4-23-2 観光する気も起きない国

 トイサーチの自宅で久しぶりに平和に過ごしていたある日、冒険者ギルドに呼び出された。

 シーズ大陸のエイブンという国から、伝説レジェンドに来てくれないかと打診があったそうだ。


 シーズ大陸は解呪の旅の途中に少しだけ立ち寄った。冒険者ギルドに呪術に関係した情報は集まらず、実際回ってみて痕跡も殆どなかったから、解呪だけして引き上げた場所だ。

「強い魔物でも出たのかな」

“トイサーチほどではないが、平穏な土地だと思ったが”

 よその大陸とはいえ国からの命ということもあり、ギルド側では断りきれなかったことを、統括のデュイネが詫びてくれた。デュイネは僕が静かに暮らしたいというのを、本当に尊重してくれている。

「いつもありがとうございます」

 デュイネに深々と頭を下げた。




 シーズ大陸は正攻法で行くと、船で一ヶ月かかるコースだ。エイブン国に行ったことがあり、転移魔法の印を持っているといういつもの言い訳をしつつ、異界を通って行った。


 エイブン国の王様は、一言で言えば胡散臭い人だった。

 盛大な歓待の宴が開かれ、三日ほど王族の人と会談という名のお茶会に参加させられるだけで過ぎた。

“なんだか、実家を思い出すな”

 ヴェイグの実家であるディセルブ国は、ヴェイグが居た頃、王様がかなりの毒親だった。

 今はもう国じゃなくなった上にタルダさんやイーシオンが頑張って仕切っている。

“何かにつけて、贅を凝らした宴を催していた。国内外の有能な人物を国の権力で無理やり呼びつけるのも似ている。どちらも中身が一切無いこともだ”

「そうなんだ……。じゃあ多分これ、冒険者の仕事ないよね」

 周囲に脅威となりそうな魔物の気配は無い。

 王様や王族の胡散臭い顔を見ながらどうでもいい話を聞き続ける仕事は、しんどい。

 四日目の朝もお茶会に呼ばれた時、クエストが無いならお暇しますと返事して、お誘いに乗らなかった。

 それでようやく、エイブンの冒険者ギルドへ案内された。


 ギルドの統括には、僕がこの国に来ていたことが伝わっていなかったらしい。ものすごく驚かれた。

「話も通ってなかったのですか……」

 思わず呆れてしまうと、統括に頭を下げられた。王様の横暴は、今に始まったことではないようだ。きっとこの人も苦労してるんだろうな。

 クエストリストを見ると、ヴェイグの言った通りトイサーチと似たような状況だった。難易度Bが久しぶりに一つだけ出てる、というくらいだ。

「これ達成すれば義理は果たせるかな」

 ヴェイグに言うつもりが、普通に声に出ていた。統括が、申し訳無さそうに自らクエストを受理してくれた。


 ギルドハウスを出ると、外に城の兵士が五人ほど待っていた。

 王様に、伝説レジェンドと同行するように言われてきたのだとか。

 断ったら、この人達に何か罰則があるんだろうな、ということが僕にも想像できた。


 仕方なくついてきてもらうと、彼らの足は信じられないくらい遅かった。

 難易度Bの出現場所の近くへ行くのに何時間もかかり、日の出ている内に討伐できなかった。

 野営の焚き火を囲みながら兵士たちに話を聞くと、それも王の命令なんだとか。

 伝説レジェンドの滞在期間を引き延ばせと。

“……酷いな”

 王族には手厳しいヴェイグだけど、普段はここまで言わない。

 僕も少々苛立ってきた。




 翌日、ようやく目的の魔物を見つけ、瞬殺した。

 いつもと同じく、急所へ一撃。それから、魔物が絶命した瞬間に、兵士たちに見せつけるように粉々に切り裂いた。

 消えていく魔物を前に、わざと竜の力を溢れさせて周囲の樹木を震わせながら、兵士たちを軽く[威圧]する。

「終わりました。早く帰りましょうか」

 僕が力を見せつけながら感情を押さえて丁寧に喋ると、怖いらしい。

 人を脅したり怖がらせたりってやりたくないけど、今回ばかりは積極的にやる。


 顔を青くした兵士たちは、見違える速さで帰路についてくれた。


 昼過ぎに帰城し、報告として王様の前に出る。

 この時も、[威圧]を忘れなかった。

 雰囲気の変わった僕を見て顔色を変える王様に、クエストは終わったから帰りますと告げると、王様は意外にもあっさりと首を縦に振った。




「始めから、やっとけばよかった」

 客室で荷物を纏めながら後悔を口にすると、ヴェイグが苦笑いした。

“どうだろうな。はなから先程のような態度であったら、元々そういう人物であると受け入れられて、こう上手く行かなかったやもしれぬ”

「最初おとなしくしてたから、脅しが効いたってこと?」

“そうだ。俺も久しぶりに見たが、肝が冷えたぞ”

 怖かったなんて言いながら、ヴェイグは楽しそうだ。

「他の人は、どうやって切り抜けてるんだろ」

 この手段、疲れるからあまりやりたくない。

“王が飽きるまで、大人しくしていたな”

「皆、我慢強いんだね……」

“国の歓待を退屈と断じる者は、俺の知る限りアルハくらいだ”

「たしかに部屋も食事も豪華だったけど。僕庶民だから落ち着かないよ」

“アルハらしい”




 トイサーチに帰ってからデュイネに事の次第を話すと、デュイネも呆れて頭を抱えた。

 それから、僕を呼び出す場合の条件を改めて設けてくれた。

 魔物の脅威が迫ってない場合、基本取り次がないのは元々決めてあった。更に、これを破った場合は何があっても二度と取り次がない、というルールだ。




 後日、エイブン国に本当に難易度Sが現れた。

 エイブン国にいた指導者リーダーや、呼び出された他の英雄ヒーローによって被害は最小限にとどまったけど、王様は僕を呼べなかったことについて責任を追求され、現在エイブン国の王族は立場が危ういそうだ。

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