26 仕事を先延ばししてもろくなことにならない
副団長さんに馴れ馴れしかったのは、団長さんだった。騎士団で一番偉い人だ。
ただし、強さは伴っていなかった。一番最後に手合わせしてみたけど、副団長さんのほうが圧倒的に強い。
それで、御前試合も本当は団長の役目なのに、言い訳をつけて副団長さんにやらせたんだそうな。
騎士団で一番強くて二番目に偉い副団長さんが手も足も出なかった相手、つまり僕に、勝てる騎士団員は皆無なわけで。
「では約束どおりに、魔物討伐の任に就いてもらうぞ」
一体何の約束をしていたのか、副団長さんがそう言い放つと騎士団員から明らかな不満の声を上がった。
どうしても行きたくないらしい。
「魔物討伐の任って、今も出ているんですか?」
「半月ほど前に、冒険者ギルドからクエストを依頼された。だが……」
「半月も前!? まだ討伐してないんですか?」
僕が慌てると、副団長さんが怪訝そうな顔になった。
「悠長なことしてる場合じゃないです! 魔物、放っておくとより強くなりますよ」
魔物に寿命はなく、成長し続けることを話すと、今度は副団長さんが慌てた。
側で話を聞いていた団長さんは青ざめた。
「そんな……」
半月程度じゃ強くなるといってもたかが知れている。リオハイルの周辺に、飛び抜けて強い気配はない。
慌ててみせたのは、半月もクエストを放っておいて今もまだグズグズしている騎士団が情けなかったからだ。
「騎士団って、王様や国民を守る人たちじゃなかったのか」
思わずこぼすと、団長がびくりと肩を震わせた。僕の方を向いてなにか言いかけて、結局黙り込んだ。
「もうこの騎士団では手に負えないかもしれないですね。僕が片付けてきます」
まだ持ってた訓練用の剣を近くに居た団員さんにぽいと投げ返して、訓練場を後にした。
「アルハ殿!」
副団長さんが走って追いかけてきた。
「お待ちを」
「はい。僕も聞きたいことが」
立ち止まって、副団長さんが息を整えるのを待った。
「クエストの話は、どこで聞けますか?」
「そのことをお伝えしようかと」
副団長さんに案内されるがままについていくと、訓練場から離れた場所にある小部屋へ通された。
「よっ」
ソファーに座った身体をひねって上半身だけこちらを向き、片手を上げて軽い挨拶を飛ばしてきたのは、リオハイル国王だ。
「王様」
軽く驚いてみせる。
見学の時間はないと言っていたのに、ずっと僕のあとをつけていたのは分かってた。
「君は、どこへ行っても態度が変わらないのだなぁ。感心したよ」
と言われても、僕は誰の前でも僕でしかない。
「アルハ殿、改めて説明させていただきたい」
真面目な副団長さんは僕に王様の横のソファーを勧めつつ、自分は立ったまま、状況説明してくれた。
騎士団が腑抜けなのは今に始まったことじゃない。憂えた王様がテコ入れしようとしても、団長はじめ気位が高くそこそこの権力がある人ばかりで、上手く行かなかった。
魔物討伐のクエストを命じても、難癖ばかりつけて出発を先延ばしにしてきた。
王命に逆らってるのだから、もう既に騎士団は解体が決まっている。知らないのは本人たちばかり。
それでも、最後のチャンスになればと、僕を送り込んだのだとか。
冒険者に勝ったら、クエストへ行かなくてもいい。負けたら、言うことを聞け、と。
「利用する形になってしまったこと、お詫び申し上げます。クエストは、騎士団が放棄した場合、アルハ殿にお願いするつもりでした。本当に、半月以上も放置するとは思いませんでしたが……」
「あやつらにも困ったものだ。尻拭いをさせてしまうようですまんが、頼まれてくれないか。ギルドからとは別に報酬も出す」
副団長さんに深々と頭を下げられた。王様は頭こそ下げなかったものの、申し訳無さそうだ。
「話はわかりました。クエストお請けします。……ところで、僕が今ここに居なかった場合、クエストはどうするつもりだったのですか」
「ひと月、騎士団が動かない場合は差し戻すとギルドに伝えて、承諾もとってあります。報酬の増額分は、騎士団の予算から出すということで。まさか、魔物が成長し続けるとは知らず、浅はかなことをしてしまいました」
「あの場ではああ言いましたが、ひと月くらいならどうってことないですよ。脅かしすぎて、ごめんなさい」
ネタばらしして謝ると、副団長さんの顔が初めて緩んだ。
「そうでしたか、安心しました」
クエストの詳細を聞くと、難易度Fの魔物が十匹、ここから東の森にある自然洞穴に巣食っているとのことだった。
「Fが十匹でゴネてたんですか」
改めて、騎士団に呆れてしまった。
メルノとマリノがいつもこなしているクエストの標的が、難易度Fを三匹だ。
騎士団の人たちの中には、冒険者ランクで言えば
その人達だけで戦っても勝てる相手だ。
「本当に情けない」
副団長さんが沈んだ表情になってしまった。
「すみません、話の途中で」
「いえ。それで、いつ行かれますか」
「今から行ってきます。今日中に戻れると思いますが」
「は? いやあの、まさか、お一人で行くつもりですか」
「はい」
複数匹の魔物を相手にするのは、普通の冒険者にとって難しいらしい。でも今回は相手の難易度が低い。ひとりでもおかしくない、と思う。
“十分おかしい”
瞑想していたはずのヴェイグが律儀に突っ込む。器用だ。
「トイサーチではパーティを組んでますが、それ以外はずっと一人でやっているので」
「しかし、見届ける義務がありますので」
「アルハ殿。足手まといは承知だが、スタリーを連れて行ってやってくれないか」
一旦は騎士団で請けたクエストだから、見届人が必要だという主張は覆せなかった。王様にも頼まれてしまったので、結局副団長さんと一緒に行くことになった。
「改めまして、騎士団副団長の、スタリーと申します。よろしくお願いします」
東の森の洞穴へ辿り着くのに、馬で二時間ほどかかった。
乗馬のやり方はヴェイグに逐一教えてもらって、すぐに乗りこなせるようになった。
スタリーが連れてきてくれた栗毛の馬がすごく賢くて、僕の言うことをよく聞いてくれたおかげもある。
「本当に乗馬は初めてで?」
「はい。この子、良い子ですね」
僕が走るよりは遅いけど、これはこれで楽しい。ヴェイグの気持ちが少しわかる。あと、馬かわいい。
“今更馬ではなぁ……”
移動方法ソムリエは馬では満足できないらしいです。
スタリーに案内され、洞穴から二百メートルほど離れたところで馬から降りた。
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