第二話 - ドウソジン - 2
あれだけドスドスだのバチンだの大きい物音がしたというのに、八重子はもちろん、周辺の住民たちは何を怪しんだりすることもない。驚いて家から出てくることも、警察を呼んだりすることも一切なかった。何故なら先ほどの大男も、その足音や声も、俺以外には見えていないし、聞こえていないからである。
俺には生まれつき、《へんなもの》が見える。
白と黒で一対の空飛ぶ餅や、突然笑い声を上げる影だけのおっさん、雨の日に足元をうろちょろする謎の小動物の群れなどなど、よくわからないへんなものが、俺には見える。
俺の元主治医はそれを指して『その場の雰囲気や空気のようなものが、イメージとして《見えている》ように錯覚しているだけ』と仮説していたが、理屈は知ったことじゃない。とにかく見えるし、触れるし、実害が出るのだから仕方がない。
今回のもそういう俺の《個性》に関係する事案なのだろう。
あんな巨大な《もの》は久々に見た。本来であれば白神――あいつは《妖怪》だの《怪異》だのといったものに造詣が深い――にすぐさま助けを求めるところなのだが、今回俺は一旦それを保留することにした。
先ほどの大男は、俺個人を狙っていたかのような発言をしている。ビンタについても程度を間違えたような言い回しだった。それならいまのところ狙いは俺だろうし、よしんば他に被害が出たとしてもアレくらいなら安いものだ。何せ俺が《へんなもの》を見るのは日常茶飯事なのである。いちいち助けを求めていたのではキリがない。腹は立つが、俺はなんとか溜飲を下げた。
「で、うちの歩がその女子の代わりにお参りに行ったら、しばらくしてそのふたり、本当に付き合い始めちゃったらしくてですね。それ以来何故か歩の方がウワサになっちゃったんですよ。あいつがお参りすると叶う、的な感じで――」
数分も経つと、八重子はいつもの調子に戻った。今朝歩くんと会ったという話から、会話の内容は自然とその関係の話になった。この分なら俺が大地の声を聴いていたことについては追及されもネタにされもしなさそうだ。と、まあそれはともかく。
「そんな拝み屋みたいなことやってたのか歩くん。なるほど、今朝言ってた『朝活』ってのはそれか。ふうん……あんまよくない気がするけどな。一回引き受けちゃうと次から次になるだろ、ああいうのって」
「あ、さすが先輩、鋭い。歩もあちこちから頼まれすぎて大変って言ってましたよ」
「そうれ見ろ、言わんこっちゃない」
まあでも、そういうのは一度はする失敗かも知れない。本人に悪気はないわけだし、俺にも似た経験はある――と思っていたら。
「歩的にはくっつけたい男女とそうじゃない男女がいるみたいで、かなりえり好みしてたみたいっすよ。頼まれもしない男女の分までお参りしてたらしいですからね。お陰で余計大変だとかなんとか」とのことだった。クソ自業自得である。安心してバチにあたれ。
八重子は「ふぅ」とため息をついて急に遠い目をする。
「私、恋愛なんて神頼みで叶えたってしょうがないと思う派なんです。むしろ逆に、いらないものが混ざっちゃうっていうか――純粋なものじゃなくなっちゃうような気がして」
「お、珍しいなそういうこと言うの」
「はは、らしくないとは思うっすよ。でもほら、そこまでして叶えたいんだったら、神様より先に話す相手がいるだろって思いません?」
「ふうん」と俺は頷く。八重子にしてはまともというか、一本芯の通った考え方だ。意外と矜持めいたものを持ってるんだなこいつ。
そうじゃなくても、なんだか今日の八重子は全体的に頭が良さそうに見えた。いつもと違って多少アンニュイなような、バカにしづらい雰囲気がある。思い返してみれば、今朝からちょっとした仕草とか物言いがやけに大人っぽかった気がしないでもない。
不思議に思ってよくよく見てみると、八重子の外見がなんだかいつもと違っていた。なんだろう、背が伸びたのか。それとも髪が伸びたか。いや、髪型が変わった……?
しばらく見ていて、「あっ」と俺は気がついた。
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