2 青い男の名はハイン

 結局、その日の内に町の散策へ繰り出すことはできなかった。


 ハインは数日前にこの町に到着し、緊急クエストが出ていたのを知ってすぐに請け、先程帰還したところだそうだ。

 相手は難易度Aが3から5体と聞いていて、いざ遭遇したらAが7体、更に他にも10数体の難易度D~Bの魔物がいたとか。

“アルハ、言っておくが”

 僕がハインの話をふーんと聞いていると、ヴェイグがそっと忠告してくれた。

英雄ヒーローといえど、複数の難易度Aを一人で攻略するのは至難の業なのだぞ”

「それは凄い。怪我はしませんでしたか」

 僕の反応が薄かったのは、驚きすぎて声も出ない、と解釈してくれたようだ。慌てて言葉を付け加えると、ハインは得意げな顔になった。


 ハインの要望が先に聞き届けられ、今回の接待……じゃなくて歓待は、飲み会形式になった。

 始まってからずっと、ハインは僕の横に陣取り、武勇伝らしきことをペラペラと喋っている。

 他にも参加者は二十人ほどいて、ハインが僕に語る話に耳を傾けている。参加者の表情が、どこか諦めた雰囲気なのが気になる。


 さっきヴェイグに言われたとおり、普通の人は相応のランクの魔物1体を倒すだけでも大変なことのようだ。

「アルハはどうだ、どんな魔物を倒してきたんだ?」

 僕はその……森の魔物約10万匹をまとめて倒したり、難易度Sを10体倒したり、難易度SS相当の変なやつを倒したり……なんてことは言い辛いし、喧伝するつもりもない。

「ハインに比べたら対したことないよ」

 僕のこの返答に、ハインは満足げな笑みを浮かべた。

 そしてさらに、己の話をどんどん継ぎ足してきた。


 僕は只管、ハインの話に相槌を打ち、自分のことを聞かれたら波風立てない程度に濁して答えた。

 うーん。早く終わらないかな。

 ヴェイグは中で、船を漕ぎはじめた。羨ましい。



 ギルドハウスを出た頃には、すっかり夜も更けていた。

 宿へ戻り、ご主人に夜食を頼んで部屋へ入った。歓待の席の軽食をつまむ暇はなく、殆ど飲み物しか口にしていない。流石に何か食べておきたい。

 荷物を置いて椅子に座ってブーツを脱ぎ、用意されていた水桶と手ぬぐいを使って足を拭いた。

「なんか疲れた」

“大変だったな”

「寝てたね」

“すまん”

 呪術の痕跡は、デュウ大陸が一番多かった。その次にアーノ大陸。この2つは地理的に近い位置にある。

 今いるトリア大陸はその2つから離れているためか、痕跡の数は格段に少ない。港町を出てこの町まで、数箇所[解呪]をしたきりだ。それでも、念の為に大陸中を回るつもりでいる。

 自力で得られる手掛かりが少ない分、町やギルドで得られる情報が重要になってくるというのに、今日は一日ハインの話で潰れてしまった。

 しかもそこから、呪術に結びつくような話題は一切出てこなかった。

 明日からの行動を相談している間に、宿の人が夜食を持ってきてくれた。具が殆どないスープをさっと胃に入れて、寝る支度をする。

「ヴェイグ眠れる?」

 結構ガッツリ寝てたもんなぁ。

“起きていてもやることがないからな。まあ、眠れなかったら身体を借りるかもしれん”

 身体を借りるっていうのは、この共有してる身体をヴェイグの意思で動かすって意味だ。

「わかった。じゃあおやすみ」



 結局ヴェイグもすぐ眠ったようだ。そんなに眠って体調でも悪いのかと心配すると、違うと返された。

“中にいると眠りやすい”

「え、どうだったかな」

 僕がメインで使っている身体だから、夜に中で眠たことが殆どない。

「今度、僕が昼に長時間、中にいることがあったら試してもいい?」

“うむ”

 次の実験案件が決まった。



 昨日聞けなかった話を聞くために、冒険者ギルドへ向かった。昨日、僕をアルハだと大声で発表した受付さんは、今日は見当たらない。なんとなくホッとする。

 統括には話を通してあるから、受付さんに僕が来たことを伝えるだけで統括が来てくれるはずだった。


「アルハ様、あの……」


 英雄ヒーローになってから、様付けで呼ばれることが多くなった。こそばゆいからやめて欲しい……って今はそれどころじゃなさそうだ。

 受付さんが申し訳無さげになにか言い出そうとした時、ギルドの奥から怒声が響いた。

 怒声は、昨日散々聞いたハインの声に聞こえる。あー、嫌な予感しかしないなぁ。

 受付さんに目配せすると、怒声がした方を指差して首を横に振った。僕は「大丈夫」って意味で片手を上げて、指さされた方向へ向かった。



「俺一人で十分だ!」

「しかし相手は難易度も付けられないほどの」

「それが何だっていうんだ、俺はいつも一人で……」


 怒声の主はやはりハインで、その相手はここのギルドの統括、ジビルだ。ジビルは恰幅のいい40代くらいの男性で、ハインの勢いに気圧されつつも、ちゃんと会話しようとしてる。

「声が外まで聞こえてますよ。何があったんですか?」

 開きっぱなしの扉に義理でノックを入れてから、二人に声をかけた。

 装備をしっかり着込んだ状態のハインと、困り顔のジビル。漏れ聞こえた会話の内容も合わせると、ハインが何か強い魔物を単独討伐したいと直談判しにきたってところだろうか。

 ジビルは僕に気づくと、安心したような顔になった。

「アルハ殿、すみません、約束を……」

「む、先客とはアルハのことだったのか」

 ハインも僕に気づくや、急にトーンダウンした。

「言おうとしていたじゃないですか」

「それは……すまなかった」

 ハインが素直に非を認め、なんとか落ち着いてくれた。


 蹴倒されていた椅子をもとに戻して座ると、ハインが「同席させてくれ」と一言断ってから隣りに座った。

「失礼しました、アルハ殿。まずは約束していた話の件ですが」


 最近、怪しい術を使う人を見たり、魔物がやたらと強くなったりしていないか。

 僕らが投げた質問は、概ねそのような内容だ。

 結論から言うと、ギルドには心当たりがないという回答だった。

 魔物についても、冒険者からそのような話は聞いておらず、適正難易度のクエストを請けて深刻な事態に陥る割合が増えたりもしていないという。

「何故そんなことを尋ねているんだ?」

 ハインに聞かれて、ジュノやディセルブで起きたことを掻い摘んで話した。出てくる魔物の強さは、少々ぼかした。

「別の大陸の出来事とはいえ、放ってはおけないな。俺の方が済んだら、手助けしよう」

 キリッとした顔で言われてしまった。どうしよう、断りたい。

「えっと……ハインの方っていうのは?」

 最初にここで揉めていたのは、呪術絡みじゃないようだ。

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