33 良い討伐隊と悪い討伐隊

 邪魔になりにくそうな、待機組の真似をすることにした。

 ピンチの人のところに割り込み、攻撃を止めたり、いっそ止めを刺したりを繰り返す。

 小一時間ほどそうしていて、ようやく魔物がいなくなった。


「すげぇ強いじゃねぇか!」

 最後の1体を倒したマサンが、僕の背中をばしんと叩く。

 それを皮切りに、皆が口々に声をかけてくれた。

「助かったよ」

「こんなに早く終わったの、初めてだ」

「やるなぁ!」

 ついでに背中もバシバシ叩いていく。痛くはないけど、気分がこそばゆい。


 詰め所に戻ると、セイムさんが冷えたお茶を用意してくれていた。

 麦茶に似た味が、火照った身体に染み渡る。体育会系の部活で試合が終わった後って、こんな感じかな。

「ありがとな、セイム」

 セイムさん、皆と馴染んでいるけど討伐隊の一員ではないらしい。

 マサンと幼馴染で、討伐の後は率先して面倒を見に来てくれるそうだ。


 日が暮れて、セイムさんに夕食までごちそうになった。

 マサンも呼ばれ、セイムさんとお酒を酌み交わしていた。

 マサンは独身なので、よくこうして夕食に呼ぶのだとか。

 僕が話を聞きたがると、マサンは機嫌よく話してくれた。


 この大陸では、魔物は天災扱いだ。

 頻度は平均して月に1、2回。年に数回の時もあれば、10日のうちに3回来ることもある。

 例えるなら、殺人的な台風が季節を問わずにやってくる、ってところだろうか。

 決定的な違いは、対処は全て人力で、失敗したら村が一つ壊滅すること。

 危ない綱渡りをしているのに、それが当然のようだ。

「もう何百年と続いてる。今残っているのは、強い人間と強い里。滅多なことじゃ滅びはしねぇよ」

 豪快に笑うマサンは、頼もしいことこの上ない。



“何百年と続いている、か”

 夕食の後、使わせてもらっている部屋で寝る準備をしていると、ずっと黙っていたヴェイグがつぶやいた。

「例の村は違ったよね」

 ヴェイグが過ごした村のことだ。前に聞いた話だと、魔物事情は他の大陸と変わりなかった。

「行ってみようよ」

 どうせ次の当てのない旅だ。気にして悩むくらいなら、現地を直接見たほうが早い。

“そうだな。だが詳しい座標など憶えておらん”

「明日、セイムさん達に聞いてみようか」


 翌朝、早速エイシャという村を知らないかと尋ねた。

「いえ、わからないですね。火山があった? この大陸には火山がたくさんあるのですよ」

 マサン達に訊いても同じで、少し古いという大陸全域の地図を見せてもらっても、それらしい村は見つけられなかった。

「王都にでも行けば、人も情報も多いから何か分かるんじゃないか? って、もう行くのか? もっとゆっくりしていけよ」

 引き止めるマサンに急いでいることを話すと、すぐに諦めてくれた。

「それじゃ、これは餞別だ」

 渡されたのは、白い封筒だ。裏は封蝋で止めてある。

「その印は、この村の討伐隊の印だ。中にはちょっとした書き付けを入れておいた。何かの役に立つだろうよ」

 この大陸の文化には疎いけど、この封筒が重要なものであることは、容易に想像がついた。

「ありがとう。また来るよ」


 セイムさんとティグにもお礼とお別れを言って、村を出た。


 異界を通って、王都テファニアへ。門番さんにギルドカードを見せると、特に問題なく通してもらえた。

「冒険者ギルドはどちらですか?」

「それなら、この先をまっすぐいって3つ目の角を右だ」

 言われた通りに進むと、こぢんまりとした建物に冒険者ギルドの看板がかかっていた。建物は比較的新しいのに、規模は小さな町のそれと同程度だ。

 早速入って受付さんに名乗ると、受付さんが慌てだした。そしてすぐに奥から統括らしき人がすっ飛んできた。ひいい。


「間に合ってよかった。今日中にもこのギルドがなくなるところでした」

 他の大陸のギルドへ一番緊急のヘルプを出していたのは、ここだった。



「魔物に寿命はないという話はご存知ですか」

 受付の裏手にある統括室で、統括ことボーダは、そう切り出した。

「知ってる?」

“いや、考えたこともなかった”

 ヴェイグにだけ聞こえる声で確認しつつ、知らないと答える。

「でしょうね。他の大陸の冒険者ギルドは、そのために魔物を率先して討伐しているのですから」

 冒険者ギルドは、魔物を探し出して倒しに行く。『人に害をなす前に』という理念の元だと聞いていた。

 本来は『魔物が強くなる前に』倒そうというものだったのか。

「人も動物も、成長して強くなり、やがて老いて衰え、そして死にます。ところが魔物は、老いて死ぬことはないのです」

「つまり、成長し続ける?」

「はい。この大陸での魔物の討伐方式はご存知ですか……おお、もう参加してきたと。ではご覧になったでしょう。魔物が強いのは、討伐をせず放置し、成長した結果です」

「人も、他の大陸と比べて強かったですよ」

「魔物の基準が基準ですからね、人々も鍛えられます。ですが、今のままではよくありません」

 魔物は強くなり続けるけど、人はそうはいかない。誰だって寿命がある。

 いつか、魔物の強さがどうしようもなくなる。

 ボーダの懸念は、そこだ。

「王は賢明な方で、国を開いてすぐ我らの話を聞き届けてくださり、こうして王都にギルドを設置することができました」

 待つ討伐から、攻め込む討伐へ。これまでとは全く違う対処方法をもちこんだわけだ。

 よく思わない人も出てくる。

 顕著だったのが、今も前線に立っている討伐隊の人たちだ。

 そして、ギルドからすれば都合の悪いことに、普通の冒険者では歯がたたないくらい強い。

「何度も指導者リーダー以上の冒険者の派遣を要請しました。元々の人数が少ないことは承知の上でしたが、ここまで長引くとは……」

「僕、数ヶ月前には指導者リーダーになってましたが、初耳です」

 そもそも開国の知らせすら、耳に挟んだことがなかった。

 ボーダが怪訝そうな顔になる。僕も、悪い想像ばかりが膨らんだ。


「統括! 討伐隊の方が!」

 話をしていた部屋に、受付さんが駆け込んできた。

 ボーダは立ち上がり、僕に向かって腰を折って頭を下げた。

「到着早々、ろくに説明もせぬままの無礼は後ほど償います。あの連中の相手を、お願いしたい」

 ギルドのホールから、ガシャンガシャンと何かを壊す音がしている。

 マサン達とはタイプの違う討伐隊のようだ。

 ボーダに頭を上げてもらい、ホールへ向かった。

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