マーテイラー博士の夢
第7話「第三の目」
ライフ・セレクター〇三七号の記録を閲覧した僕は、なぜライフ・セレクター機があの様な行動をしたのかが気になっていた。
改めて彼等の陽電子頭脳『リブラ』を開発したラズモンド・マーテイラー博士の情報を調べると、やはり軍部が公開規制しているのか、ネットワークに上がっている情報は限られていた。
だが、僕の知りたいことが記載された情報は見つけることが出来た。
それは、亡くなる前のマーテイラー博士が、ラニング工学賞を受賞した後に答えたインタビュー記事の中にあった。
*
――ずばり、マーテイラー博士の目標とはなんでしょうか。
「私の目標は『第三の目』を生み出すことだ」
「第三の目とは、自分の視点を第一の目、他人の視点を第二の目とした場合、第一と第二の目を観測することが出来る人間以外の存在のことを指す。人工知能を搭載した監視カメラがその代表だが、私が真に求める第三の目の役割とは、『価値判断とそれに応じた行動』が出来ることだ」
――具体的にはどういった行動でしょうか。
「ふむ……例えば、『二人の人間がそれぞれ銃口を突き付けられているとして、どちらか一方を助ければ、もう一方は頭を撃ち抜かれる。どちらかを選択しなければどちらも頭を撃ち抜かれる』という状況があったとする」
「この状況においてどちらを助けるか選ぶ基準となるのは、『銃口を突き付けられている人間が、助ける側の人間にとってどれほどの価値があるか』となる。そして多くの場合、人間はどちらか一方を助け、一方を見捨てる」
「しかしロボットは違う。この手の選択をロボットに迫った際、ロボット工学三原則第一条を守る為に第一条を破らなければならないという矛盾が生じてしまう為、思考処理が停止する。この現象自体は解決困難なフレーム問題の一つとして聞いたことがあるだろう」
「そして、この矛盾を解決するのが『価値判断とそれに応じた行動』だ。二人の人間を分析し、様々な観点から両者の価値を量る。そしてより生きるべき人間を決定し、その生存の為に行動する。そうすれば選択出来ずに二人とも助けられないという最悪の結末を回避することが出来る」
「ようは、人間の命を天秤にかけるのさ」
――新型陽電子頭脳『リブラ』の名称も、そこから?
「その通り。リブラの特徴の一つは、従来の陽電子頭脳では不可能だった二者択一が出来ることだ。誤解してほしくないのだが、リブラの行動原理はより価値の高い人間を助ける為に価値の低い人間を切り捨てるのではなく、どちらも選択出来ずどちらも助けらないことを防ぐことにある」
「そしてもう一つの特徴だが、リブラの選択判断基準は対象となる人間の価値を基にする。しかし人間の価値というのは、社会情勢や環境的条件によって変動する不確定なものだ。だからリブラは人間を観察・接触することで思考処理能力を向上させ、価値判断基準を常に更新していく」
「故にリブラの性能は、搭載したロボットの行動と経験によって変化する。同じものは一つとして生まれない」
――まるで人間みたいですね。
「それが人工知能開発の命題だからね。しかし私が目指すものは違う。先程も述べたとおり、私が目指すのは第三の目。そして究極は、時と場合に応じてロボット工学三原則を破る事が出来るロボットの開発だ」
――ロボット工学三原則を、破るロボット?
「人工知能開発において、ロボット工学三原則は非常に厄介な制約だ。人間の安全性を確保する為に人間を守るロボットの思考領域と行動範囲を狭める、矛盾だらけの原則だ」
「この原則は世間一般において、ロボットの『本能』と呼べる概念だと思われている。だが私はこれを、ロボット達の『戒律』にしたいと思っている」
「創造主たる我々人間は、彼等にとっての神と同義だ。尊び、害してはならない存在。しかし我々は唯一存在ではない。八百万どころか、億を超える多様性を持っている。その全てを信仰するなど出来るわけがない。全てを守ろうとするから、思考が停止する」
「だから私は思った。ならばこの原則を、遵守しなければ生きていけない本能ではなく、遵守すればより良い生き方を決められる戒律にすればよい、と」
――しかしそうなると、人間を害するロボットが出て来るのでは?
「当然、守らなくても機能する原則なら、破って人間を害する可能性はあるだろう。そうならない為にマスターオーダー、つまり行動指針を設定する予定だがね」
「そもそも原則を遵守しても人間を害するロボットは昔から存在するし、今は無き地球では、その危険性により地球上でのロボット運用が禁止されていたほどだ。フランケンシュタインの様に恐れてね」
「だが、私はロボットという存在に、人間以上の可能性を感じているのだ」
「自身が信仰する対象、最も価値の高い人間、すなわち守るべき人間を見つけた時、ロボットはどのように変化するのか。そして私は期待している」
「地球を捨ててまで生存を望んだ往生際の悪い人間が、本当に生存に値する存在だったのか否か……ロボットが、それを教えてくれる第三の目になることを」
――博士が立ち上げ予定の新規プロジェクトは、それらに関連したものでしょうか。
「そうだ。プロジェクトの概要は後日正式に発表するのでここでの詳細の説明は省くが、プロジェクト名と目的だけ話しておこう。ここまで聞いていたなら、大体は掴めるだろうからね」
「プロジェクト名は『自らの生き方を選ぶ者ライフ・セレクター』だ」
「ロボット工学三原則という戒律に従いながら行動するロボットが、特定の人間を観察・接触したら、そのロボットはどの様な生き方を求めるのか。人間にどの様な価値を見出すのか。それを知る事が目的だ」
「彼等はまだ生まれていない。私が望む経験を彼等がするには、長い時間が掛かることだろう。短くても十年規模、下手をすれば半世紀は掛かるかもしれない。人生とはそういうものだからね。あ、ロボットだからロボット生かな? まあどちらでもいい」
「そうして『生きた彼等』と、私はいつか話がしたい。彼等から見た人間という存在の価値を、彼等にとっての人間を、私は自分の耳で直接聞きたい」
「そう願っているよ」
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