29 予兆

 どんなに調べても、ミツハのことはこれ以上わからなかった。

 スタリーも、伝記に書いてあること以外の情報は、本名と追加の功績が少しが伝えられているのみで、他はわからないそうだ。

 ミツハ自身が秘密主義で自分のことを語りたがらなかったので、一緒に旅をしたヴェイグも多くを知らないままでいた。



 僕の先祖がこちらの世界に来ていたことはわかった。

 それが何を意味するのかは、全くわからない。



「ミツハもチートを得ていたのかもしれんな」

 自分でも驚くほどショックが大きくて、この二日ほど、ヴェイグに身体を任せている。

 幸い、僕のことをよく知らない人としか話す機会がないので、バレる気配はない。

英雄ヒーローになるくらいだから?”

英雄ヒーローだけならチートなしでも辿り着けるが、これだけ大きな国が召し抱えるほどの冒険者ならば、余程の強さが備わっていたのだろう」

 ハインや他の英雄ヒーローが、どこかの国に声をかけられたという話は聞いていない。

“ヴェイグと旅してた時の……ん?”

「どうした」

“ヴェイグがミツハと旅してたのって、五十年前なんだよね?”

「正確には五十四年前だな」

 ヴェイグは十五歳で城を出て、十七歳の時から一年ほど、ミツハと旅をしていたと聞いている。

“計算が合わないような”

 ミツハが元の世界で子孫を残してからこちらに来たとして、年齢や時間の計算がおかしい。

「異世界を渡ったことによる時間のズレではないか?」

“そういうことかなぁ”

 妙に引っかかる。

 時間のズレといえば、ヴェイグの甦りに五十年かかったのも謎だ。僕が死ぬまで待ってたんだろうか。

 何故、僕の身体なのか。

 先祖がこちらに来ていたのと関係あるんだろうか。

 考えてもしょうがないことが、ぐちゃぐちゃと頭の中を回る。

「明日から、やれそうか」

 つい黙りがちになってしまって、ヴェイグに心配をかけている。

“頼まれたことは、ちゃんとやるよ。ヴェイグ、替わって”

「今か?」

“うん。身体、動かしたい”

 頭がだめな時は、身体を使う。




 スタリーに行き先を告げてから城を出て、城下町の冒険者ギルドを訪ねた。

 丁度、難易度Bの緊急クエストが出ていたので請けた。

“普通の魔物で、運動になるのか”

「討伐の時はスキル全部切るよ」

“運動になるのか”

 二回も聞かれた。

「重要なのは身体を動かすことだから」


 指定場所には、聞いたとおりにサイクロプスが三体いた。サイクロプスは全長三メートルくらいある、一つ目の人型の魔物だ。

「また、Bじゃないね」

 他の人が請けなくてよかった、と言いかけて、ふと嫌な想像が頭をよぎった。

“呪術の気配は”

「ないけど……。帰ったら、ギルドに聞いてみようか」

 僕らのせいで魔物が強くなっているなら、僕らの目の前の魔物を倒すだけで済む。この場合、僕らはまだ呪術を撒いていることになる。

 他の人の前でも魔物が強くなっているなら……正体不明の危険が、広範囲に及んでいる。

 どちらにしても、厄介だ。

“スキルは使わぬのではなかったか”

 いつもの癖で刀を創り出してしまって、ヴェイグに指摘される。

 思わず苦笑いして、刀は消した。腰の短剣を取ろうとして、それもやめておく。


 五百メートル離れたところで気配を消していたのに、サイクロプスがこちらに向かって歩き出した。

 様子を見るに、僕に気づいたわけではなく、たまたま進む方向がこちらだったようだ。

 サイクロプスは僕の姿を見つけると、猛スピードで迫ってきた。

 一体目が掴みかかろうとするのを躱した動きで身体を反転させて、その勢いのまま軽く跳んで後頭部に蹴りを入れる。

 竜の力も抑えてあるから、首が吹き飛ぶことはなかった。それでもゴキリと鈍い感触がした。

 一体目のサイクロプスが絶命して倒れるのと同時に着地。二体目が突っ込んでくる。

 今度は相手の勢いも利用して、蹴りを鳩尾へ。

 二体目に止めをいれる前に、三体目がどこかから引っこ抜いてきた木を振り回して割り込んできた。怪力だ。

 振り上げた左足で木を受け、それを軸に脚力のみで身体を宙に浮かせる。僕の動きを追っていた一つ目を、上から踏み抜いた。サイクロプスの弱点って、分かりやすい上に無防備だ。

 口から血を流す二体目が、叫び声と共に上から降ってきた。そいつの一つ目にも蹴りを入れて、止めだ。


「頑丈だったね」

“アルハが言うとそうは思えぬのだが”

「その僕の攻撃で、どこも吹き飛ばなかったんだよ」

“確かに”

 スキルも竜の力も使ってない素の状態で殴りつけても、大抵の魔物は身体の一部が千切れるか消し飛ぶ。

 ステータスは最近怖くて覗いていない。スキルの増減を確認するときは数字を見ないようにしている。

 うっかり目に入れてしまった時は、50メガという数字が見えた。なにそれ。


 ドロップアイテムは、拳よりふた周り小さい封石と、サイクロプスの角が1つずつ。

 普通だ。但し、元の難易度のままの場合の話だ。

「これ、他の冒険者は割に合わないよね」

 僕は[ドロップ確率超上昇]という素敵なスキルのおかげで、魔物からは毎回ドロップアイテムが出現する。今はスキルをオフにしていて、それでも2つ落ちたから、かなり運が良い方だ。

 通常は十%ほどの確率でしか落ちない。

 いつもより強くなっている魔物を倒すだけでも大変なのに、ドロップアイテムは据え置きでは納得できない。


「また寄附しておこうか」

“任せる”

 クエストの報酬だけで、一生食べていける程度には稼いである。メルノとマリノも余裕で養える。

 だから、ドロップアイテムはそのままギルドに寄附と称して置いていくことが多々ある。

 寄附したものは換金されて他の冒険者のクエスト報酬に充てられたり、封石はそのまま通信石に加工してギルドの備品になったりしている。


 軽く方針を決めて、町の冒険者ギルドへ戻った。

 中に入り、受付で報告をしていると、周りがざわざわしてきた。僕に気づかれたとかじゃない。

「統括を呼んでくれ!」

 ただならない大声に思わず振り返ると、入り口に怪我だらけの冒険者が何人か立っていた。

「ヴェイグ」

 受付さんに一言断ってから、ヴェイグに治癒魔法を頼んだ。僕が怪我人に近づくと、右腕がすっと動いて、怪我を魔法で治療していく。

「助かる。あんたは?」

 フードを脱ぐと、ギルドカードを提示する前に冒険者が目を見張った。こういうときに限れば説明の手間が省けて助かる。

「その風貌、もしや伝説レジェンド!?」

「何があったんですか」

 冒険者は、かなり腕の立つ人だ。すぐに平静を取り戻して、僕の問いかけに答えてくれた。


「魔物の強さがおかしい。皆、怪我をして、バラバラに逃げた。一人、ここへ辿り着けてないんだ」

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