27 高濃度

 洞穴の中にいる気配は、難易度Dくらいの強さだ。数も、十匹じゃ済まないほどいる。

「アルハ殿、この距離で洞穴の中が見えるのですか」

 スタリーには、僕のことをどこまで話そうかな。

「うっすらと、ですが。ところで、あの中には難易度Fどころじゃない魔物が四、五十匹くらいいるみたいですよ」

「そんな事までわかるのですか。しかし、場所は間違いないはずで……いや、それよりも、今あそこに想定以上の魔物がいることが問題ですね」


 洞穴の入口付近に3匹程いる。視界を共有してヴェイグに見せ、魔物のことを教えてもらった。

“オークに見えるが、それなら難易度はFのはずだ”

「呪術の痕跡は無いんだ。多分、解呪しても何も起きない。……何なんだろうね」

 ヴェイグとごそごそ相談していたら、スタリーは僕が怖気づいたか迷っているかと思ったようだ。

「応援を呼びましょうか」

 通信石を握りしめて、今にも城と話をしそうだ。

「いえ、このまま行きます」

「えっ!? あ、ま、待っ」

 スキルとかのことは、聞かれたらちゃんと話そう。




 立ち上がり、洞穴のすぐ近くまで行くとオーク達に見つかった。一匹が奥にごうごうと何か叫び、残りの二匹が二又槍を掲げて僕に走り寄ってくる。



 僕が強くなるたびに、スキルで作る刀は全体的に白っぽくなっていた。それが、トーシェを受け入れて以降は白という色さえも消えた。

 今握っている刀は、殆ど透明だ。光学迷彩みたいに周囲を少しだけ歪めたような見え方でしか、存在を認識できない。

 その透明な刀を横に振って、近づいてきたオークを二匹とも斬り裂く。

 刀は僕が斬りたいものを斬りたいだけ、しっかり斬ってくれる。

 ごうごう叫んでいたもう一匹の後ろから、オークが続々と出てくる。全部、前に見たことのあるオークより数ランク強い。

「アルハ殿、助太刀を」

 オークにしか見えない魔物だからか、追いついたスタリーが僕の横に並んだ。

「普通のオークじゃないです。危ないので、下がって」

 言っておいて、近づいてくるのを片っ端から斬り捨てる。

「しかし」

「じゃあ、それお願いします」

 一匹を、スタリーに任せた。

 スタリーは両手剣を構えてオークと斬り結んだ。一匹ならスタリーでも勝てる。事実、圧勝した。

「確かに、普通のオークでは、ないですね」

 二又槍の突進を防いだ時に、押されかけていた。それで息を切らしている。

 僕の方は、その間に残りを全滅させておいた。



「洞穴から無限湧き、ってことでもなさそう」

 気配を読んで、ヴェイグに伝える。

 最初の情報が正確なものだったとして、ひと月で到達できる強さじゃない。増え方もおかしい。

“呪術のせいにできぬのが、これほど不気味だとはな”

 全く同感だ。


 念の為に、洞穴の中を確認することにした。

 スタリーさんは当然のようについてくる。見届人だから仕方ないかな。

 常に気配を探りつつ、慎重に進む。何もないと分かっていても、不安が拭えない。

 洞穴の中は曲がりくねった一本道で、脇道はまったくなかった。最奥の行き止まりにたどり着き、そこをスタリーが持っていた松明で照らす。

「なにもないですね」

 正確には、オークが寝床にしていたであろう枯れた草や、壊れた武器の破片、それと血なまぐさい何かの染みがあった。多分、食事の痕だろう。

 生きて動いているものは、なにもない。

「ここの討伐は終わったと考えていいんでしょうか」

「はい」

 ここは、終わった。




 リオハイル城に戻り、王様や騎士団に報告した。ギルドの人にも来てもらい、討伐証明として僕のギルドカードを確認した。

「確かに『異常なオーク』ですね。難易度Dとして処理いたします」

 ギルドカードは魔物の強さもある程度識別してくれる。本当に便利。その便利な魔法も、元をたどると黒竜の欠片だと思うと、少々複雑な気分になる。


 報告を終えた頃にはすっかり日が沈んでいた。謁見、騎士団員と手合わせ、乗馬に魔物討伐と濃い一日だった。

 案内された客室で、装備を解いてソファーにべたりと座り込む。

“珍しいな。疲れたか”

「身体は動くよ」

 主に前半のイベントで気疲れした。

 そしてこの後、まだイベントが控えているらしい。

「王様とネシタさんが、この部屋に向かってる」

 ヴェイグに伝えて、しぶしぶ来訪を待った。




「遅い時間にすまないな」

「いえ。ご用件はなんでしょう」

 本当に部屋にやってきた王様は、僕に楽にするように言うとネシタさんを部屋の外で待たせて、客室のソファーに陣取った。正面の椅子を示されたので、僕も座った。

「実は特に無いのだ。ただ、アルハ殿と酒でも酌み交わしながら話がしたくてな」

 お酒は苦手だと伝えると、王様は「ほほう」と満足気な声を上げた。

「これは本当の話だったな。ジュリアーノに現れた巨大な魔物や、メデュハンの竜を討伐した話も本当かね」

「はい」

 一体何が知りたいのか、よくわからない。とりあえず事実なので肯定はしておく。

「偉大なことを成し遂げてきたというのに、まるで他人事だな」

「できたから、やったとしか。それがどう受け取られるかは、特に考えていません」

「ふむ。では今更、それらの手柄に報酬を与えると言っても受けてはくれないか」

「いりません」

「ははは、これでは誰も御せぬな」

「えっと?」

 さすがに意味がわからなさすぎる。

「アルハ殿。君をどうするか、王たちの間で話があってな」

「僕をどうするか、ですか」

 なんで王様たちが、僕のことを話し合ってるんだろう。

「君は今、世界で唯一の伝説レジェンド冒険者だ。君を所有したい国や貴族は大勢いるのだよ」

 僕の疑問に気づいたのか、リオハイル王が付け加えた。

 所有したいって、僕はモノじゃないよ。

「ジュノ国王は、『どこの誰であろうと、アルハを御するなど無理』と言っていた。果たして、本当のようだ」

 ジュノ国王はオーカの母だ。オーカから話がいってるんだろう。助かる。

「それでも、どんな手段を使ってでも手に入れたいと思っている国もある。まあ、それもジュノ国王が制していたよ。……トイサーチに手を出したら、逆効果だ、とな」

 ちゃんと抑えた。力は暴走しなかった。

 部屋の、いや城中から、ぴしりとなにかにヒビの入った音がした。

「万が一が起きた時、自分を律せる自信ないです」

「そのようだ」

 リオハイル王は再び笑い声を上げると、また話をしようと言って部屋から退出していった。

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