25 VSキマイラ

 目の前のキマイラは、この前のヒッポグリフに似てる。[弱点看破]を発動させると、弱点は意外にも、首の後ろ一点のみだった。

 ただし、分厚い鱗に覆われている。刀が通るか不安なぐらい、硬そうだ。


 ごう、と発せられた音波攻撃を、[音波]で打ち消す。広い空間とはいえ飛ばれるのは厄介だから、まず翼を斬り落としたい。数歩で距離を詰めて顔を斬りつけ、怯んだところで背後に回る。

 翼を狙おうとしたら、尾の蛇に阻まれた。僕の頭を余裕で飲み込めるだろう口から、明らかに毒のある牙が覗く。思わず刀を振り、蛇の首を弾いて一旦飛び退く。

 その頃にはキマイラ本体が体勢を整えていて、また距離を離されてしまった。


“苦戦しているな。いつもの手は使わぬのか?”

「躱される気がするんだよ。刀も通らないし」

 いつもの手は、空中に刀を創って落とすやつのことだ。スキルで創る刀は切れ味はいいけどキマイラを貫くには重さが足りない。

 さっきからの斬り付けも、全部どこかを斬り落とすつもりでやっている。皮膚が堅いというか、刃が通じにくい。

“物理攻撃が通らぬなら、俺の出番だな”

「あ、そうか」

 最近どうも脳筋寄りだ。



“弱点は首の後ろ、胴との境目のあたり”

「わかった」

 ヴェイグが右腕を振るうとその軌道上に炎の槍が何本も出現した。

 その全てがキマイラに命中すると、キマイラはあっさり炎上して動きを止めた。

 まだ燃えているキマイラにヴェイグが近づく。炎に触れているのに、こちらの身体や装備が焼けることはない。

“これどういう仕組み?”

「燃やす対象を定めているだけだ。アルハが[威圧]の対象を選んでいただろう。それを真似た」

 魔法の炎で真似できるものなんだろうか…ヴェイグ凄い。

 手に炎が集まり、剣の形になった。

 燃えるキマイラの背に飛び乗り、それでキマイラの首の後ろを突く。

「このあたりか」

“うん”

 答えると同時に、炎の剣が光量を増し、キマイラの弱点を貫いた。


 既に炎で喉まで焼けたキマイラが、断末魔を上げることはなかった。



「魔法陣を詳細に記録したい」

 キマイラの死体が消えたのを確認した後、ヴェイグがそんなことを言い出した。

“時間かかるなら、オーカに連絡しておこうか”

「そうだな」


 交代して、通信石を取り出した。


『アルハ、無事?』

「無事だよ。ただ、魔物は倒したけど、また魔法陣から出てたんだ」

『そこにも魔法陣あったの!?』

「かなりの大きさでさ、流石に持っていけないからこの場で記録して、壊しておく。だから、先に城へ戻ってて」

『わかった。気をつけて』


 この洞窟と村はかなり離れてるけど、城からの直線距離はそんなに遠くない。

 ローブの人たちは非力だし、セネルさんに人と馬車を寄越してもらえばなんとかなるだろう。


 通信が終わって再びヴェイグと交代した。

 ヴェイグは最初から持ち歩いてるポーチを探り、中から紙の束とペンを取り出した。ペンはカートリッジ式の万年筆みたいなものが一般的に使われていて、ここにあるのもそれだ。

“そんなの入ってんだ”

「旅では、何が必要になるかわからぬからな。他にも色々と入っている。というか、アルハはこの中を検めていないのか」

“ヴェイグの私物だから、あんまり覗くのもよくないかと思って”

「何を今更。後で何があるか把握しておけ」

“そうするよ”


 そんな会話をしながらも、ヴェイグは紙にサラサラと魔法陣を書き写していく。

 紙のサイズはA4くらいだろうか。対して魔法陣は体育館くらい大きい。何枚にも分けて描いているのに、確認で、と並べれば完全な縮小版になっている。

 曲線も、複雑な文字や模様も、完璧に書き写せている。

“凄い。なんでそんなに正確に描けるの?”

「元の図を小さく写しているだけだぞ」

 ヴェイグは至極当然のように言う。あ、これ天才肌タイプだ。感覚で描けちゃう人だ。絵心のない僕には一生及ばない才能だ。

 筆記用具は結果的に役に立ったけど、ヴェイグはもしかして絵を描くのが好きなのかな。

 今度聞いてみよう。


 芸術的な作業に魅入っていると、またゾワゾワと胸騒ぎがした。魔法陣の真ん中にまた気配が集まっている。

“ヴェイグ、また出てくる”

「む、時間をかけすぎたか。写し終わった部分は壊すべきだったな」

“今から壊しても遅い?”

「だろうな」


 出現の瞬間は、僕の目でも捉えきれなかった。

 キマイラが、魔法陣の真ん中に立っていた。

“魔力足りてる?”

「殆ど減っていない」

 こちらもさっきと同じ、炎の槍をキマイラに向ける。燃える。止めを刺す。

“秒殺…”

「アルハ程ではない。相手は1匹だけだしな」

“ティターンのことなら、最初はかなり手こずったよ”

「謙遜する必要はない。俺はいつも、アルハの戦い方を参考にしている。発想が柔軟だ」

“なんだよ急に”

 そんなに褒められると、照れる。

「魔法陣の一部を、この前のように剥がせないか? 少しでも現物があったほうが、調べるのに役立つだろう」

“やるよ。壊していい場所教えて”


 交代して、ヴェイグの指示通りの場所を短剣で剥がす。片手で抱えられる程の石版にして、無限倉庫に仕舞っておいた。


 あとはヴェイグが写し終えた場所を壊して周り、また交代して、今度はヴェイグが写しながら壊していった。

 3体目のキマイラは出現しなかった。



 転移魔法で城の客室へ行くと、オーカ達はまだ帰ってきていなかった。

 セネルさんに聞けば、迎えの馬車と兵士は出したそうなので、小一時間もあれば到着するだろうとのこと。

「手伝いに行ったほうがいいかな」

 馬車はあっても、ローブの人たちは10人はいた。オーカたちに使っていた縄で拘束してあるとはいえ、4人で10人を追い立てるのは大変だろう。

「ご心配には及びませぬ。先程、兵士たちと合流し、万事順調との連絡がありました」

 セネルさんが右手の通信石を僕に見せるように振る。

「アルハ殿には感謝の言葉もございません。この御礼は改めて致しますゆえ、今宵はゆっくりお休み下さい」

「いえ、お礼は…あ、はい」

 ただ仲間を助けただけだから、お礼をされる程のことはしてない。

 けど絶対折れてくれないのはいい加減分かってきたので、こっちが折れることにした。


 小一時間ほど自室で装備の点検をしていたら、オーカ達の帰着を知らされた。

 ローブの人たちは全員速やかに投獄され、オーカ達からも改めてお礼を言われた。

 皆疲れてるだろうから、諸々の話は明日にしよう、ということになった。



 その後の夕食は、いつも豪華なのにさらに派手だった。

 ほんとお礼はこれだけで充分なんだけどなぁ…。

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