10 人として
何度やっても、ラクがどう頑張っても、僕に攻撃は通らなかった。
炎の攻撃魔法が五月雨のように降ってきても、手だけで払い除けてしまえた。
「一体どうなった」
「わからない」
「自分のことなのにか?」
「うん」
一回目の組み手のときとは逆に、ラクが息を切らしている。
“替わってみるか”
ヴェイグに身体を渡し、ラクに軽い一撃を打ち込んでもらう。
「っ! いや、俺には無理だ」
両手を添えて受けたにもかかわらず、ヴェイグはたたらを踏んだ。手も痛そうだ。手に治癒魔法を使ってから、身体を渡された。
「なるほど。アルハの魂に眠っていた竜が起きたかの」
「そうなるのかなぁ」
飛べた時、一瞬だけ自分が竜になったような気がした。
それを、全力で拒否した。
僕は人間で、竜じゃない。竜の力があっても、人として生きたい。
竜の力を使うには、竜の身体のほうが都合がいい。人の身体には負担が大きすぎる。
そういうことを理解した上で、やっぱり人を選んだ。
「身体が壊れない程度に使うよ」
理由や結論に至る過程を説明しなかったのに、ラクとヴェイグは
そのまま異界を通ってメデュハンの町へと戻った。
僕とラクはマントについたフードを深く被って町に入る。
ラクは容姿が良いのでたいへん目立つ。その上、ギルド登録から数日で冒険者ランクが
「人の町はこれさえなければのう」
ラクがフードを邪魔そうに引っ張る。
元々、服を着込む習慣のない竜だからか、ラクはやたらと薄着になりたがる。
その、体つきが、セクハラ発言になりそうだから控えめに言うと凄いので、あまり薄着になられると目のやり場に困る。
僕がはじめに泊まっていた宿は、出てくる食事がどんどん微妙になっていたので、ラクが使った宿屋に移動した。
この町で稼いだクエスト報酬だけで、一人一部屋取っても路銀には全く困らない。
自分が泊まっている部屋に入り、フードを脱いだ時、宿の入口の方から大勢の足音が聞こえてきた。そのうち3人ほどが受付で何か話した後、宿の中を歩き出した。
気配を探ると、そのうちの一人はハインだ。もうひとり、どこかで会った覚えのある人もいる。誰だったっけな。
足音の集団は予想通り、僕の部屋の扉を叩いた。
「東の山の竜が目覚めて、近くをうろついている」
開口一番、ハインがそんな事を言いだした。
僕が泊まっている部屋に人数分の椅子やテーブルはないので、全員立ったまま話を始めた。場を整える暇も惜しいらしい。
「竜って……」
隣の部屋に意識を向ける。その部屋の宿泊客は聞き耳を立てている。様子を見ることにしたようだ。
僕も大人しく話を聞くことにする。
「竜が目覚めたのは、先日刺激を与えた冒険者二人が原因だ」
次に口を開いたのは、知らない人だ。メデュハンの町長さんだそうだ。
「だから、君たちが退治するのが筋かと思う」
「わかりました。すぐ行きます」
僕は即了承して、脱いでいたフードをまた被った。装備も解く前だったし、そのまま出ようとすると、また別の人に止められた。
「アルハ殿!? いくらなんでも、何の準備もなく……」
この人はギルドの統括、ジビルだ。覚えがある気配はこの人だった。
「大丈夫です。竜をなんとかすればいいんですよね? あと、ラクを連れていきます。ハインはもしものときのために、町を頼むよ」
ラクと同行することでソロパーティじゃなくなったし、ハインを自然な流れで置いていくことにもできた。我ながらファインプレーだと思う。ハインもこころなしか安堵の表情をしている。
「何か、必要なものがあればすぐに用意するが…」
あれだけ勢い込んで僕らの責任を問おうとしてきた町長さんが、逆に慌てだした。本気で竜退治に行くとは思わなかったのかな。
「いえ……この話ってもう町の人には伝わってますか?」
「まだ竜を見たという冒険者が数人、報告を受けた者と、我らしか知らぬはずだ」
「それなら、そのままにしておいてください。余計な混乱は避けたい」
「承知した。では、頼みます」
タイミングよく部屋から出てきたラクに声をかけ、そのまま二人で宿を出た。
他の三人も後から出てきて、ハインだけがこちらに近づいてきた。そしておもむろに僕の右手をガッと握ってぶんぶんと縦に振った。
「武運を!」
顔は確実に「ありがとう!」と語っていた。
「面白い男だのう」
町を出て、しばらく徒歩で進んでいると、ラクがそんなことを言ってきた。
「ハインのこと?」
「うむ。儂を矢鱈と怖がらなければ、もっといいのだがの」
「ラクがハインとパーティ組んだら慣れるんじゃない?」
「そうしたら、魔物は儂が全部倒してしまうでな。儂と組めるのはお主ぐらいよ」
「魔物倒すだけがパーティじゃないよ。……で、そろそろいいかな」
町の方を見る。人も建物も、かなり遠ざかった。
「竜に、心当たりは」
それでも念の為、声は潜める。
「ある。というか、儂の関係者で間違いなかろう。結局、町やアルハに迷惑をかけてしまったのう」
ラクは申し訳無さそうに目を伏せる。
「ラクを責めてるわけじゃないんだ。僕が聞きたいのは……」
僕の懸念を伝えると、ラクは驚いた顔をして僕を見上げた。
「そんなことを、気にしておるのか」
「するでしょ普通」
“普通か?”
ヴェイグにまで突っ込まれた。
「だって、ラクの知り合いなんでしょう? それに竜は魔物じゃないし」
問いかけたのは、東の山に新たに現れた竜を、倒していいのかどうかだ。
魔物は生き物じゃないから、最近ようやくあまり抵抗なく討伐できるようになった。
食料の調達のために、動物を狩るのにも、だいぶ慣れてきた。
竜は、人に害をなすこともあるから無理やりカテゴリ分けすれば、害獣になるだろう。
「人と共存できてるとこ、見てるからなぁ」
ラクは完全に人の町に馴染んでいる。道具屋で値切り交渉したり、服屋の店員さんと仲良くなって可愛い服を選んでもらったりと、人の女性と何ら変わりはない。
もし誰かがラクを討伐しに来たら、僕はラクの味方をする。
「人でも、あまりの悪人ならば磔にするのじゃろう?」
この世界は割と簡単に人が死刑になる。魔法や魔道具で冤罪チェックができるから、間違いは殆どない、らしい。
「うん」
「それと同じじゃ。竜を見て、アルハが決めい」
僕が決めていいことなのかなぁ。
少し難しいことを考えていたせいか、頭上から降ってくる巨岩にギリギリまで気づけなかった。
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