テファル国にて 6 対話

 ヴェイグは僕の身体に帰ってきた後、七日間眠り続けた。

 三日目に一度目を覚ましたかと思えば、

〝やはりここが一番……〟

 と寝言みたいにつぶやいて、また眠ってしまった。


 僕はその間に、テファル国の冒険者ギルドで、事の次第を報告した。



 僕から見て、リアスに似た魔物は居なかったと伝えると、マサンはとても言い難そうに「そのことなんだが……」と沈んだ声で切り出した。


 リアスは僕が魔物討伐へ出かけた翌日、城下町で盗みを働いたところを捕まっていた。


 リアスの拘束を解いたのは、牢番だった。リアスはたまたま牢番の家族のことを知っていて、それをネタに脅されて手を貸してしまったらしい。

 牢番は温情措置で解雇は免れ別の職務へ異動。リアスは再び拘束されて牢に入れられた。


「え、じゃあ……」

「アルハが討伐した魔物は、別の……いや、そもそも人が魔物と化したかどうかも不明ということになるな」


 例の魔物は人由来である、と僕は思っている。

 けど今回はそれを飲み込んでおいた。

「人の頭がくっついた大きな蟷螂がいて、そいつが同じ魔物を次々生み出していたんだ。蟷螂も倒しておいたから、大丈夫だと思う」


 あの蟷螂が次元を渡ってまでこちらの世界の人里を襲った理由は謎のままだ。

 ヴェイグの意見を聞きたいのに、ヴェイグがいつ起きるか見当がつかなかったから、分かることだけ話しておいた。


 テファル国を発つ前にセイムさんに会えた。

 セイムさんは以前から魔物に効く毒薬の研究をしていた。

 しかし今回の件で、武器の扱いの修行をし直す決意をしたとか。

「私と息子は無事でしたが、元妻の身内が犠牲になりましてね」

 セイムさんはいつもの笑顔だったけど、今にも泣きそうな雰囲気を纏って話してくれた。

「薬の研究は続けますが、やはり咄嗟に動けないことには話にならないと痛感しました」

 まずはマサンが稽古をつけている。

 元々素質のある人だから、強くなるに違いない。




 五日ぶりの我が家へ帰ると、メルノが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、アルハさん」

「ただいま」


 薬草茶を飲みながら、お互いの話を交換する。

 メルノはいつも通り縫製と修繕の仕事に勤しみつつ、一昨日はラク、マリノと一緒に難易度Fのクエストを請けてきたそうだ。

 僕の方は、相手が強かったことや討伐方法はぼかしつつ、ヴェイグの魂が一旦取られてしまい、今もまだ眠ったままなことを伝えた。

「大丈夫なのですか?」

「心配いらないよ」

 いつ起きるのかはこの時も予測が付かなかったのに、何故か妙に安心していた。

 僕が自信を込めて言ったせいか、メルノも「わかりました」と安堵し納得してくれた。




 二日後の朝、ヴェイグは僕より先に起きていた。

「おはようヴェイグ」

〝おはよう。寝すぎたな。どのくらい経った?〟

「七日だよ。調子はどう?」

すこぶる良い。一度起きただろう。あの時そのまま起きても良かったのだが、心地良くて起きるのが億劫になってな〟

「ヴェイグはよく僕のこと居心地がいいって言うけど、そんなに?」

〝あの蟷螂の中は酷いものだった。どうしても例えるなら、蟷螂は腐った泥で、アルハはエイブンの海だな〟

 エイブン国のきれいな海は世界有数の観光地化してしまい、ゆっくり過ごせなくなってしまった。

 僕とヴェイグは他に良い場所はないかと時間がある時にあちこち飛び回って探している最中だ。

「腐った泥って。そんなところに三日もいて、本当にもう大丈夫?」

〝十分に眠れたから回復した。俺はもう大丈夫だ。アルハ、七日の間に起きたことを教えてくれ〟



 蟷螂のことと、異界のことも話した。

〝蟷螂についても異界に訊いてみてはどうだ〟

「こっちからの呼びかけには応えてくれないんだよ」

〝異界がやめろと言ったときのアルハは、半分の力でしかなかったのだろう? 全力でやると脅してやれ〟

 ヴェイグは半分本気だ。

「扉が出せなくなりそう」

〝それもそうか。脅すのは無いとしても、一度行ってみないか〟


 部屋の中で扉を出して、異界に入る。

 すぐに頭の中にもやもやとした音が鳴った。

〝なんだ!?〟

 ヴェイグが戸惑っている。

「いかに我といえども、そなたの力は痛い、って言ってるよ」

〝これは言葉なのか? 俺には理解できぬ〟

「僕も言葉が解るわけじゃなくて、意味だけ解る」

 スキルが増えてるわけでもない。不思議な現象だ。


 異界は更に、僕がこちらの世界へ来たときから僕を気に入っていること、だから僕が自空間のつもりで出した扉を異界に繋げてスキルを発現させたこと、そのせいで別次元とこの世界が繋がりやすくなってしまったことを告白してきた。

 思わず「僕のせいか」とつぶやいたら、大きな音で「違う」と鳴った。

 なんでも僕は、有り得ない程心が澄んでいるらしい。

〝だろうな〟

 どうしてヴェイグが得意気になるの?

「澄んでるって程きれいじゃないよ」

 心が清いとか澄んでるってのは、無私博愛で自己犠牲を厭わない人のことじゃないかな。僕は自分のことはそこそこ好きだし、どうしても相容れない人もいる。ヴェイグやメルノ達、僕に良くしてくれる人たちが傷つくぐらいなら自分がとは考えるけど、僕が守りたいと思う人たちは同じことを考えてるはずだ。

 ぼろぼろと出てくる反論をとめどなく思考していると、異界が一言。

「それでいい」

 この言葉だけはヴェイグにも通じたようだ。

〝同感だ〟

「……まあいいや。それで、あの蟷螂はどうしてこっちへ?」

 今なら話を聞いてくれそうだから、そう問いかけてみた。



 蟷螂は「魂を飲む」という特殊能力で、自分がいた世界を食べ尽くしてしまった。

 お腹が空いていたところへ、僕の魂に惹かれて無理やり次元をこじ開け、ひとまず手下を送り込み手近な魂を啜った。

 それから本命の僕の魂を飲む前に、ヴェイグも美味しそうだったからつまみ食いした。

「ヴェイグの魂は筋トレ済みだから溶けなかったと」

〝きんとれ?〟

「鍛えてたってこと。また蟷螂みたいなヤツが来ることはあるのかな」

 異界は「もうない、多分」と曖昧な返事を最後に応答しなくなった。

 多分、って不安だなぁ。



「戻ろうか。そろそろお昼だ」

〝昼食は代わってもらってもいいか。久しぶりにメルノの料理が食べたい〟

「わかった。メルノも心配してたから、話しておいてよ」

〝ああ〟


 今朝のうちにメルノにはヴェイグが起きたことは伝えておいたから、昼食はヴェイグの好物が並んでいた。



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「テファル国にて」はここまでです。

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