37 ディセルブの地

 全身に、息ができないほどの圧力が掛かって、すぐに去ったと思ったら怪我が癒えていた。魔法の光を放っているのは右腕だ。

「ヴェイグ、ありがとう」

 右腕の主に感謝を言うと、アルハが安心したような笑みを浮かべた。

「立てる? あ、やっぱりいいや。休んでて」

 僕を支えてくれていた腕から離れると、情けないことに立てなかった。そのまましゃがみこんでしまう。

 この間、白虎はどうしてたかというと、僕らを遠巻きにして微動だにしていなかった。

「アルハ、白虎に何かした?」

「[威圧]しといた。全部きっちり討伐しておくから、少しここにいて」

 右腕が動くと、僕の周囲を半球状の膜が覆った。多分、魔法の結界だ。

「さて、と」

 白虎の方を向いたアルハが、どんな表情をしてるかは解らなかった。

 でも。


「ラクの言う通り、ここで黒竜が斃れたんだろうね。竜の力が反応してる」


 あのアルハが、魔物と相対して、嫌そうどころか感情が感じられない。

 もしかして、滅茶苦茶怒ってる?



 アルハが来てくれたら一瞬で終わる、っていうのは誇張じゃなく、事実だ。

 目の前に雷が落ちたのかと思うくらい大きな破裂音がして、思わず目を閉じてしまった。

 その次には、白虎の数が半分くらいに減っていて、居たはずの地面が黒く焦げていた。

 残りの白虎は、それでも動けないみたいだ。威圧ってすごい。


 アルハは全身に紫電を纏っていて、こんな時に使う言葉じゃないかもしれないけど、神秘的だ。

 ……人間って紫電を纏えるものなの? さっき竜の力とか言ってたけど、アルハは一体何を得たの?

 僕の目標、底なしに強くなってるんですけど?


 あまりに現実離れした現実からやや逃避しているうちに、白虎は一匹残らず殲滅されていた。

 いつもならスキルで刀っていう武器を創るのに、今日は持っていない。

 アルハは殆ど動いてなかった。どうやって白虎を倒したんだろう。ちゃんと見ておけばよかった。

 数秒、アルハはその場に留まって、何かを探るような仕草をしていた。それが終わると、紫電を消して、僕に手を差し出した。表情は、いつものアルハだ。


「もう居ないと思うけど、念の為にこのあたりを偵察してくるよ。動ける?」

 手を取って引き上げてもらい、立ち上がると、歩くのも走るのも問題なさそうに思えた。

「じゃあ、タルダさんによろしく」

 そう言って、アルハはあっという間に去ってしまった。

「アルハにお礼言えてない」

 僕のつぶやきは、誰にも届かなかった。




◆◆◆




“どこへ向かっている?”

「わからない」

 白虎は全部倒した。近隣に、強い魔物の気配はない。

 イーシオンと一緒にディセルブの城へ戻ってもよかった。


 黒竜のことを意識したら、身体が勝手に動いていた。

 ヴェイグも、僕が感じてる“何か”に気づいたらしく、後は何も言ってこなくなった。


 ディセルブ城からまっすぐ北へ進み、平らな場所にたどり着く。

 呪術の痕跡を解呪して回っていた時に、一度だけ通ったことのある場所だ。

 あの時は気付かなかったけど、この辺り一帯だけおかしい。

 半径数キロメートルに渡って草一本生えていない。地面も、湿潤なディセルブ地方にしては異様なほど乾いている。気温が高く、湿度が低い。ここだけ砂漠になりかけているみたいだ。

 そこでしばらく待った。何が起きるのかわからないけど、待たなきゃいけなかった。


 三十分くらい経った頃、ヴェイグに無限倉庫から大剣を出してほしいと頼まれた。

 大剣は、ヴェイグが昔共に旅をした恩人で、僕の高祖父でもあるミツハが遺したものだ。


 この世界で目覚めた時、柄を握ろうとしてヴェイグに止められたことを思い出しながら、大剣を鞘から引き抜いた。


“これは……”

 大剣は、ボロボロに朽ち果てていた。ヴェイグの反応を見るに、前はこうじゃなかったんだろう。

 目の前に掲げていると、大剣から靄のようなものが立ち上り、徐々に人の形を取った。


 壮年に見える、黒髪黒目の男性だ。

“ミツハ”

 この人が、僕のひいひいじいさんか。確かに、あまり似てない、のかな。自分じゃよくわからないや。


「何から話せばいいかわからんから、思いついた順に言うことにする」

 半透明で宙に浮かぶミツハから、しっかりした声が聞こえてきた。

「この大剣は、今これを見てる場所へ持ってきて暫く経つと、魔法の杖や剣といった役割をやめて、俺の言葉を再生するようにしといた。ヴェイグって小僧に託したが、これを見てるのが俺の子孫であることを祈る。違ったら、すまん。俺と同じ出生地不明で黒髪黒目のやつに、俺の話を伝えてくれると助かる」


 軽い口調でミツハが喋る。なんとなくふわふわした印象で、自分の先祖ながら、責任感が薄そうだ。


「まず、俺の血筋の話をしようか。俺の何代か前の先祖は、この世界の住人だ。そいつ本人は、最期は竜と化して魔力の欠片を遺した。問題はその後だ。その子孫のうちの一人がどういうわけか、日本へ転移したんだ」


 僕の先祖、もともとこっちの人間だったのか。竜は、例の黒竜のことだろうな。


「日本へ転移したやつの子孫が俺だ。こっちへ飛ばされるまで、知らなかったがな。だが言われて納得したよ。人間離れした知恵や商才で、一大財閥を築き上げたんだからな。ま、性根も人間離れしたのが何人か出ちまってたが」


「それでか」

 納得が、思わず口をついて出た。


「こっちに転移させられる子孫は、その中でもかなりまともなヤツで……そうだな、俺に似た色男で、心優しくて、仲間を大事にする人情家だろう」

 真面目に話を聞いてたヴェイグが”ふっ”と吹き出した。僕も一瞬気が遠くなった。

「そんで、日本じゃ酷い目に遭ったはずだ。悪いな、先祖の業を押し付けちまって」

 ミツハは本当に申し訳無さそうに、頭を下げた。


「先祖の業だが、まだ終わっちゃいないんだ。俺の代で始末をつけたかったが、時間が足りなかった。だから、お前の手で、終わらせてやってくれ。これが届く頃、この世界の呪いの大元が上に現れるだろうよ」

「上?」

 僕もヴェイグも、ふっと上を見上げる。この上にあるものといえば……。


 視線を戻すと、ミツハは見計らったように話を続けた。


「俺の血筋のやつが、世界をあっちこっち転移する理由はよくわからん。俺も理不尽だと思う。だが身に余るほどの力は授かる。どう足掻いても、ここで暮らすしかないなら、気に入らないものは片っ端から潰してやれ。そのくらい、許されるだろう」

“そうだな”

 物騒な台詞に、ヴェイグが深く頷いた。

 これまで散々、力にモノを言わせてきた僕には何も言えない。


「よし、必要なことは大体言えた。じゃあ、達者でな」


 ミツハの幻は片手を上げた姿勢のまま、スッと消えた。

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