笑えない彼女は輝く笑顔の偶像
神凪柑奈
1.きっとまた、どこかで
騒がしい会場。それもそのはず、今日は大事なお知らせがあると言われていたからだ。まさかそれがラストライブになるなんて、俺たちは誰も知らなかった。
『私たちは解散するけど、きっとまた!ㅤどこかで!』
金髪の、まだ小さい彼女は無表情のままそう言った。
俺、
そのアリシアは一年前、唐突な解散を迎えた。アリシアの命は、二年という短いものだった。
それから、無気力に高校生活を送っていたらいつの間にか一年経っていた。桜が散り終えた時期、今の願望は、可愛くて家事ができる彼女が欲しい、だ。
「祐介ってなんで彼女出来ないんだろうね」
「お、それはお前が彼女に……」
「ならないから。馬鹿言ってないで帰ろ」
中学から一緒にいる、
「悪い今日ちょっと用事ある」
「あれ?ㅤ部活入ってたっけ?」
「いや」
「んじゃなに?」
「バイト」
「それ用事?」
「用事だろ」
「まあいっか。頑張れ」
「おう」
ただのコンビニのバイトだが、最近はマナーが悪い客も多い。俺もそういう奴にはよく遭遇するし、確かに気合い入れて頑張るべきかもしれない。
ただ、気分的に行きたくない。理由は簡単、だるいから。そうも言ってられないので、素直に足をコンビニの方へと運ぶ。頭の中は今日の夜放送のドラマの事くらいしか考えていない。
その所為か、曲がり角で金髪の、背丈の小さい女の子とぶつかった。
「わっ!」
「ああ、ごめん……えっ?」
「こちらこそすみません。ちょっと考え事をしてて……あ」
酷似していた。俺が好きだった、一年前に解散したグループの、アリシアの有栖川更紗に。
「アリス……?」
「人違いですね。失礼します」
心做しか焦ったように金髪の小さい少女は走り去って行った。推しアイドルによく似た容姿の彼女の事が気になって仕方なかったが、そうも言ってられずコンビニへ向かうことにした。
バイトを終わらせて、家に帰る。バイト中もずっと、あの子のことが頭から離れなかったので、帰ってからアリシアのミュージックビデオを確認することにした。
結論から言うと、やはり彼女はアリシアの有栖川更紗、通称アリスにしか見えなかった。そして、俺がアリシアを追いかけていたのはアリスがいたからだ。そんな俺がアリスを見間違えるなんて、思いたくない。
「だとしたら、どうしてここに?」
当然の疑問。なぜアリスがここにいるのか。同じ高校に通っているのだろうか。
そして、彼女の表情にも違和感を感じた。何が違うのかはわからない。
「……寝るか」
モヤモヤが残る中、俺はそれをかき消すために眠りについた。
翌日、俺はいつも通り授業を受けていつも通りにバイトへ向かう……はずだった。昨日ぶつかった、金髪の小さい少女がずぶ濡れで座っていなければ。
声をかけようか迷った。あいにく俺は困っている人を必ず助けたいとか、苦しんでる人は見過ごせないとかいう大層な精神は持ち合わせていない。人は人、自分は自分だ。
せいぜい家族や朱音のこととなれば助けるかもしれないが、それ以外は所詮他人だ。それがアリスに似ていなかったらきっといつものように見過ごしていた。
そんなことを悩んでいると、彼女も俺の方を見る。目が合うが、昨日のように逃げ出したりはしなかった。むしろ、その虚ろな瞳で俺のことを捉えている。
だから、声をかけてしまった。
「なにしてんの」
「……祐介さん……」
祐介さん。俺の名前だ、なんの不思議もない。だが、部活にも入っていない俺の名前を知っていることこそが、この子が有栖川更紗であるという証明になっていた。アリシアが無名のときからライブには通っていたんだ、覚えていても不思議じゃない。
「アリス」
「……もうアリスじゃないから」
「ごめん、有栖川更紗」
「そう。ただの有栖川更紗だよ」
意外にも驚かなかった。それは昨日あっているからか、それとも彼女がただの有栖川更紗だからなのかはわからない。
「どうしてそんなにずぶ濡れなんだ?」
「私って、祐介さんの推しじゃなかったの?ㅤもうちょっとびっくりしたりしない?」
「推しだよ。アリスはな」
「……なるほど。哲学的で面白いかも」
「ならもう少し面白そうにしてくれるか?」
無表情のまま言われてもあまり嬉しくない。そもそも自分はアリスではないと言い出したのは彼女の方ではないか。俺は何も悪くない。
その軽口を真に受けたのか、有栖川は俯く。
「笑えたら笑ってるけど」
それがただの笑えない話だったからという理由なら良かったのだが、どう見てもそんな風には見えない。
「……どういうことだ?」
「私ね、笑顔が表情に出なくて。ていうか、出なくなった」
「笑えなくなった?」
「うん」
そう言うと、有栖川は再び俯いて溜息をつく。思い出したくないことなのかもしれない。
「言いたくないなら言わなくても……」
「ファンの暴動事件、覚えてる?」
「覚えてる」
「私はさ、みんなに笑ってほしくてみんなの前で笑ってたんだ。もちろん、本気でアイドルは楽しかった。だけど、あんなことがあったら何のために笑ってるのかわかんなくなってさ……」
「笑顔を見失った、みたいな」
「そうそう。って、なんか先輩なのにずっとタメ口使ってますね、ごめんなさい」
「先輩なんて呼ばれるよりは今の方がずっと気が楽だ。そのままでいい」
「祐介って優しいんだね」
「呼び名も変わるのか」
おそらく、アリシア解散の理由となったものなのだろう。アイドルが笑うことが出来ないのなら仕事にもならないはずだ。
その事実を聞いてもなお、俺は何故か驚きすらしなかった。自分の中でアリシアへの熱は冷めてしまっているのかもしれないが、それでもなんらかの反応があるはずだろう。
「これ、私のID」
「ん?」
「祐介だけだから。真剣に聞いてくれて、私の話をアリスとしてじゃなくて、有栖川更紗として聞いてくれたのって」
「ああ……」
そうか。どうやら彼女はただの有栖川更紗ならしい。もうアリシアは解散していて、有栖川もただの女子高生。だからこそ、俺はこの子と今普通に話せているのかもしれない。
「で、なんでID?」
「祐介って面白いから。ずっとライブにも来てくれてたし、グッズもずっと買ってくれてたのに、アリスが前にいるのに、ほんとに冷静。なんでかな?」
「お前がただの有栖川更紗だから」
「そっか。なら、私はただの祐介の後輩だね。だからIDくらい渡しても問題ないね」
「まあ、なんでもいいけど」
俺も別に後輩が出来るのは悪い気はしない。慕われるような人間でもないのでなんとも言えないのが実際のところだが。
「で、なんで濡れてる」
「いじめられた」
「は?」
「私は元アイドルで、その癖笑いもしない気味悪い存在だからね。仕方ないよ」
「仕方ないって……」
「なに?ㅤ心配してくれる?」
「そりゃ心配くらいするだろ。その、俺がなにか出来るかは知らないけど、なんかあったら俺の教室来いよ?」
「いや、何組なの?」
「四組」
「了解。泣きつく」
「ああ。そうしてくれ」
こうして、元アイドルの有栖川更紗と、そのファンだった俺は再び出会った。
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