3-6-2 二つ名

「いつどこで誰が言い出したの?」

 ハインと野営で焚き火を囲んで雑談している時、何かの拍子に二つ名の話になった。

「人を経るにつれて、話の内容が変じることはよくあるだろう。アルハの場合は、見た目の情報から『黒』が強調されて伝わったのじゃないか」

 黒髪黒目は仕方ないとしても、装備に黒を選ぶのはこの世界でも平均より高い身長のせいだ。

 明るい色では視覚的に目立つ。それを避けるための黒だったのに、逆効果になってしまうとは。

「なんだ、別の二つ名がいいのか」

「二つ名自体要らない。名前で呼んでくれたらいいのに」

「目立つのも英雄ヒーローの勤めだ」

 英雄ヒーローランク自体、好きでなったわけじゃない。ランクダウンが許されるなら、難易度Sが請けられる指導者リーダーのままがいい。

 こういう、名誉ランクが存在するのは、強い冒険者が皆様を守ってますよっていうギルドの宣伝だ。

 僕みたいな意識低い系の冒険者には荷が重い。


「アルハ、もしかして自覚ないのか」

 考え込んで俯いていたら、ハインが僕の顔を心配そうに覗き込んできた。

「何の?」

「なさそうだな。アルハはもう、十分目立っているのだぞ」

「え?」


「考えても見ろ。黒髪の人間は、アルハ以外にお目にかかったことがない。上背があって、顔が良い。容姿だけで人目を惹いている。更に、相対する魔物の殆どを一撃で倒し、怪我人には無償で治癒魔法を施しているだろう。噂にならないほうがおかしい」

「はああああ!?」

 思わず奇声が出た。

 見た目のことは、黒くてでかい自覚はある。顔のことはよくわからない。ハインやヴェイグを見てるから、僕の顔が特別良いとは思えない。

 魔物なんて速く倒すに限るし、怪我人は放っておけない。あと治癒魔法を使ってくれるのはヴェイグだ。

「僕は、普通に冒険者やってるだけなんだけど……」

「普通ではない」

 なんとかひねり出した反論は、ハインにばっさり否定された。

「うう、一体どうしたら」

 頭を抱えて悩んでしまうと、ハインに肩をぽんと叩かれた。


「諦めろ」


 もう喋る気力も湧かなくなったところへ、ヴェイグが出てきた。


「あまりいじめてくれるな。アルハが元いた世界には魔物が存在しない」

「ん? ああヴェイグか。へぇ、詳しく聞いてもいいか?」

 ハインが興味津々と食いついた。

 ヴェイグは、以前僕が語った日本や元いた世界に関する話を、ハインにも分かりやすいように噛み砕いて説明した。

「アルハは今のような強さもなく、一般庶民として過ごしているはずだったのだ」

「なるほど。それなら目立ちたがらないのも頷ける」

 そっか、僕が元々庶民オブ庶民であることをハインに伝えれば、分かってもらえたのか。


「しかしなぁ、こちらの世界で生きると決めて、冒険者になったのはアルハだろう? 強さに関しては望んだものではなかっただろうが、やはり、諦めろとしか言えないな」

 ハインに尤もなことを言われて、僕は再び撃沈し、ヴェイグは苦笑いした。

「せめてハインだけでも、アルハを特別扱いしないでくれるか。アルハに必要なのは、そういう友だ」

“ヴェイグ?”

「始めからそのつもりだ。その上で、本人があまりに分かってないから、つい」

「そうか。では、よろしく頼む」

 ヴェイグが差し出した手を、ハインが握り返した。

 多分、二人共僕のことを考えてくれているのだろうけど、僕を置いていかないでほしい。

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