11.02)


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