初恋ミュージック

東郷吏怜

第1話

 古山くん。古山翔悟くん。クラスメイト。大人びていて、頼りがいがあって、優しくて。それから、それから。人気者の古山くんの周りにはいつも誰かがいて、私は遠くから見ているだけ。でも、たまに、古山くんが私に視線をくれてにこって笑ってくれる。それはきっと人気者の気まぐれであるのだろうけれど、その行為だけで嬉しくなってしまう私は、ある意味古山くんのファンなのかなとも思う。今日も教室は騒がしい。今はまだ朝のホームルームが始まる前で、それぞれが予習をしたり、話をしたりと自由に過ごしている。このタイミングで教室に走り込んでくる人もいて、個性だなって思ったりする。私は早めの行動が好きだから、登校もこのクラスの中では早い方だし、人の少ない静かな教室で、本を読んだり、色々なことを考えたりするのが好きだ。教室に人が増えて、仲良しグループがばらばらと完成していくのを見るのも楽しい。そう考えると私は友達が少ないタイプだと自覚しなければならないと思うのだけれど、私は長いこと、そうは思っていなかった。違う高校になってしまったけれど親友がいるし、幼馴染と呼べる存在もいる。人に囲まれるということは人に好かれているということで、それはとても素晴らしいことなのかもしれないけれど、私は別にそれを望んではいない。深く、本音で付き合える人が少しでもいればいいと思っているから。でも、人気者の古山くんのことが気になってしまっているのは、その人に好かれる性格に私自身も引き寄せられ、そして、憧れているのだと思う。


「セーフ?アウト?」

「セーフ。ぎりぎりセーフだよ」


 教室の扉が激しい音と共に開かれ、男子生徒が駆け込んでくる。桂木空羅くん。古山くんといつも一緒にいるグループのメンバーで、とても運動神経が良い。体育の授業では何でもこなすヒーローであり、常に女の子たちの注目を浴びている。でも、空羅くんには最愛の彼女がいて、その彼女もまた運動神経抜群のクラスメイトの横谷ちゃん、横谷亜生ちゃんなので、二人の関係はクラス公認だし、みんなで応援もしている。私自身も、お似合いという言葉を贈りたいと心から思うカップルなのは間違いない。


「食パン齧りながら自転車で爆走したら、途中でカラスに狙われてさー。さて、これは本当でしょうか?嘘でしょうか?」

「嘘でしょ」

「嘘」

「正解は…嘘でした!」

「やっぱり嘘だよな」

「うん。嘘だと思った」

「空羅、嘘はダメだよ」


 横谷ちゃん、それから古山くんを中心にして話をしている何人かが、一斉に空羅くんの冗談に冷静に返事をする。空羅くんは、あはは、やっぱり嘘ってわかるか、って笑っていたけれど、もしも本当にカラスに狙われていたら、いくら運動神経の良い空羅くんと言えど、無傷じゃ済まなかったんじゃないかなって、話にも参加していない第三者ながらに思ってしまった。そして、そこでホームルームが始まるチャイムが鳴る。それぞれが自分の席に座って、担任の先生が教室に入ってくるのを待つ。私たちのクラスの担任の先生は三十代の男性。山口公平先生。生徒からはぐっさん、と呼ばれていて、むしろそのニックネームが浸透しすぎていて、たぶん生徒の誰もが、ぐっさんの名前が公平さんだということを忘れていると思う。私的には公平の公の字をばらして、ハム先生と呼ぶのもいいんじゃないかと思うけれど、他の人はそうは思っていないのだろう。ぐっさんはぐっさんだ。

 教室の扉が再度開いて、ぐっさんが教室に入ってくる。


「はい、席について。静かに…って、今日、みんな聞く態度いいな。どうした?」


 ぐっさんが不思議そうな顔をして教室を見回している。確かに、私たちのクラスはいつも賑やかだけれど、先生の話を静かに聞かないほどもう子供ではない。騒げば静かにしろと注意され、静かにしていればそれはそれで不思議がられる。それなら私たちはいったいどうすればいいのだろうか。少し難しい問題だと思った。


「三週間後の章陽祭、学級委員を中心に準備をしっかり。みんなにとっては初めての高校の学園祭だから、楽しもう。それから最近、不審者が出没してるみたいだから、暗くなっての帰宅は気を付けような。特に女子は複数で帰ること」


 章陽祭。毎年十一月に行われる、章陽高等学校の文化祭。一日目が演劇などのホール発表、二日目が展示などの校内発表というイベント。私たちのクラスは教室をプラネタリウムにする計画で準備を進めている。案を出したのは空羅くんだ。一言、ロマンティックじゃん?って。


「先生からは以上。日に日に寒くなってきているから体調管理すること。はい、学級委員号令」

「起立、礼」


 学級委員の号令でクラスのみんなが一斉に立ち上がり、ぐっさんに向かって一礼、それから、ありがとうございました、の声。今日も、長い一日が始まる。


「あ、近藤、ちょっと」


 教室がざわざわとし始めたところで、ぐっさんが手招きをしながら私の名前を呼ぶ。近藤。近藤青葉、私の名前。青葉という名前だから、五月生まれと間違われがちだけれど、私は十二月生まれである。残念ながら。私は一限目の教科書を準備していた手を止めて、ぐっさんの立つ教卓まで行く。その前を今日の日直である古山くんが歩いていて、後を追いかけているみたいで面白いなって少しだけ思った。


「近藤、現代文の授業で短歌を作ったの覚えてる?」


 側に立つと、賑やかな教室の中でも聞こえる程度の声で、ぐっさんが私に問いかける。


「一学期の話ですよね?」

「そう。それを短歌のコンクールに出すって、現代文担当の小泉先生が言ったのも覚えてる?」

「はい、それは」

「近藤の短歌が入賞したらしい。小泉先生に呼ばれると思うから、そこで話を聞いて。嬉しいことだから先に伝えました。よかったな。おめでとう」


 頭をぽんぽんと優しく叩かれ、にっこりと笑顔を向けられて。入賞、という言葉をもう一度頭の中で言ってみる。入賞。その入賞というのがどの程度のコンクールのどの程度の賞なのかわからないけれど、純粋に嬉しかった。私は小さいときから文章を書いたりするのが好きなタイプだった。詩を書いたり、ショートストーリーを書いたり。言葉で自分の世界を表現できることにとても魅力を感じていた。だから、自分の言葉が評価されたことがとても嬉しい。ぐっさんが私の頭から手を離して、教室を出て行く。私も、自分の席に戻る。私の席は教室のちょうど真ん中辺り。四方八方をクラスメイトに囲まれているけれど、みんなに守られている感じがして悪くはないと思うし、様々な情報も得られるからいいなと思っている。一ヶ月ごとの席替えだけれど、次回も選べるならこの席を選びたいくらいだから、実は気に入っているのかもしれない。黒板を綺麗にし終えた古山くんが私の横を通って自分の席に戻ろうとする。古山くんの席は、私の三席後ろ。クラスの中央列の一番最後列。


「おめでとう」


 私の横を通るときに、古山くんは私の顔をちらっと見て、そう言った。慌てて振り返っても、もう私の方を見ていなかったけれど、確かに、そう言った。このおめでとうはきっと、短歌が入賞したことへのおめでとうだ。ぐっさんの背後で黒板を綺麗にしていた古山くんには、ぐっさんの声が届いていたのだろう。この教室で、古山くんと私しか知らない、嬉しい秘密。鼓動がうるさく鳴っているのを感じる。古山くんからかけられたお祝いの言葉がこんなに嬉しいのだから、私は古山くんのファンなのだろう。確実に。



 十一月の放課後の教室は、少しずつ寒くなり始めた。私はその中で読書をしている。何となく、家に帰る気にならなかったからだ。優しい両親に愛してもらって、少し年齢の離れた小学二年生の可愛い弟、斗真がいて。満たされているはずなのに。短歌の入賞の件も、早く家族に直接伝えたいと思うのに。それでも、何となく。短歌の入賞は、全国規模のコンクールでの入賞だった。優秀賞。最優秀賞一作品の次が優秀賞らしく、かなり良い成績だと現代文を教えてくれる小泉先生に言われた。伝えてくれる小泉先生もぐっさん同様にこにことしていて、学校の先生は生徒のことで一喜一憂してくれるから優しいなと思った。表彰式があるから行くかと聞かれたけれど、かなり離れている場所だったからお断りさせてもらった。そうすれば、後日学校宛てに賞状が届くらしい。私にはそれで充分だ。外では部活動している生徒たちの声が聞こえる。それが、ちょうどいいBGMとなる。


「近藤」


 誰かに名前を呼ばれ、ふと我に返る。本を読む行為に集中していたのだろう、教室に誰かが入ってきたことにも、そして、近くに寄って来られたことにも気が付かなかった。ゆっくりと顔を上げていく。私の名前を呼んだ誰かは、学ランを着ているから男子生徒ということになる。私の視線がその男子生徒の視線と交わって、私は目を見開いてしまった。私の名前を呼んだのが、古山くんだったから。驚いた様子の私に、古山くんはふっと笑って。


「何驚いてんの」

「いや、古山くんが私に話しかけるなんて、珍しいな、と…」

「そう?俺だって話しかけるよ。知らない人じゃないんだし」

「そう、ですね…」


 古山くんは私の前の席に座る。


「何読んでるの?」

「小説」

「うん。それは見ればわかるよ。近藤って読書家だよね。いつも本を読んでるイメージ」

「そう、かも」


 古山くんの顔が近すぎて、上手く話せない。コミュ障というわけではないつもりだけれど、こんなにかっこいい顔が近くにあることなんてそうそうないことだから、ドキドキしてしまって心臓がいくつあっても足りない。


「俺と話すの嫌?」


 反応が悪い私に、古山くんはそう聞いてくる。嫌なわけじゃなくて、むしろ嬉しくて。でも、ドキドキしてしまって。私が私じゃないような感覚に陥っているだけ。この気持ちを、古山くん本人には言えないけれど。


「嫌じゃないよ。ごめんね」

「別に謝らなくてもいいけど」

「本当に嫌じゃないからね。でも」

「でも?」

「顔が、近いです」

「え?ああ」


 自分で納得したのか一歩引いてくれて、私はやっと呼吸が出来るようになる。クラスでも人気者の、明るい性格の古山くんだから、きっとパーソナルスペースが狭いんだろう。だから、人との距離感がとても近い。


「これでいい?俺の話聞いてくれる?」


 適度な距離で、そう聞くから私は頷く。でも、私の緊張は続いている。古山くんが私に何の話があるのだろう。確かにクラスメイトという関係で、知らない人ではない。でも、進んで話す関係ではなくて、私が一方的にファンで、精神的にいつもクラスの中心にいる古山くんと、物理的にクラスの中心の席に座ってそれを第三者として見ている私と。話したことがないわけじゃない。もちろん仲が悪いとかでもない。でも普段、その視線が交わることがないのだ。なのに、今、古山くんの視線は真っ直ぐにこっちを向いていて。これで緊張するなというのは無理がある。


「お願いがあって」

「私に?」

「他の誰がいるの?この教室に」

「確かにそうなんだけど、それはそうなんだけど」

「詞を書いてほしいんだ」

「え?」

「俺、ギターが好きで、自分で作曲とかするんだけど、章陽祭でステージ発表する時間もらってるんだ。そのときに弾く曲の歌詞を書いてほしい」

「え、無理だよ」


 古山くんのお願いを、私は即座に断っていた。古山くんがギターを弾けるのはクラスメイトなら誰でも知ってることだから、もちろん私も知っている。ギターを背負ってきては教室で弾いたりしていたから、ある程度の腕前も。ただのクラスメイト、ただのファンである私が古山くんと共作で曲を作るなんて。恐れ多いと思ってしまう。


「嬉しいんだけど、そのお願いは」

「俺、近藤の文章力には一目置いてたんだ。作文もすごく上手だし、一学期末に文芸部が発行した文芸誌に載っていた詩が、何より、とても好きだった」


 文章表現の好きな私が所属している文芸部は、各学期末に文芸誌を発行している。部活動としては、週に一度だけ部のミーティングがあって、原稿の進み具合を顧問や部員に伝えればいいだけ。とても所属しやすい部だ。他の部と兼部している人も多いけれど、それゆえ部員数も多い。発行する文芸誌は、かなり厚い。その中に埋もれているはずだった、私の詩。それを、古山くんが拾い上げてくれた。その事実が、嬉しい。でも。


「私には無理だよ」

「どうして?」

「恐れ多い」

「何が?俺は近藤の紡ぐ言葉が好き。だから詞を書いてほしいって思った。ね、お願い」

「だから」

「この通り」


 両手を合わせて、ね?、って言われて、私は頭を抱える。これは、承諾すれば自分の中で重要な案件になることは間違いなかった。私は文章を書くことが好き。でも、それを誰かに評価されることは正直怖い。古山くんに歌詞を提供すれば、古山くんの歌が、奏でる音楽が好きな人にも届いてしまうから。


「花びらが地面に触れて熱を持つ。君に恋した、私のように」


 古山くんがゆっくりと声にしたのは、私が作った、コンクールで優秀作品に選ばれた短歌だった。


「授業で発表したとき、すごいって思った。だからずっと覚えてる。そのときから、俺は近藤の言葉のファンだよ」


 近藤の言葉のファンだよ。古山くんは確かにそう言ってくれた。私は、私の好きなことに自信を持ってもいいのかな。古山くんのお願いを、たくさんの自信を持って叶えてあげることは難しいかもしれないけれど、古山くんのくれた少しの自信でなら叶えてあげられるかもしれない。


「無理にとは言わないけど、少しでも書いてくれる気があるなら夜LINEしてよ。クラスLINEから俺のアイコン探して。ギターの写真」

 立ち上がろうとする古山くんの腕を掴んで、止める。

「今返事してもいい?」

「うん?」

「書いてもいいよ。歌詞。ううん。書きたい。書かせて」

「マジで?」


 古山くんが驚いたような声で聞き返してくる。歌詞を書くことを一度は断った私だから、その反応は無理もないけれど。


「マジで?え、マジで書いてくれるの?」

「うん。書かせて。テーマは?」

「ラブソングがいいなって思ってる。え、やばい。近藤が詞を書いてくれるなんて夢みたいだ」

「大袈裟だよ」

「だって、俺は近藤のファンだから」


 大袈裟だよ、って私が笑えば、古山くんはそんなことない、って笑い返してくれる。私が憧れていた人が、私のファンだと言ってくれて、私の言葉に命を与えてくれる。それって、とてもすごいことじゃないだろうか。そもそも、古山くんと二人きりでこんなに話をしたことはない。古山くんの周りにはいつも誰かがいて、私はそれを見ていて。今日はなんて良い日なんだろう。縁起でもないけれど、明日、私の命が終わってしまうのかもしれない。そう思ってしまうくらいに、良いことばかり起きている。


「いつまでに書いたらいい?」

「できれば一週間くらいで。それから俺が曲をつけて、弾きながら歌えるように練習する」

「書けたらLINEするね」

「わかった。ありがとう、近藤」


 にこっと笑う古山くんの顔はかっこいいし、可愛いからやっぱり見慣れなくて。でも、その表情を見ているのは私だけなんだと思うと、古山くんのファンとして、嬉しかった。



 私は悩んだ。古山くんと約束をした火曜日に思い付きで原案となるものを書き、水、木、と推敲してみたけれど、私は直感型なので、原案が一番いい気がした。一週間と言われたけれど、原案以上のものが書ける気がしなくて、木曜日の夜に古山くんにLINEで連絡をして、金曜日の放課後に読んでもらう約束をした。早いね、とメッセージが来たときには、頑張りすぎたのかなと思ったけれど、使われている、ありがとう、のスタンプが可愛くて、嬉しくなった。古山くんとのトークルームが動き始めたことは、単純に奇跡だと思っている。この案件が終われば、もう動かないかもしれないけれど、今まで通りなんだからそれはそれでいいと思う。教室から、ひとり、またひとりとクラスメイトが出て行く。机の中に入っているクリアファイルに触れながら、私は古山くんと二人だけになるのを待つ。授業が終わった時間も遅かったし、二人だけになる頃には空はオレンジ色に変わってきていた。


「見せて」


 二人きりの教室で、前回と同様、古山くんが私の前の席に座る。私はクリアファイルを机の上に出して、その中から歌詞を書いた紙を取り出す。古山くんは身を乗り出して、私の手元を見ている。四枚の紙をクリアファイルから出す。春、夏、秋、冬。それぞれの季節を意識して歌詞を書いた。どれかひとつでも古山くんのお気に召せばいいなと思う。四枚の紙を手渡す。


 春。桜の花びらが風に舞って。

 夏。浴衣姿に見惚れてしまって、花火が始まったことにも気付かなかった。

 秋。涼しい秋風に宇宙を感じ、出会えた奇跡を思う。

 冬。触れた手のひらが温かかった。


 恋愛経験のない私には難しい、想像でしかない世界だけれど、古山くんが歌うということを意識したつもり。古山くんが四枚分の文字を目で追い終えるのを、緊張しながら待つ。少し時間がかかったけれど、ゆっくりと、紙から顔を上げて。


「さすが。どれも近藤の世界がひしひしと伝わってくる。これ、誰かの実話?」

「想像」

「まだ四日なのに、よく書けるよね。頼んだ俺が言う台詞じゃないけど。四作品も書いてくれるなんて思ってなかったし」

「古山くんが選べる方がいいかなって思って」

「ありがとう」


 そう言ってすぐに、古山くんは鼻歌を歌い始める。同じ音程を、何度か繰り返して。それから。


「君と行った桜祭り。君の髪に付いた、桜の花びら」

「え、すごい」


 私の書いた春の詞が、目の前で音楽になる。私の言葉に、命が与えられた瞬間。


「何気ないふりを、ん?何気ないふりをしていたけれど、あれ?どっちがいいだろう」


 考えながら音を付けてくれる古山くんを見て、震えが止まらなかった。私の言葉に命が与えられたということにも。古山くんの才能にも。


「近藤?泣いてる?」


 気付かない間に私は泣いてしまっていたようで、古山くんは驚いていた。でも、こんなに感動する出来事、他に思いつかない。


「え、どうして泣くの?」


 目の前で異性に泣かれて、古山くんは戸惑ったと思う。だけど、涙が止まらなくて、私は必死に涙を拭った。


「ごめん。だって、すごく、嬉しい」


 戸惑った顔が笑顔になって、古山くんの指が、私の涙を拭うように動く。


「泣かないで。嬉しいときには笑うんだよ」

「ごめん」

「謝ることじゃないよ。でも笑って」

「ごめ…」

「もう、ごめん禁止」

「ありがとう」

「ありがとうは禁止しない」

「ありがとう」

「今度はありがとう攻撃?」


 ありがとう、ありがとう、と繰り返す私と、それに対して笑っている古山くんと。


「俺の方こそ、わがまま聞いてくれてありがとう」


 聞こえてくる優しい声に、やっぱり涙が止まらなくて。下校時間を知らせるチャイムが鳴るまで泣いてしまった。俺が泣かせたみたいだね、って古山くんが言ったから、腫れてしまった瞼を誰にも見られないように、なるべく隠して、一緒に自転車置き場に向かった。私は市内だから自転車通学。古山くんは電車通学だから、これから駅に向かうようだ。校門の前で挨拶をして別れる。自転車を漕ぎながら、今日の感動も何か言葉にして残したいなと思った。

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