オオカミさんは君にしか懐かない。

くぼたな

プロローグ

オオカミさんは誰にも懐かない

 私を取り巻く『世界』はいつも『好奇心の暴力』であふれていた。


 高校生活なんて学校を卒業できれば後は何でも良いと思ってた。


 友達とか部活とか学校行事とか、そう言うキラキラした青春の思い出は『普通の高校生』が楽しむものだと私は思うから。


 私に普通の高校生っぽい『何か』を求められても正直言って困る。そんなこと期待されてもどうせ後でガッカリされるだけだし。


大神おおかみさんって音楽の成績良いよね』

『大神さん歌うまーい!』

『大神さんってギター弾けるんだカッコイイ!』

『ねえねえ、大神さんのお父さんが俳優の大神蓮司おおかみ れんじって話本当なの?』


 そう言って私に関わる人は最終的に私を無自覚に傷付ける。いつも、どこでも、誰でも。


 傷付けるだけ傷付けて私をれ物みたいにあつかう。

 私はもう傷付きたくない。これ以上私に何かを期待しないで。

 普通じゃない私に普通の生活を送らせて。

 それが叶わないから。


「私にれ馴れしく話しかけないで」


 高校生になった私は、他人と関わらない生き方を選んだ。他人と関わらなければ知りたくない事を知らなくて済むし、話したくない事を話さなくて済むから。


 一人の方が安心出来る。他人と関わるのは凄く疲れる。口は災いの元、余計なことを喋らなければトラブルも起こらない。


 好奇心の暴力にさらされる生活は有名人を親に持つ子供が抱える一種の宿命だから。それはもう我慢するしか方法がない。


 人気俳優大神蓮司の娘という私の人物評価レッテルは父が現役であり続ける以上消える事はないだろう。


 私は芸能人二世で、親の七光で有名になった『事務所の商品』である大神柚月おおかみ ゆづきだから。


 誰もただの大神柚月に興味なんてない。見ているのは容姿ビジュアル人間的価値ステータスだけ。私の本性なかみなんて誰も見ようとしない。


 誰も私の気持ちを理解してくれない。私はこんなにも苦しいのに。みんなは自分勝手に私を既存のイメージに当てはめて見ている。

 お父さんもお母さんも娘の大神柚月じゃなくて芸能人タレントとしての──Siriusシリウスとしての大神柚月を育てていたみたいだから。

 実の両親ですらも私の気持ちを、苦しみを全然理解してくれない。私はただの商売道具で金のなる木。それが分かったから。


 両親との間に確執かくしつが生まれて喧嘩にまで発展した。


 まぁ、自分で言うのも何だけど、ハッキリ言って私のコミュニケーション能力は限りなくゼロに近いと思う。


 私がコミュ障じゃなければ喧嘩することもなかったし、高校生から別居まがいな一人暮らしを始める事もなかったと思う。


 一人暮らしをするのは別に嫌じゃなかったから、親の言うことには素直に従った。

 とにかく私は一人になりたかった。

 頭では分かっている。悪いのは私だって。

 私は面倒臭い子だから。

 コミュ障なのもそう。他人が怖いくせにさびしがり屋で、自分勝手に「私のこと分かってない」とか言ってねてるだけ。


 こんな面倒臭い私に友達なんて出来るわけない。


 そう思っていた。あの日、彼が私の家におとずれる瞬間まで。


 その日は高校生活の一年目が終わりに近付いている真冬の二月。雪がしんしんと降り積もり、学校に行くのも、ゴミを捨てるのも面倒だと感じるほど肌寒い日だった。


「大神さん。これ、期末テスト関連のプリントなんだけど」


 面倒臭い私と関わりを持とうとする物好きな人が、学校のプリントを持って監獄じみた我が家にまでやって来た。


 彼の名前は織原利苑おりはら りおん。私の隣の席にいるただのクラスメート。この時までは真面に会話した事もない相手だった。


 彼はただのクラスメート。そのはずだった。


「……大神さん。一生のお願いだから、この“汚い部屋”を俺に掃除させてくれ! もう見るにえないから!」


 我が家の惨状を見た後、テキパキと掃除をしながら彼は言った「意外だった。大神さんってけっこう駄目人間なんだね」と。


 その一言がきっかけで私は彼──織原利苑に対する認識をただのクラスメートから別の『何か』に改めた。


 彼は『他の人』とは違うかもしれない。その時の私はそんな風に彼のことを見ていた。


 そして、季節は巡り、刺激的な春休みを終えて高校二年生の一学期がやって来た。


 二年生になってクラス替えがあっても、未だに彼が私の隣の席に座っているのは、きっと何かしらの意味があるのだろう。

 

「また同じクラスだね。よろしく大神さん」


 もしかしたら。


「……よろしく利苑」


 私の高校生活における最大の幸福しあわせは彼と共に過ごすこの『青春の思い出』なのかもしれない。

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