英雄候補
メルノに気持ちを伝えてから、生活が少し変わった。
マリノは宣言通りに、ラクの家でお世話になることになった。
ラクは相変わらず家事が苦手で、最近料理だけは少し覚えた。
教えているのはマリノだ。マリノはメルノの手伝いをよくしていたから、家事全般をこなせる。
「まだ幼いのに、本当によくできた娘じゃ」
随分助けられている、とラクがマリノの頭をわしゃわしゃ撫でると、マリノは得意げな顔になった。
ラクと言えばハインだ。
「ハインのことはどうするの?」
「会いたい時に儂が会いに行くし、ハインが会いたいときは儂を呼ぶように言うてある。マリノが長い時間ひとりになるときはお主らに伝えるで、安心せい」
ハインとラクは確かにお互いを好きなのに、いつもべったりしたいわけではないそうだ。
カップルの数だけ好きの距離感が違うみたいだ。
メルノが冒険者を辞めることはない。
本人の強い希望もあって、月に一度は難易度D以下のクエストを請けることにした。
パーティはメルノとマリノ、それに僕かラクの三人だ。
ギルドからの呼び出しがなければ、僕が全部付き添いしたい。
この頃、難易度Sの魔物が増えていて、どうしても呼び出されてしまう。
「
今月五度目の難易度S退治が終わった後、ハインがトイサーチへやってきた。
ラクに会いに来たのかと思ったら、僕に話があるというので家に来てもらった。
「そうなんだ」
メルノに淹れてもらった薬草茶を飲みながら、相槌を打つ。
メルノは部屋に引っ込もうとしたら、ハインが同席をお願いしたので、一緒に座っている。
「他人事ではないぞ。大体、四人居た
「不可抗力だよね?」
「不可抗力だが事実だ」
二人のうちひとりは呪術に手を出しランクを上げるために汚い手を使っていたから、遅かれ早かれ化けの皮が剥がれていた。
もうひとりは、妙な思想に囚われて僕を巻き込もうとした挙げ句、仲間に消滅魔法を当てようとした。冒険者同士で傷つけ合うのは、当然禁止行為だ。
どちらも冒険者ギルドが、彼らに
「他人事じゃないって、どういうこと?」
「難易度Sの魔物を倒せる冒険者が少なくなれば、アルハに負担がかかる。アルハが忙しくなったら、メルノとの時間が減るぞ」
「困る」
ハインや、他の皆も僕とメルノのことは知っている。
新婚ホヤホヤなことを知っている。
メルノの方はフィオナさんが気を利かせてくれて、当分の間の仕事量を減らしてもらえたというのに、僕は忙しくなる一方で、なかなか二人の時間がとれない。
「だからな、今後の事も考えて、しばらく面倒を見てもらいたい者たちがいるんだ」
ハインの話を聞き、メルノの了承も得てから、首を縦に振った。
「お会いできて光栄です!」
「ほんとに……」
ジュリアーノの町の冒険者ギルドで対面したのは、僕より少し年下に見える二人の冒険者だ。
ひとりは女性の魔法使い。桃色の髪を三編みにして背中に流し、薄手のローブの上から革製の上着を羽織っている。緑色をした瞳はこちらをまっすぐ見つめている。快活そうな印象だ。
もうひとりは男性の剣士。こちらは赤みがかった金色の短髪に焦げ茶色の瞳で、対象的におとなしそう……というか、若干怯えている。着込んでいる鎧は町でよく見かけるオーソドックスなタイプのもので、防御力がある代わりにとても重たい。それを物ともせず動けているから、力は相当なものだ。
「二人とも、まずは自己紹介を」
「じゃあ、私から」
ハインに促されると、女性が一歩進み出て、優雅なカーテシーをした。
「レウナ・オーシード。
レウナが振り返ると、男性の方はごくりと喉を鳴らして、隣に並んだ。
「クラインです。ランクはレウナと同じで、剣士です」
クラインがぺこりと頭を下げた。
「アルハです。よろしくお願いします」
僕が握手を求めると、レウナは飛びつくように両手で握り返してきた。
「勿論知ってます! アルハの弟子になれるなんて夢のよう!」
「あはは……」
曖昧に笑ってみせてから、クラインの方にも手を差し出す。こちらは、おっかなびっくり触れるように握ってくれた。
「ご迷惑をおかけします」
声も消えるようだ。
どうしてこんなに自信がなさそうなのかな。
僕がハインに頼まれたのは、この二人のことだ。
二人共十六歳という若さで
未来の
「だから、僕に教える資質は無いんだってば」
今まで僕が何かを教えてきた相手は皆、元々できる人たちだ。
「他の誰かが教えても結果は同じと言いたいのだろうが、違う。アルハがみてやれば、成長が早い。今はひとりでも多く強い冒険者を育てる必要がある時期だ。人手が増えればアルハが呼び出される回数が減る」
二人が早く
ジュリアーノの町から徒歩で一時間ほど離れた荒野に、長期滞在用のテントを設置した。
難易度GからBの魔物の出現も報告されている場所だ。
僕は定期的にトイサーチへ帰らせてもらうのに対し、二人はここでひと月野営することになっている。
これも修行のうち、とのこと。
「効果あるのかな」
魔物退治にひと月かかったことがないから、ピンとこない。
〝常に魔物の気配に晒されていれば、自ずと感覚が研ぎ澄まされる……のだろうか〟
ヴェイグまで疑問形だ。
僕らの疑念を他所に、二人はテントや野営の準備を済ませて、僕の元へ近づいた。
「改めて、よろしくお願いします!」
「……お願いします」
レウナは威勢よく、クラインはおずおずと、僕に挨拶してくれた。
一時間後。
レウナが早速ダウンした。
ヴェイグに創ってもらったゴーレムに対して、好きに魔法を撃ってもらっていたら、突然バタンと倒れてしまったのだ。
ヴェイグのゴーレムは僕もよく練習相手に使わせてもらっている。
ゴーレムの強度は、普通の人だと全力で魔法をぶち当てたら少し欠けるかな、というレベルだ。
レウナは二体のゴーレムを行動不能なまでに壊し、次の一体に向き合ったところだった。
魔力切れを起こしたのだろう。程々に、と言っておいたのに。
「テントに運んでおくから、ちょっと待ってて」
別のゴーレムの相手をしていたクラインに一言断ってレウナに触れようとしたら、クラインがさっと寄ってきた。
「俺が運びます」
クラインはレウナを軽々とお姫様抱っこすると、丁重にテントへ運んでいった。
僕とヴェイグは緩く微笑んだ。
すぐにテントから出てきたクラインがまっすぐゴーレムへ向かおうとするのを呼び止めた。
「手合わせしよう。本気が見たい」
クラインはなんとも言えない顔で、僕を見つめた。
「俺はまだ、ゴーレムを一体も倒してません」
「本気出してないからでしょ」
クラインが
僕がそれをヴェイグにだけ伝えると、ヴェイグも同意見だった。
クラインは俯いて、テントの方にちらちら視線を向ける。
「ヴェイグ」
僕が頼むと、ヴェイグはテントの周りに、これ見よがしな結界を張った。
結界魔法の結界は、トイサーチの家に施してあるもののように、他の人から見えなくできる。
今張ってくれた結界が誰の目にも映るようにしたのは、そこに結界があると伝えるためだ。
「防音と防振もつけたから、ここで何をしてもレウナには届かないよ」
ヴェイグの言葉も伝えると、クラインは顔を上げてこちらに向き直った。
まだ自信なさげに、少々自暴自棄気味な顔だ。
「では、よろしくお願いします」
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