3-15-2 ショッピング

 竜の里へ行く前に、ラクと一緒に市場へ食料の買い出しにやってきた。


 スキル[自空間]の内部は、時間の流れは外と同じだ。でも[自空間]を利用した無限倉庫の中の食べ物は腐りにくい。生鮮食材を入れておいても、冷蔵庫並みに保管してくれる。

 旅をしている間は、一週間で食べ切れる量を無限倉庫に入れている。

 今回もそうすることにした。


「魚を生で食べるのか?」

「うん。はじめはヴェイグにも吃驚されたけどね。美味しいよ」

 メデュハンは海が近いから、新鮮な魚がたくさんある。

 こっちの世界にも地域によっては刺身の文化や醤油に似た調味料がある。

 ディセルブにはどちらも無かったため、僕が魚を生で食べようとしたらヴェイグに真剣に“腹を壊すぞ”と忠告された。勿論無事でした。

「儂も試したい」

 いくら無限倉庫があるとはいえ、刺し身を持ち歩いたことはない。

 お店の人に聞いて刺身向きの魚の小さいのを一尾だけ買い、その場で捌いてもらった。お店の人が好意で出してくれた醤油似の調味料を付けながら、その場でラクと食べる。

「美味い」

「でしょう?」

 ヴェイグは抵抗があるようで、僕が何度食べても自分から食べようとしなかった。

 でも、ラクが一尾分の殆どをぺろりと美味しそうに食べたのを見て、心が動いたようだ。

“挑戦していいか”

 最後の一きれを、ヴェイグが食べた。殆ど目を閉じてもぐもぐと咀嚼して、飲み込む。

「……」

 眉間に皺が寄ったままだ。

“好みじゃないなら、無理しなくても”

「いや。次の機会があったらまた食べる」

 チャレンジ精神旺盛だ。




 食材を買い込んだ後は、ラクが服屋へ寄ると言い出した。

「じゃあ宿に戻ってるよ」

「いや、アルハも来てくれぬか」

「いいけど、なんで」

「お主の服を見立てたい」

「へ?」



 ラクのお気に入りの服屋さんには、男性物も置いてある。

 ラクと仲良くなった店員さんが、僕に一度会いたいと言っていたそうだ。


 入るなり、ラクに一人の店員さんが寄ってきた。何事か会話した後、店員さんが声を上げると店中から店員さんたちが一斉にこっちに寄ってきた。

 なんか、謁見前の儀式を思い出すんだけど!?


「三十分、いえ十分だけでいいんです! そちら差し上げますから、そのまま店の前にいてくれませんか!?」

 店員さんが僕を拝み倒さんばかりに頭を下げてくる。

 僕はと言うと、今流行りらしい服を半ば強制的に着せられている。ギリギリのところで自力で着ました。

 襟のあるシャツにベスト、タイトなパンツのほぼ全てが黒か銀色っていうコーディネートだ。何故か髪型までいじられて、オールバックにされてしまった。

 服は全て体型にフィットしていて、動き辛い。

「着る機会がないので別に要らないのですが……」

「何故じゃ、よう似合っておるのに。服の一つや二つ、大して荷物にもならぬであろう?」

 見世物になるのは苦手だし、見立ててくれたラクには悪いけど、本当に必要ない。

 ただ、店員さんが『当然謝礼は出しますから!』とまで言うので、意味はわからないけどお店の前に五分だけ立つことにした。

 ラクも普段とは違う、ボディラインを強調するような服を着て、僕の隣に立った。ラクはたまにこれをやっているそうだ。

「これ、何の意味があるの?」

「手当を出すと言っておったであろう。つまりは宣伝じゃよ」

「こんなことで宣伝になる?」

「しばらく待てばわかる」

 お店の前できっかり五分、ラクと駄弁りながら立った。

 時間になったので店の中に入って元の装備に着替えると、お店の中に人が増えていた。

 その手には、僕やラクが着ていたのと同じタイプの服を持つ人が多かった。

「どうじゃ」

「売れてる、のかな」

 わけがわからない。


「ありがとうございました! アルハさんのように良い体躯の方に着ていただけて、服の良さが宣伝できました!」

「どういたしまして」

 わけがわからないけど、お礼を言われた上に本当に謝礼を渡してきた。断わろうとしたら、ラクに「受け取っておけ」と諭された。

 その後店員さんとお話してわかったのは、僕が伝説レジェンドだから会いたかったわけじゃなく、僕の体格が目当てだった。

「こんなに高身長なのに身体が細い人、あまりいらっしゃらなくて。服屋にとっては理想の体型ですっ!」

 店員さんに力説された。

 体型のことを気にしている僕にとっては、こんな活用方法があったのかと目からウロコだった。

 でも、二度とやらないと思う。立っている間、視線が痛かったです……。



“その手があったか”

「ヴェイグ?」

“冒険者が嫌になったら、この服屋に雇ってもらえ”

「何を言い出すの」

“強いからと言って、冒険者を続ける必要はないという話だ。アルハに無理強いはしたくないからな”

 旅は気に入ってるけど、魔物と戦い続けていると、無償にやめたくなる時がある。

 ヴェイグに察されているのも承知の上だ。

「考えとくよ」

 だからって、モデル業だけは絶対ない。




 着せられた服はラクがいつの間にか受け取っていて、後日僕の家に送りつけられ、メルノにせがまれてもう一度だけ着ました。

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