白と緑3/4

 新しいギルド創設の話は、アイネが提案しシーラが賛同しているものだ。

 弱い人や女性に優しいギルドにするべき、と鼻息荒く活動しているらしい。

「弱い人はそもそも冒険者に向いていないし、女性と括らず皆に優しくあるべきですよね」

 この世界、国によっては、新しい仕事を始めるのが難しい。家柄や縁故が必要になったりする。しかし、冒険者はギルドに登録すれば誰でもなれる。

 やむを得ない事情で冒険者しか道が残されていなかったとしても、最低難易度のクエストの中には、指定の薬草の収集や、凶暴性のない動物を狩るだけの仕事もある。魔物討伐がメインとはいえ、ちゃんと優しい仕事にもありつけるのだ。

「仰ることは全てそのとおりで、二人にも何度も話しているのですが、聞き入れてくれないのです」

 ギルドの頭の固い連中はどうしても首を縦に振らない。それなら、現在世界で唯一の伝説レジェンドを味方に引き入れれば、皆言うことを聞くのではないか。

 二人が大声で話していたことは、受付さんのみならず、このあたりの人たちに広まっているそうだ。僕も頭痛がしてきた。

「何をしても、諦める様子がなかったです」

 受付さん達と一緒に、うーん……と唸ってしまった。

 ふと、受付さんの一人が顔を上げた。

「一先ず、アルハ様のことだけでも諦めてもらいましょう」

 受付さんの提案に、僕はあれこれと注文をつけた上で了承した。




 翌々日、僕とシーラとアイネは、ギルドの修練場にいた。

 他にも、受付さんたちにギルドの統括、青の英雄ヒーローハインと、指導者リーダーランクの冒険者が数人、僕と二人を囲むように立っている。


 受付さんの提案はシンプルだった。立会人の前で、二人と正式に試合をするというものだ。

 僕の注文は、場所をここにすることと、立会人をなるべく少なくすること。人前に出て目立つの、苦手ですから。

 二人には、事情を知った統括がたっぷり説教をしたあと、この条件を飲ませた。納得していないことは、顔を見ればわかる。

 これだけお膳立てをしてもらったのだから、あとは僕がなんとかしよう。


 始める前に、シーラに声をかけて、鞘に収めた剣を投げ渡した。

「何よ……これは!?」

 受け取り、鞘から抜いた剣をひと目見たシーラが声を上げる。

「昨日とってきた。人に向けないって約束してくれるなら、あげるよ。今ここで使うのは構わない」

 渡したのは、デスバイパーの剣だ。昨日のうちに探して倒した。折ってしまった剣と細部が微妙に異なりはするものの、品質は同じだ。

 シーラは、剣と僕を交互に見、「どうして」と呟いた。

「全力を出せないと、結果に納得できないでしょ。試し斬りするなら待つよ」

「……いい。ありがたく受け取らせてもらう」

 シーラは俯き、しばらく剣に目を落としてから、ゆっくり剣を構えた。


「シーラ、そのくらいで絆されるの?」

 アイネの声は冷ややかだ。その冷たさに、シーラが顔を上げて、アイネを凝視した。何か言おうとして、口元をぎゅっと引き結ぶ。その後のシーラの表情からは、先程までの不服さが消えていた。


 統括から、この試合について説明があった。

 シーラ達が勝ったら、僕は彼女たちの言うことを一つだけ聞く。僕が勝ったら、シーラ達は今後僕と一切関わらない。

 敗北条件は、負けを認めるか、行動不能に陥る――つまり気を失うか、物理的に身体を動かせないほどの重傷を負うこと。

 相手の生命を奪ってしまったら、その場で勝者の権利と冒険者カードは剥奪だ。


 はじまりの合図とともに、アイネの雷魔法が僕の目の前で炸裂した。砂煙に紛れて、シーラが突っ込んでくる。

 渡したばかりの剣を避け、シーラの足を思い切り払った。

 ごきり、と鈍い音がする。


 二人が負けを認めることはないと身に沁みているので、僕は二人を行動不能にする手荒な手段を選んだ。

「うっ」

 片脛の骨が完全に折れたというのに、シーラは小さく呻いて無事な脚だけで後ろへ飛び退く。

 追いかけて、もう片足の膝を上から手刀で砕いた。

「あああっ!」

 両足が折れたら流石に立てない。シーラはその場に這いつくばった。

 背後から、アイネが消滅魔法を放った。先日のものよりだいぶ小さい。ヴェイグの助力を断って、素手で掴んで握りつぶした。

 今ここで、消滅魔法を使うのか。

「僕が避けたら、シーラに当たっていたね」

 僕の指摘に、アイネは酷薄な笑みを浮かべた。

「それならそれで構わないわ。使えない駒なんて、もういらない」

 足元のシーラがぴくりと反応する。

「仲間じゃないのか」

「仲間だったわ。でも、こんな腰抜けにあっさりやられるような……っ!?」


 僕が一番嫌いなタイプの人間だ。


 手加減なしの[威圧]をアイネに向ける。アイネはその場に縫い付けられたように固まった。息もしづらいようだ。

〝アルハ、本当に死んでしまうが〟

 ヴェイグに止められて、ほんの少しだけ緩める。

 [威圧]は、いわゆる精神攻撃だ。恐怖感や精神的な圧力を与えて、相手の動きを止める。

 その相手の動きに、呼吸も含まれる。

 呼吸を止め過ぎれば、結果的に死んでしまう。

 頭でわかっていても、こいつを許せそうになくて、手加減ができない。

「落ち着けアルハ! もう勝負は決まっている」

 ハインが近寄ってきて、僕の肩を掴んだ。ハインを見ると、心配そうな顔を僕に向けている。

 アイネの方は、口から泡を吹き白目をむいて、立ったまま失神していた。確かに、終わっていた。




 シーラの足をヴェイグに治してもらった。

 シーラは立ち上がり、無言で僕に頭を下げた。何も話さないまま、ギルドの受付さんに肩を抱かれるようにしてギルドハウスへ入っていった。その時、倒れているアイネをなるべく視界に入れないようにしているように見えた。

 そのアイネは、ギルドの人が冒険者用の宿泊施設の一室へ運んでくれてある。


「怖かったぞ、アルハ」

 気分が沈んだままの僕に声をかけてくれたのは、ハインだ。苦笑いを浮かべている。

 ヴェイグからは真っ先に〝あれは仕方ない〟と同意を貰えている。

「ごめん」

「いや謝ることはない」

「心配かけた」

「そこも、気にするな」

 怖いなんていいつつ、ハインは僕をほんとうの意味で怖がってはいない。

 感情を暴走させかけた僕に、気を遣わせてしまったことに対する謝罪だった。

 ハインは相変わらず、僕の心を読むのが上手い。

 そう考えると、肩の力が抜けた。




 シーラとアイネはギルドから戒告を受けた。

 特にアイネは、パーティを組んでいる相手を、故意に攻撃の巻き添えにしようとした行為が問題視された。本人がそういう言動をしたことは、あの場に居た人間が目撃している。

 シーラはパーティ解散の手続きを申請し、受理された。


 アイネがシーラに提案した「新しいギルド」の話は、はじめはもっとまともな話だったらしい。そもそも別ギルドの創設なんて大掛かりな話ではなく、手近な困っている冒険者に手を貸す、程度の話だったそうだ。

 シーラは純粋な思いで動いていたのに、助けた人間から頼られたアイネが徐々に増長し、自分でギルドを立ち上げたいという方向へ動いてしまったようだ。

 シーラはアイネの行動に多少の疑問を持ちつつも、言いくるめられて言いなりになっていた。

 あとアイネはかなりの中二病だ。古代魔法や失われた技術、そういうものを英雄ヒーローの権限で、無理やり情報を得る、といった行動もしていた。

 実力はあっても、問題を起こす人に、英雄ヒーローランクは相応しくない。

 僕も意見を求められて、同意した。

 結果、アイネは英雄ヒーローランクを剥奪され、2ランクダウンの熟練者エキスパートとなった。

 彼女の腕なら、指導者リーダーへの復帰は時間の問題だろう。ただしその後、余程の功績を挙げない限り、英雄ヒーローには戻れない。


 シーラは更に、自分から英雄ヒーローランクの返上も申請した。こちらは、受理されなかった。

 シーラ自身の迷惑行為といえば、僕に勝負を仕掛けたことくらいだ。

 それも、試合の後で誠実に頭を下げてきたので、僕も謝罪を受けた。

〝アルハがいいなら俺は何も言わぬが……〟

 ヴェイグは少々ご不満の様子。

「多分ヴェイグは誤解してる」

〝許したわけではないのか〟

「彼女らとは今後一切関わりたくないんだ。許さないって言っちゃうと、許してほしいってまた目の前に現れるかもしれないでしょ」

 町中で抜剣して人に斬りかかるような人とはお近づきになりたくない。いくらシーラが今は反省していても、また同じことを繰り返す気がする。

 あと何度も言ってるけど、僕は優しくない。

〝怒っている、と示せば怖がって近づかぬだろうに〟

「怒るの疲れるからやだ」

 怒りの感情は原動力になる。原動力になるってことは、エネルギーを消耗し続けるってことだ。

 だったら、こちらが少し引いてでも関わらないように努めるほうが楽だ。

〝確かに、あのような連中の矛先が、いつメルノに向くかと思えば心が休まらぬな〟

 そう。僕の思考は常にメルノとマリノに回帰する。

 僕が黙ることで肯定と見做したヴェイグが、ふっと笑った。

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