34 滅びた王国の惨状

 ディセルブ国は、王政が崩壊したことにより、国家は滅亡したとされた。

 住んでいた人や建物はそのままに、王だけが居なくなり、今は冒険者ギルドのようなところがまとめている。


「元々、砂上の楼閣だったのだ。支配しかできぬ為政者など、滅びて当然だ」

 ヴェイグはさっきから口さがないことを、僕にだけつぶやいてくる。タルダさんには遠慮があるようだ。


「王族は私や姉上、他にも何人かが落ち延びました。一時は国外で細々と暮らしていたのですが……」


 二十年前から、スキル使いが生まれるようになった。伝説の再来だと、王族の殆どが王権復古を期待して国へ戻った。


「民は受け入れまい」

「ええ。私は止めるためにディセルブへ戻りましたが、成長したスキル使い達が増長しまして」


 伝説では、1人につき1つのスキルを持っていた。ところが、今いる7人は皆、3つのスキルを得ている。

 たった7人のスキル使いが、ギルドの冒険者や元国民たちを蹂躙し、人々を無理矢理支配している。


 今回のこの船は、スキル使いたちが人々を使って強引に造らせた、魔力で動く飛空船だ。これで他の国をも支配しにきたというのだ。


「船と、スキル使いだけでか?」

「そのつもりのようです」

「浅慮にも程があるだろう……」

 今日のヴェイグはよく頭を抱える。


「船はまだ、この1隻だけです。船の使用については7人で話し合って決めるということでしたが……イーシオンが抜け駆けしたのです」

「この地を選んだ理由は?」

「理由はありません。『行けるとこまで行け!』と命令され、この地で移動用の魔力が尽きただけです」

「阿呆か」

 それタルダさんに聞こえるやつだよ!

「ええ、全く」

 ああ……。


「私はイーシオンの抜け駆けを察知して……というか、バレバレでしたので……道中の補佐を買って出て、ここまで来ました。結果、何も出来ませんでしたが……」

「いや、ここでタルダと会えたのは僥倖だった」

「兄上にそう言って頂けるなら報われます」


 話が一区切りしたところで、ヴェイグは僕に話しかけてきた。

「アルハ、できればディセルブを……というか、民を救いたい。あんなのに支配されるのは不幸でしかない。勿論これは俺の我儘で、身体はアルハのものだから、アルハが行きたくなければ、無理にとは言わん」

“行こう”

「そうか、行くか……行くのか!?」

 ヴェイグのノリツッコミって新鮮だな。


“さっきも言ったけど、今更だよ。ヴェイグの故郷が困ってる上に、他にも迷惑掛けそうなんでしょ? 行かない理由のほうが見つからない”

「相手はスキル使いだ。恐らく、いや絶対アルハ頼みになると思うのだが」

“任せとけ”

 僕が軽く請け負うと、ヴェイグは少し肩の力が抜けたようだ。

「礼を言う」

 一瞬だけ左手の主導権を貰って、グッと握りしめた。



 まずは動力部へ行って魔力を補充した。船を安全な場所へ移動させて降ろすにも、魔力が足りなくなっていたそうだ。


「ここに触れて、魔力を流してください」

 動力部のメカニックさんに、大きな試験管のような管の前に案内された。赤い液体が数ミリだけ溜まっていて、ちゃぷちゃぷしている。魔力を液体化する技術があるんだそうだ。詳しい説明もしてくれたけど、僕にはよく分からなかったよ……。


「この船は百メートル動かすだけで百の魔力が必要なんですよ? 一人でどうするんです? 他の人はもう空っぽだし」

 紫色の髪をバンダナでオールバックにした女性のメカニックさんが愚痴る。

「これ、どのくらいまで貯められるんですか?」

「もしかして貯蓄量の最大値を訊いてます? あんまり意味ないですよ。ちなみに十万です」

「半分か」

「は?」


 魔力を操作して、左手から流し込む。半分くらい送ったところで赤い液体は管の縁ギリギリまで溜まった。


「これでいい?」

「え、ええっ!?」

 メカニックさんが僕と試験管を交互に見て、僕の左手をごつい手袋をはめた両手でガシッと掴んで胸の前まで持ち上げた。

「すっ、すごい! どれだけ魔力持ってんですか!? どこの大賢者様!?」

「あの……」

「ニール、アルハ殿が困ってらっしゃる。手を放しなさい」

 タルダさんが割って入ってくれて、僕は解放された。


「ご、ごめんなさいっ! 興奮してしまって……ああ、貴方はこの船の救世主だわ……!」

「少ない魔力をやりくりしてきたのです。許してやって下さい」

 技術屋さんって何処の世界でも苦労してるな。



 船を着陸させる前に、先に一人で降りた。今度は魔力で創った槍を掴んでぶら下がるんじゃなく、踏みつけるように乗ってみた。

“自由落下とはまた違う赴きだな”

 移動方法ソムリエさんいつもお疲れさまです。



 家の前に降り立つと、メルノ達の他に、冒険者ギルドのデュイネ統括や、受付のレイセさんが来ていた。

「アルハさん! ご無事ですか!?」

 メルノが真っ先に駆け寄ってきた。

「ただいまー。無事だよ」

 僕が無傷をアピールしていると、デュイネが怪訝な面持ちで近寄ってきた。

「船まで飛んでいったと聞いたのだが……説明してもらってもいいか?」

 メルノがギルドに報告しておいてくれたようだ。


 デュイネに船であったことや、そのうち代表の人が来ることを伝えた。


「それで、ディセルブの問題解決にアルハが出向くと」

「無縁の土地ではないので。それに、放っておいたらまたこんなことが起きますから」

 ギルドの人たちにはヴェイグのことを話していない。船での出来事も、僕が話をつけてきたという体を装った。

 ヴェイグの話を自分のものにするようなことはしたくないけど、今は仕方がない。


 暫くしたら、船が少し離れたところで下降を始めた。

「私はギルドに戻ったほうが良いのだろうな。出発はいつだ?」

「早ければ、今夜かと」

 タルダさんなら、ちゃんと話し合いが出来る。それでも話が長引くかもしれないし。

「分かった。それと……後のことは心配いらんぞ」

「……ありがとうございます」

 メルノ達のことだ。お願いしようと思ってたのに、先を越された。ありがたい。


 デュイネ達が去っていくと、マリノが僕の右手を握ってきた。

「ベーにい起きてる?」

「うん」

「ベーにいと交代して」

「わかった」


「どうした?」

「コマちゃん、1匹貸す」

 マリノが握った手に魔力を集め始めた。いつもの召喚魔法に見えるけど、召喚の前兆である光は、ヴェイグの右手に吸い込まれて消えていった。

拒魔犬こまいぬか。こんなことをして大丈夫か?」

「1匹だけだから平気。他のコマちゃんと、どこでもお話できる」

「そうか。ありがたく借りていこう」


“今、何をしたの?”

「マリノの精霊を1体借り受けた。通信石代わりにしろということだろう」

“そんなこと出来るんだ”

「他人に精霊を貸すなど、本来高度な技術なのだがな。マリノも底が知れん」

 ヴェイグが満足そうな笑みを浮かべる。そうか、マリノすごいな。

「それより、もう用事は済んだようだ。代わろう」

“あ、うん”

 急かされたので、また交代する。マリノはもう手を放して、メルノの横に立っていた。メルノは、僕を見上げていた。


「私は……お渡しできるものがありませんが……」

「重要な役目があるじゃない」

「え?」

「また、ここで待っててくれる?」

「……はいっ」



 タルダさんとギルドの話し合いはスムーズに決着した。

 僕は夜のうちに、船に再び乗り込んで出発した。

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