32 つよい
セイムさん、黒クマに遅れを取ったというのは見栄や誇張ではなく、本当に不運が重なっての出来事だった。
というのも、この国の男性は皆、あの程度の魔物を一人で討伐できて一人前だという。
「僕が居た町、いや、他の大陸では、さっきの熊は冒険者の中でもランクが高い人しか討伐できないんです」
「以前やってきた冒険者の方も同じようなことを言っておられました。それで、『やっていけない』と帰ってしまわれて」
ここで専業冒険者をやろうとしたら、ハインくらいのレベルでやっとということだ。
ということは……。
「僕より強い人がゴロゴロいるのか……!」
“それはない”
僕が興奮気味にヴェイグにだけ言うと、何故かぴしゃりと否定された。
「何でだよ、可能性はあるでしょう!?」
“ならば、訊いてみろ”
「あの、僕も冒険者とはいえ修行中の身でして。こちらの方々がそれだけお強いのなら、一度お手並みを拝見したいのですが」
勢い込んでセイムさんに言ったのに、セイムさんは「ハハハ御冗談を」と一笑に付した。
「黒クマを短剣の一突きで倒したと聞きましたよ。そんなことが出来る人は、いませんよ」
“ほら見ろ”
ヴェイグから追い打ちをかけられるも、僕はめげない。
「あれは、たまたまです。例えばセイムさんは、あの黒クマをどうやって倒すのですか?」
「私ですか? そうですね……素手でしたから、半日も殴り合えば倒せます」
気力と体力がすごかった。
「武器を使うとしたら、どのような」
「あまり得意ではなくて。自分の身を斬ってしまいそうでね」
そう言って、朗らかに笑う。
「しかし、そういうことでしたら後で討伐隊の詰め所へご案内します。そちらの大陸のギルドへ何か便りを出したのなら、そこでしょうから」
昼食をご馳走になった後、討伐隊の詰め所へ案内してもらった。
詰め所の中には、男性が数人、椅子に座ってなにか話をしていた。
セイムさんが入ると皆気さくに挨拶をしていたのに、僕の姿を見ると険しい表情になる。
「どうしたセイム。そいつは?」
「あまり邪険にしないでくれ。私の恩人なんだよ」
セイムさんが経緯を説明して、僕を軽く紹介すると、先程までの張り詰めた雰囲気が一気にほどけた。
「こりゃ失礼した。またどこぞの国からお強い冒険者が来たのかと思ってな」
「マサン、失礼だろ」
マサンと呼ばれた、がっちり筋肉質の男性が皮肉を交えながら握手を求めてきた。
過去の冒険者は何してくれたんだろう。とりあえず、握手を返す。
手を握った瞬間、マサンの眉間に皺が寄り、次に大きく見開いた。
「アルハと言ったか。あんたは前の奴とは違うようだな」
「え?」
マサンは握った手をなかなか離さなかった。目は僕と合わせたまま、何かを探っているようだ。
かと思えば、ぱっと手を離す。
他の人も握手を求めてきて、時間は短かったけど、似たような反応をした。
僕が不思議そうな顔をしていたのに、マサンの次に握手をしてくれた人が気づいた。
「そういや、前のやつも言ってたな。手を握っただけで相手の力量なんぞわからん、と」
「分かるんですか?」
僕は相手の強さを、気配を読むことで推し量ることができる。冒険者の中には、経験が培った勘で強さを感じ取る人もいる。
手を握って、それで何かが分かるというのは初めて聞いた。
「ああ。かといって、うまく説明はできないんだがな。討伐隊に参加して、何年も魔物ばっかり相手にしてると、何となく分かるようになる」
それなら、冒険者は全員やれそうな気がするんだけどなぁ。
彼らと冒険者の違いは何だろう。
さしあたって、冒険者ではなく討伐隊というネーミングが気になる。
「アルハさんは、他の大陸の冒険者ギルドから来てるんだ。何か話を知らないか?」
セイムさんの呼びかけに応じたのは、マサンだ。
「もしかして、前のやつが石ころに話しかけてたやつか? 魔物が強すぎる、人も強すぎる、って」
マサンが通信石に見立てた拳に向かって、情けない声色で語りかける。前の人は結構な醜態を晒していたらしい。詰め所の皆がドッと笑う。
僕は内心頭を抱えつつ、それを肯定する。
「多分それです」
呪術の痕跡が全く見当たらないから、おかしいとは思ったんだ。
念の為に、通信石でここに伝わったと思われる話をしてみるも、皆一様に「心当たりがない」との回答だった。
無駄足、とまでは言わないが、肩透かしは食らった。他の人里でも聞いてみない限りは、確定ではないけど。
「なんだ、それじゃあ用事は済んだのか」
「えっと、はい」
あとは、念の為に他の大陸と同様に一周して、ついでに観光して帰るだけかな。
今後のことをぼんやり頭の中で考えていると、外からカァンカァンと鐘の音が聞こえてきた。
すると、詰め所に最初からいた人は皆一斉に、壁や机に立てかけてあった武器を取った。
「今のは」
「魔物の襲撃だ」
確かに、だいぶ遠くに居たはずの気配が、村に近寄っている。
「アルハも来ないか?」
「いいんですか?」
どうも討伐隊というのは、冒険者みたいに単独や少人数のパーティで動くのではなく、所謂軍隊のような組織に思える。
そこに、勝手のわからない新参者の僕が参加してもいいのだろうか。
「勿論だ。お手並み拝見させてくれ」
マサンは自身の身長より長い三又槍を担ぎ、ニヤリと笑みを浮かべた。
誰かが指示しているわけでもないのに、全員、魔物の気配がする方へ一直線に駆けていく。
僕と同時に詰め所を出たマサンが僕と並走しながら話しかけてきた。
「迷わずついてくるんだな。魔物の居場所が分かるのか?」
「はい。皆さんもそのようですね」
「本当に、前のやつとはぜんぜん違う。あいつが弱かっただけか」
「その、前の人の冒険者ランクってわかりますか?」
「確か
「弱くはないはずなんですけど……」
みんなに合わせた速さだったから、魔物の元へ到着するのに10分程かかった。
一旦手前で様子を見るのかと思いきや、全員、向かっていたのと同じ速度でそのまま突っ込んでいった。
「おおおおおおおお!!」
マサンも雄叫びを上げながら、一気に魔物に詰め寄る。黒クマもいるし、人間大のカエルやトカゲ、毛量の多すぎる巨大なヒツジ、二足歩行の馬などなど、見たことのない魔物のオンパレードだ。
皆、手当たりしだいに武器を振るい、当たった相手と斬り結んでいる。
統率とは無縁のような戦い方なのに、誰かがピンチになるとすかさず助けが入る。よく見ると全員が常に戦っているのではなく、数人は状況に応じて待機している。
“凄いな”
「うん」
思わず戦いぶりを眺めてしまった。僕も参戦しないと。
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