35 ほつれを繕う

 リオハイルに戻り、スタリーに事の次第を報告した。

 魔物が落とした布の切れ端を渡すと、スタリーの顔が一瞬泣きそうに歪み、ぐっと口を引き締めてから顔を上げた。

「ありがとうございました。それで、魔物はやはり……」

 ここへくるまでの間に、伝えるべきか否か、ヴェイグと話し合った。

 結論は、ふんわりと出た。

「何を聞いても大丈夫という、覚悟はありますか」

 判断をスタリーに委ねる、というものだ。


 スタリーは逡巡し、それから「はい」と力強く頷いた。


「気配、見た目は完全に魔物でした。前に二度、似たような魔物を討伐したことがあります。似ているだけで、それぞれ違いはありました。今回も、よく似た魔物でしたが、剣筋がカイザによく似てました」


 言い終えると、スタリーは俯いて顔を両手で覆い、長嘆息した。しかし、すぐに手を外した。

「失礼しました。アルハ殿、辛い役目を負わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 スタリーは目を赤くしたまま、その後の事務的な話を淡々と続けた。




「ちょっと帰りたい」

“わかった”

 討伐団を指導する件は、僕ではなく他の冒険者が担当することになった。

「これ以上、お忙しい伝説レジェンドの手を煩わせるわけには」

 とは、スタリーの言だ。

 正直、魔物化したとはいえ元騎士団長の元部下たちの前で、どんな顔して指導したらいいのかわからないから、助かった。

 スタリーもその辺を汲んでくれたように思える。

 リオハイル周辺の強すぎる魔物も、他の冒険者が対応できるようになってきた。

 僕の出番は、どうしようもない相手が出た場合のみとなった。


 今なら、少しくらい休んでもバチは当たらないだろう。


 ヴェイグが右腕だけ交代して、転移魔法を使ってくれた。


 いつもの帰宅のセレモニーを終えて、家の中でメルノの薬草茶を頂く。温かさに安堵のため息が出る。

「お部屋で本の続き読む」

 マリノはお茶を飲み干して自分でおかわりを注ぐと、そう言ってコップを手に部屋へ戻っていった。最近、シリーズものの小説に夢中になってるのだとか。

“アルハ、少し寝る”

 ヴェイグも中で眠ってしまった。ヴェイグは寝るのが好きだ。起こせばすぐ起きてくれるけど、一度寝たら僕が寝て起きるまでは、寝たままだ。


 キッチンのテーブルには、僕とメルノだけになった。

「何があったんですか?」

 唐突に、メルノがそんな事を言ってきた。

「何が、って」

「酷い顔色です」

 思わず自分の頬に左手をあてる。手触りで自分の表情なんてわからない。

 何を話すべきなのか戸惑っていると、テーブルの上にある右手にメルノの手が重なった。目はこちらを見つめたままだ。


「アルハさんが辛いと、私も……マリノも、ヴェイグさんも、みんな辛いです。言い難ければ、無理に話さなくていいです。ただ、心が軽くなるなら、私にできることなら協力しますから」

「みんな、辛い?」

「はい」

 ヴェイグは僕が場所を言う前に、転移魔法でここへ連れてきてくれた。

 マリノは僕とメルノを二人にするために、自分から席を外してくれた。

「ごめん」

「違います。アルハさん、いつもお一人で何でも背負い込んでしまわれて。だから、こういう時くらい頼ってください」

 藍色の瞳に見つめられて、肩の力が抜けていった。全身が強張っていたことに、今更気づいた。



 人を殺したことを、正直に告白した。なのに、誰も責めないことが心苦しいことも。

「魔物になっていたんですよね。でしたら、人を殺めたことにはなりませんよ」

 ヴェイグや、色んな人に何度も言われたことだ。

「それでも気にしてしまうの、アルハさんらしいです」

 メルノがふわりと笑う。

「アルハさんの優しいところ、好きです」

 メルノは自然な笑顔で、僕に重ねた手を、長い時間そのままにしてくれた。




「しばらくゆっくりできるのですか?」

 夕食の支度を手伝っていると、メルノに訊かれた。

「呼び出されない限りは、そのつもり」

 トイサーチの周辺は、最近はいつにも増して落ち着いている。難易度Cどころか、Dのクエストすら、あまり出ていない。

 メルノ達も、ここのところ低難易度のクエストを請けるか、そもそも請けずに休養日に変更することが多いのだとか。

「生活費、足りてる?」

 僕が稼いだお金の一部は、メルノに無理やり渡してある。しかし、それを貯金に回しているらしく、全く使ってくれない。

 だから、商店街の信頼できるお店に先払いして、定期的に食料や日用品を届けてもらえるよう、手配済みだ。

 ここまでしないと受け取ってもらえないの、そろそろ傷つくぞ。

 僕の矜持の話は措いといて、メルノ達の生活費だ。通常のクエストすら満足にない状況だとは思わなかった。それだけ魔物がいないことは良いことなんだけど。

「はい。実は、フィオナさんが、お仕事を持ってきてくださるんです」

 トイサーチの隣町、ツェラントの豪商のフィオナさんは、先日の女子会以降、メルノのことをかなり気にかけてくれている。

 フィオナさんはメルノに、冒険者以外の職業を勧めてくれたのだそうだ。

 グッジョブ、フィオナさん。今度ちゃんとお礼しに行かなくちゃ。

「どんな仕事?」

「縫製と、修繕です。先日いらした時、丁度自分の服のほつれを直していて、それを見たフィオナさんが……」


 メルノの裁縫の腕、プロ級だった。

 僕の装備も、あちこちメルノに直してもらっている。時折、装備のことを訊かれて普通の服だと答え、何ならこのあたりは直してもらったと伝えると、ものすごく驚かれる。「伝説レジェンドは装備の修繕人も伝説レジェンド」なんて言われて、リップサービスだと分かっていても鼻が高かった。あれは、リップサービスじゃなかったことが証明された。

「縫製って、服をいちから作るの?」

 家庭科の課題で作らされたエプロンが、家に持ち帰った日に雑巾になった僕には未知の領域だ。

「はい。まだフィオナさんが持ってきてくださる型紙の通りにしか作れませんが」

「僕の服作ってよ」

 この世界の平均身長が日本より高いお陰で、服屋さんへ行って僕のサイズがない、なんてことは殆どない。

 それでも丈直しが必要なことの方が多い。

 メルノが作ってくれるなら嬉しいし、僕のサイズに合わせてもらえるかもしれない。

 僕が勢い込んで頼むと、メルノはちょっと驚いて、それから少し嬉しそうに「はい」と答えてくれた。

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