狼少年はお姫様
@west8129
第1話
ガタガタと揺れるバスは、曲がりくねった車道を蛇行しながら下って行く。
学生で混雑した車内で、座席に座れたのは幸運だった。
「う~ん」
しかし、そんなささやかな幸運などまるで目に入らないくらい、私、歌敷舞子は猛烈に悩んでいた。
「さっきから一体何をそんな難しい顔してるのよ」
隣に座る委員長が文庫本を片手に、怪訝な表情で訊ねてくる。
委員長こと斉藤雪は、私、歌敷舞子の数少ない友達である。
ショートヘアの髪に髪留めをして、眼鏡を掛けた姿は、いかにも優等生な雰囲気を醸し出していた。出会った頃は事務的でクールな印象だったのだけど、じつは責任感
があり、優しい所もある、ちょっとおっちょこちょいな、いまどきの女の子だった。
ひと月ほど前に学校で起きた不審者騒動の際に、私を助けてくれた縁で、こうして友達になったのだった。
「それがね、森部長から厄介な頼み事されちゃって」
「森部長って裁縫部の?パッと見た感じだと部員にも好かれてそうな印象だったけど、じつは面倒な事を押し付けてくるようなタイプだったの?」
委員長は、以前に部活見学した際に見た部長の感想を述べる。
「そんな事ないよ、森部長はいい人だよ。頼まれ事も面倒ってわけじゃないから」
「なによ、それ」
「私はただ言伝を頼まれただけと言うか…」
「なにか言い難い事でも頼まれたの?」
「うん、そんな感じ」
「だったら断ればいいじゃない」
「今更、断り辛いし。それに森部長からもすっごい真剣にお願いされちゃったからさ…」
「じゃあ、もうその言伝とやらをさっさと済ませちゃえばいいじゃない」
興味をなくしたのか、委員長は視線を文庫本に戻す。
「ん~だから、それを悩んでるんだよ。ねぇなんとか協力してよ、委員長~」
「どうして私がっ」
バスは僅かに揺れると、交差点の手前のバス停に停車する。
ぞろぞろとバスから降りる生徒たちに混じり、私たちもバスから降りる。
「そもそも、その言伝って誰に伝えるように言われたのよ?」
「誰って、わざわざ私に頼むんだよ」
さきほど、バスで下ってきた坂道を見上げる。すこし先に本道から逸れた脇道が見える。舗装された一般道とは違い、そこは鬱蒼とした草木が生い茂り、日中でも薄暗く足場も悪い山道になっていた。
その山道をしばらく進んだ先には、古い洋館がひっそりと建っている。
そしてその洋館には、ひと月ほど前に私たちのクラスに転校してきた姫守九狼くんが、お祖母さんとお母さん、そして姫ちゃんという名のワンちゃんと一緒に暮らしていた。
「…もしかして、姫守君?裁縫部の部長が姫守君に一体何をお願いするのよ?」
察しの良い委員長はすぐにその誰かを言い当ててしまう。
「委員長、家庭科室の奥の準備室にドレスがあったの憶えてる?」
「ええ、憶えてるわ。裁縫部が何年もかけて制作してる、あの純白のドレスの事でしょ?文化祭の時だけ展示してる。以前、見学させてもらった際に、記念に見せてもらったわね」
そう、私と姫守君は委員長の案内の元、様々な部活を見学してまわった。そして裁縫部を訪れた際に、森部長からお姫様が着るような素敵なドレスを見せてもらったのだ。
「そのドレスが問題なんだよ」
「ちょっと待ちなさい。それがどうして姫守君と関係あるのよ。まさかドレスの制作を手伝えとでも言うつもり?」
「いやいや、まさかそんな事は頼まないよ。…まあ、そっちの方が気は楽だったけど」
「?」
まるで分からないという様子で、委員長は首をひねる。
「森部長はね、最近意欲がもりもり湧いてきたらしくて、夜の五時まで学校に残ってドレスの制作に続けてたの。いよいよ完成も間近に迫ってきたある時、ふと思い悩んだんだって」
「思い悩むって、何を?」
「毎年毎年、文化祭の時に展示されてるだけじゃドレスが可哀想だって。私も一度で
いいからあのドレスを誰かに着てもらいたい。そうして初めて裁縫部が代々受け継いできたドレスは完成する、って言ってた」
「だったら自分で着ればいいじゃない」
至極もっともな意見ではあったが、それで済むならここまで悩んだりはしない。
「委員長も見たでしょ、あのドレス。下手したら腰の辺りがビリッといっちゃうよ」
元々、サイズは制作が始まった当時の女性部員たちが理想と妄想を掛け合わせて、一切妥協を許さずに始めてしまったため、体格の良い森部長ではドレスが耐えられそうになかった。
もし仮に、ドレスのサイズがあったとしても、部長は着なかっただろう。部長の顔立ちは眉が太く、目鼻もキリっとしていてどちらかと言えば男性的だった。私も含め、部員たちからもよく「部長男前です!」なんて言われていた。
「じゃあ、一体誰に……ちょっと待ちなさいよ。まさかとは思うけど……」
ようやく答えに辿り着いた委員長は、目を見開きこちらを睨みつける。
「はい、そのまさかです」
「は、はああああぁぁぁーーーーー?!」
森部長は男の子にプリンセスなドレスを着せようとしていた。
奥の木々から、アブラゼミのけたたましく鳴き声が聞こえてくる。
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