30 冒険者の覚悟
ギルドの受付さんに城への言付けを頼むと、冒険者に場所を聞き出して、すぐにその場へ向かった。
「怪我人、いた。まだ生きてる」
距離は、五キロメートルはある。
“俺ではまだ察知できない距離だ。気配察知の感覚を寄越せないか”
「やる」
やったことはない。試しに、なんて悠長なことを言ってる場合でもない。必死で感覚を繋げた。
“魔力も頼む”
ヴェイグが怪我人の元へ魔力を送り込むように治癒魔法を発動させた。
対象が一人だからか、魔力の消費はそこまで多くなかった。
「間に合った! よかった、さすがヴェイグ」
“アルハが気配察知の感覚を寄越してくれたからな”
一安心して、今度は魔物を探す。
難易度Dのクエストを受けていたから、C以上の魔物を探す。
その前に、元怪我人に会えた。
「
「皆無事で、ギルドハウスで待ってるよ」
それだけ伝えて、あとは振り返らずに魔物のところまで走った。
そこに居たのはトロールだ。サイクロプスより一回り小さな人型の魔物で、手足が身体のサイズと比べてかなり大きい。目はふたつある。
手や口のあたりがまだ血で濡れている。冒険者を傷つけて、付着したんだろう。
“トロールの難易度はDだが、C以上はあるな”
ヴェイグの解説を聞きつつ刀を創り、走っている勢いのまま、首めがけて斬りつける。
強くなっていようが、難易度が上がろうが、僕の敵じゃない。
首を難なく胴から切り離した。
ついでに周囲を探索し、強さとギルド指定の難易度が合っていない魔物を数体倒した。
数体で済んだと考えていいのか、異常事態がおきている事自体を問題視すべきなのか。
「ギルドで話を聞こう」
“城はどうする”
明日から、討伐団の指導をする約束になっている。
「最悪、延期させてもらうおうか」
先約を反故にするのは申し訳ないけど、魔物の異常は緊急事態だ。
ギルドハウスへ戻ると、先程の冒険者たちが残っていた。僕にお礼が言いたいらしい。
それより調査に協力してくれると助かる、と思わず口走ってしまった。
「勿論ですよ。っていうか、命令してくれたら従います」
冒険者たちの安全は保障しなくていいと聞いて、権利の行使を躊躇していたやつだ。
今回、魔物が強くなってる件は、呪術がらみじゃなさそうだ。範囲もわからないから、僕の気配察知だけでは追いつかない可能性もある。
だから、ギルドの話を聞いた上で必要なら他の冒険者に手伝ってもらおうと考えていた。
「命令や強制はしたくないんだ。調査依頼は出すけど、請けなくてもいいし、自身の身を第一に考えてほしい」
僕は当然のことを言っただけだと思う。なのに、近くに居た冒険者たちがざわめいた。
「何言ってるんですか。
いつのまにか僕らの周りを囲んでいた冒険者たちは、『カード剥奪』に同意して頷く。
「そこまでしなくても」
「自分の身が第一なのは当然です。その上で、できることをやらない冒険者は、冒険者失格です」
語気を強めに、熱く語られた。冒険者ってこんな体育会系だっけ。いや、体育会系でいいのか。
僕の内心の騒ぎを知る由もない目の前の冒険者は、言葉を続けた。
「それに、魔物を倒すだけなら、普通の人でもできます。冒険者は、魔物を
ここまで覚悟のある人を使う勇気は、僕にはない。
いっそ、依頼は取り下げる。
そう言うつもりだった。
“アルハ。今ここで依頼を取り下げても、この者たちは自主的に調査を行うだろう。その場合、何の報酬も渡せない”
「それは困る」
うっかり口に出しかけて、ギリギリのところでヴェイグに言うだけにできた。
“いくらアルハが万能でも、所詮人ひとり、身体は一つだ。解呪の時はそうすべき場所が見えていたが、今回は違う。ここは素直に手を借りるといい”
万能は言いすぎだ。ヴェイグがいないと出来ないことのほうが多い。
でも、ヴェイグの言いたいことは理解できた。
「わかった。お願いするよ」
ギルドへ正式に調査依頼するための書類処理やその他の雑務に追われて、一旦城へ戻る頃には夜中になっていた。
途中で、帰りの遅い僕を心配したスタリーがギルドハウスへ様子を見に来てくれなければ、城への報告も深夜になるところだった。
討伐団の指導ができそうにないことを話すと、スタリーはあっさりと了承してくれた。
「冒険者について指導するために、冒険者の仕事が疎かになっては本末転倒ですからね」
討伐団は予定通り、明日から発足する。指導は時間の空いた時に改めて、ということになった。
翌日から、リオハイル城下町の冒険者たちは二手に分かれた。
一つは通常通りクエストを請け、もう一つは、僕が依頼を出した調査をしてくれる。
僕は調査をしつつ、強い魔物の報告を受けたら現場へ急行した。
「頼んで正解だったね」
僕の気配察知が届く範囲は半径十キロメートル程だ。かなり広くなったけど、範囲の端の方の気配は詳しく読めない。
さらに、魔物は定住するタイプと常に動くタイプがいる。常に動くタイプは一人で探索していたら見落とすことがある。
大勢の人間で、同時に探索すれば、穴は少ない。
“こんなときに何だが、試したいことがある。次に何か見つけたら、替わってくれないか”
半日で、三十体は討伐した頃、ヴェイグがそんなことを言い出した。
了承を言う前に通信石が着信を伝えてくる。異常な魔物がいたということだ。
「現場までは僕が行こうか」
“頼む”
“何をするの?”
魔物から三百メートル離れた場所の茂みに身を潜めて、ヴェイグと交代した。
ヴェイグは僕の問いかけに答えず、目を閉じた。……この感覚は、僕がスキルで刀を創る時に似てる。
そして右手には、灰色の刀が握られていた。
“スキル!?”
僕が創った刀をヴェイグが操作する練習をしていた頃があった。複数の刀を同じように動かすところまでは出来たけど、バラバラに動かすのは難しそうだった。
その後、ヴェイグは時間を瞑想に割いていたから、そのままだった。
これをやろうとしていたのか。
「アルハが諦め悪く魔法の練習をしているのを見て、俺もスキルが使えないかと思ってな。あとは、この刀がどこまで使えるか」
ヴェイグは茂みから音も立てずに飛び出し、魔物へ向かっていった。
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