戦乙女 Ⅰ
本日も快晴。昨晩の見回りも何事もなく終わり、いつも通りに昼過ぎまで寝るはずだった。
だが、今日はそうはいかない。
早朝にガペラに叩き起こされ、寝ぼけながら村の中央で雑務をしていた。
僕らが住む「アナフング村」その近くにそびえる「へマット高山」、そこにある施設に献納品を運ぶ予定があったのだ。
戦乙女。
人間に害を及ぼす変異生物、邪悪な精霊、そういった一般人が対処できないような対象と戦う訓練を受けた女性の戦士達。
山頂に『テンペラ・ブリゼ』と呼ばれている修練所が建っている。
僕らはそこに複数の荷馬車で食料や消耗品を運ぶ。
山や森で村人を守ってくれたりしているらしく、それに対するお礼のようなものだ。
だが、山道は険しい。
前回は狼や野犬に襲われ、以前は食料を狙って山賊に襲われたこともある。
そういうこともあって、複数の荷馬車に武装した村人が乗り込んで山を登ることになった。
そこに責任者としてガペラ、護衛として僕も同行する予定だ。
既にガンベルトに
普段は持ち歩かない
白銀のダガーはガペラから贈られたものだ。
僕を一人前の狩人として認めた証、という名目で渡された。
白銀の加工はかなり難しい素材と言われている。どこで手に入れたかは知らないが、丁寧な仕上げがされていた。
恐ろしい切れ味と耐久性があるのは実証済みだが、普段は鉄製のナイフを持ち歩いているため手にする機会があまりない。
こういった時こそ、信頼できる武器が必要になるものだ。
周囲にいる村人も武装を整えていた。
荷物は既に積み終え、固定も終わった。
あとは護衛と御者の準備が終われば、即座に出発することになるだろう。
いくら周到に準備しても、安心できるものではない。
本来ならば、領主を通じて兵士や騎士を派遣してもらったり、傭兵を雇ったりして、護衛を付けるものだ。
だが、僕とガペラに依存してしまっているのが現実だ。
村人が武装したとしても、それは問題を解決するだけの力にはならない。
高度な訓練を受け、躊躇せず、冷静に判断を下せる。おまけに指揮系統がはっきりしている――そういった要素が、戦いには必要だ。
ガペラは対人戦闘を得意としている。
彼の過去を聞いたことは無いが、その立ち回りや剣術の腕前は一級の物であるのは疑いようもない。
僕は彼からたくさんのことを学んだが、その中でも剣術や体術に関してはとても実戦的な内容を教え込まれた。
彼の扱う剣術は普通の戦技とは大きく異なっているような印象がある。
基本的に斬撃というものは、身体全体を使って行うものだ。
だが、ガペラの教える剣術というのは基本的に上半身だけで剣に関する動きを完結させるというものである。
本来なら、剣を振る方向――つまり、前に踏み込むことが当たり前とされているが、ガペラの教えの基礎は「振りながら下がる」というものだ。
気になって剣術の指南書をいくつか目を通してみたが、ガペラの教えるような型の流派は存在しなかった。
普通の剣術が「剣を中心に構え、身体を使って振るう」ものであるが、ガペラのものは「身体を中心にして、剣は動きに沿うもの」といった考えのように思える。
――ガペラは、どこでこんな剣術を身に付けたのだろうか。
素人の我流にしては洗練されていて、武芸者にしては基本から外れすぎている。
出所不明の剣術を習って、そのまま使っている僕もどうかしているが、ガペラの素性は普通ではないのかもしれない。
今更、それを聞き出すつもりはないのだが、彼がどういった人生を送ってきたのかは気になるところではある。
――まぁ、教えてはくれないだろうけど……
不意に、出発の号令が聞こえた。
車列、その最後尾の荷馬車に乗り込む。
村人からクロスボウと矢筒を受け取り、荷台に座り込んだ。
踏みならされた山道を、荷馬車の車列が出発する。
なだらかな道に先に、何が待ち受けているのだろうか。
何も無ければ幸運だ。
だが、「何も起きない」という確証は無い。
だからこそ、僕はここにいる。
大量の弾薬と拳銃を持ち、軍用のクロスボウもある。
なんとなく、今日は「何かが起きる」気がしている。
その予想が外れてくれたら、どれだけいいだろうか。
でも、物事というものは悪い方に転がりがちだ。
僕やガペラは、その「悪い方」に転がりすぎないようにするためにいる。
それが、狩人兼便利屋の僕の仕事でもあるのだ。
クロスボウのハンドルを回して弦を引っぱりながら、流れていく景色に目を凝らした。
いつも見ている森や河、今日のそれはどこか違う気がしてしまう。
その違いを知ったところで、この先のことを占うことはできない。
結局はなるようにしかならないものだ。
柔らかい日差しと涼しいそよ風に、思わずあくびが出てしまう。
こんなに良い天気の日には、昼寝が最高だ。
だが、僕は戦場に向かう兵士のように荷馬車の荷台で荷物と一緒に揺られている。
いっそ、荷台で昼寝してしまいたい。
周囲を観察しながら怠けることを考えている自分が、なんだか滑稽に思えた、
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