1-7-2 ふたりでクエスト

 僕が居た世界から見て異世界であるここで目覚めてから5日目。

 2日目に冒険者になってから、毎日クエストをこなしている。

 一般的な冒険者というのは、クエストを1回達成できたら何日か休むものらしい。

 クエストの殆どは魔物の討伐だ。魔物と戦うことは、大変体力を消耗する。

 一番下の難易度のクエストでも、その報酬で数日は生きるに困らない額になるから、それで十分というのもある。

 …と、ヴェイグにもギルドの受付さんにも言われた。


「まだまだいけるよね」

“そうだな”

 転生によってチート能力を得た僕たちは、この日も討伐目標の魔物を十体倒して、なお余裕があった。


 以前の僕の運動能力はごく普通だった。体育の成績も、良くて中の上くらい。大学生になってバイトをするようになってから、体力は少しはついたかな? という程度だ。

 それが今や、ヴェイグの短剣で大抵の魔物の首を一撃で切り落とせるし、一日中動き回っても、ほとんど疲れない。

 何キロ走っても息が切れなかったときは、自分のことながら若干引いた。


 頭上に気配を感じて半歩避けたら、上から木の実が落ちてきた。木の根や地面に当たりカツンと堅そうな音を立てて転がるそれを、なんとなく拾ってみる。手のひらに収まるサイズで、胡桃に似てる。

“ワナットの実か。当たらなくてよかったな”

 気配を感じる、っていうのも、チートと一緒に得たスキルのおかげだ。

「これ、僕が知ってる木の実に似てる。もしかして、食べられる?」

“殻を取り除けば中身はそのまま食える。だが…”

 実をぐっ、と握りしめる。入れる力を徐々に強くしていくと、手の中でバキン、と殻が割れる音がした。

“金槌か、専用の器具でも使わんことには、殻は割れんぞ、と言おうとしたのだが”

「え」

 手を開くと、砕けた殻がパラパラとこぼれ落ちた。

 胡桃に似てる時点で、殻がすごく硬いのも連想してたのに。握力もゴリラレベルになってたのか…。


 ワナットの実は、味も胡桃に似て美味しかった。



 まだ陽は高いところにある。もう少し魔物を討伐することにした。

 今日請けたクエストの討伐目標は、難易度Dのウェアウルフ。二足歩行し武器を使う狼だ。

 [気配察知]で周囲を探り、魔物がいる場所へ向かおうとして、躊躇う。

「先客がいる」

 ウェアウルフの近くに、人の気配もあった。僕と同じようにクエストを請けた冒険者だろう。

“どんな状況だ?”

「ウェアウルフが3匹で、人が2人。大丈夫かな」

 この時の僕はまだ、気配だけで人の体調を把握することは出来なかった。

“1匹で達成するクエストだったな”

 一般的な冒険者は、1回達成できたら何日か休む。

 つまり、一人につき1匹倒せば上出来のはずだ。

 僕はまっすぐ、その気配の元へ向かった。



 冒険者が2人、ウェアウルフと対峙していた。

 ひとりは男性で、長剣を両手で構えてウェアウルフの1匹と切り結んでいる。

 もうひとりは女性。こちらは男性の後ろで肩を押さえ、杖にすがるようにして座り込んでいる。


 ウェアウルフは3匹いたはずだが、1匹はここへくる直前に倒されていたようだ。

 あとの1匹は?

 辺りの気配を探ると、女性の後ろの茂みにいた。どうやら隠れて様子をうかがっているようだ。

 男性がウェアウルフの剣を弾き返すと同時に、隠れていたウェアウルフが茂みから飛び出そうとした。


 そのウェアウルフに向かって投げた短剣が喉笛に突き刺さり、そのまま静かに倒れた。


「稲妻よ!」

 座り込んでいた女性が、立ち上がって魔法を使う。

 杖の先から稲妻が走り、男性と対峙していたウェアウルフの胴を貫通した。


「ヴェイグ」

“わかっている”


 今来ました、という体を装って、2人に近づいた。

「雷が落ちたような音がしたから気になって…大丈夫ですか?」

「ああ…あんたは?」

「クエストを請けて、対象の魔物を探してるところです。治癒魔法使えますよ」

 魔法が使えるのはヴェイグの方だけどね。

 女性が再び座り込んだのを見て、近づいてヴェイグに身体を渡す。

 ヴェイグは女性の肩に手をかざし、治癒魔法を使ってくれた。

 傷があっという間に塞がったところで、再び交代する。

「凄い…ありがとう」

 女性が肩の具合を確かめつつ、お礼を言ってくれた。

「じゃあ、僕はまだクエスト達成してないので。気をつけて」

「あっ、おい、あんた、名前は?」

 名乗るほどのものではありません、って言ってみたいけどいざとなると恥ずかしい。

 背中を向けて手を振って、その場を速やかに後にした。

 この世界の人達は、恩を倍返ししたがる。

 通りすがりにできることをしただけだから、過剰に受け取るのはなにか違うと思うんだ。


「ありがとう。いつも、ごめん」

 またヴェイグの魔法を、僕自身が使えるみたいに発言してしまった。

“気にするな”

 ヴェイグは毎回こう言ってくれる。


 二人組の気配がその場から町へ移動しはじめてしばらくした頃、その場所へ戻った。

 こっそり倒したウェアウルフからヴェイグの短剣と、ドロップアイテムを回収する。


 この後は、特に何事もなくウェアウルフの討伐を続けて、日が暮れかけた頃に町へと戻った。



 ギルドハウスへクエストの報告をしに行くと、先程の二人が待っていて、結局お礼を受け取ってしまった。


「治癒魔法って遠距離で使えたりしない?」

“今ならやれるかもしれんな”



 この時ヴェイグに提案した遠距離治癒魔法は、今も重宝している。

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