第33話 新生活

「では道中気を付けてな。私もすぐ王都へ向かう故」


 マッカスでマッカーシー家の面々と別れて一路王都への道のりを行く。

 バーバラともここでお別れだ。

 別れを惜しんだフレンダは、マッカスからほんのしばらくの間バーバラについてきてもらったのだ。そして、馬車から降りる面々。

 彼女はドルトムットに帰ると言う。

 まだナミディアで暮らす決心はつかなかったようだ。


「フレンダ、王都へ行っても短剣の鍛錬はちゃんとするのよ?」


「はい、先生もお元気でいらしてください……」


 やはりフレンダはバーバラと別れるのは辛いようだ。

 無理もない。数少ない味方であった内の一人なのである。

 ルビーも近くに寄っていくとバーバラに抱きついた。


「ルビー……あなたも元気でやりなさい」


 ルビーは声を殺して泣いているようであった。

 惜別の思いは、ルビーもフレンダに負けず劣らず強いようだ。


「大丈夫よ。きっとまた会えるわ」


 バーバラが力強くルビーを抱きしめる。

 しがみつくルビーの手は固く握りしめられていた。

 そんなルビーを優しく引き離すと、目を真正面から見据えもう一度言った。


「大丈夫」


 もうフレンダの顔もルビーの顔も涙でぐしゃぐしゃである。

 別れは惜しいからこそ出会いは愛おしい。

 レヴィンは、フレンダとルビーの肩にそっと触れると、別れのときが来た事を知らせる。


「わたくしももう大丈夫ですわ。ルビー行きましょうか」


 その問いかけにルビーはコクッと頷いて顔を上げた。

 馬車に乗り込む二人。

 バーバラは見送るようだ。

 レヴィンもお礼を言って馬車に乗り込む。


 そして馬車が出発すると、フレンダとルビーは、車窓から身を乗り出してバーバラに向かって手を振る。それは、バーバラが見えなくなっても続いた。

 レヴィンは後ろの窓から二人の様子を見守っていたが、フレンダの大丈夫と言った時の顔を思い出すと、前を向いて座りなおした。


 それから、しばらく何事もなく、王都への旅は続いていた。

 もう追手もいないのでいたって平穏な旅路である。


 レヴィンたちは、全く何のイベントもなく極めて平穏に王都へと到着した。


※※※


 王都へ着くと、レヴィンはすぐに捕虜として連れて来た七人を王都の守備隊の騎士ナイト達に突き出した。

 既に告発状やマッカーシー卿からの書状はしかるべき機関に提出されている。

 レヴィンは、更にゴルードリッチ卿と会談し事の顛末を報告し、刑部卿の貴族にドルトムットの変についての報告書を提出した。


 これだけでも残りの春休みの多くを費やしてしまった。

 更に、フレンダの魔法中学への編入手続きと、ルビーの入学手続きを行った。

 王都に帰還してからと言うもの、てんてこ舞いな生活を送るレヴィンであった。


 今日は、フレンダと一緒に、彼女達が新しく住む家を借りに行く日である。

 ルビーとオレリアは留守番をすると言って聞かないので、二人だけで物件探しをする事になったのだ。

 ちなみに三人は現在、グレンの家に居候している。


「レ、レヴィン様、今日はよろしくお願い致しますわ」


「ん? ああ、いい物件があればいいですね」


 フレンダにとってはデートと同じようなものだったので気合が入っているのだ。

 更に言うとオレリアに思いっきり発破をかけられたフレンダなのであった。


「じゃあ、不動産屋に行きましょうか」


「は、はい……」


 フレンダはレヴィンの一つ上であるが、とても余裕などなくガチガチに緊張していた。出発した二人の近くを子供達が戯れながら走っていく。


「王都の子供達も元気なものですわね」


「そうですね。子供なんてものはどこでも元気いっぱいですよ」


 レヴィンは何軒か不動産屋を調べているらしく、一軒目のお店に向かっている。


(わ、話題がありませんわー!)


 いきなり壁にぶち当たってしまうフレンダ。

 レヴィンは速すぎず遅すぎないペースで歩いている。

 フレンダの事を気遣っているのが解る。


「しかし、ドルトムットの繁栄ぶりを見た後だと、王都が少し寂れて見えてしまいますね」


「そ、そうですわね……」


「……」


(あーん、もう! せっかくレヴィン様が話題を出してくれておりますのに……)


「あッ、フレンダ、花屋がありますよ。ちょっと見て行きましょう」


「そ、そうですわね……」


(もーーーーフレンダのバカバカ! もっと気の利いた言葉をいいなさいってば!)


 花屋には店頭に様々な花が飾ってある。

 店主が時間をかけて考えてディスプレイしているのだろう。

 中々にセンスが良い飾り付けになっている。


「ローレルの花はありますかね?」


 その言葉にフレンダはドルトムットの庭園に咲き乱れるローレルの花の風景を思い起こした。


(お母様はお元気かしら……)


「あッありましたよ! あそこにあります」


 そう言ってレヴィンが指差した先には確かに、あのローレルの花があった。

 それを見た瞬間、フレンダの中で何かが弾けた。

 遠ざけられ虐げられてきた日々。罵声を浴びせられる毎日。

 ろくな思い出もないのに、そんなドルトムットでも日常が思い起こされてフレンダの中にはこみあげるものがあった。


「フレンダ? あ……すみません……無神経でしたね……さぁ行きましょうか」


 違うと言いたかった。レヴィンの気遣いは痛いほど解っただけに、申し訳なかった。無神経なのは私の方……とフレンダの心は叫びたがっていた。

 何故、あんな忌まわしき地の事で涙を流してしまったのか?

 後悔してもしきれない。

 

 それからしばらく歩くと目的地へたどり着いた。

 もうずっと何も話さずにここまで来てしまった。

 店内に入ると、顎鬚を生やした、人の好さそうな男性が応対してくれる。


「家を探しているんですが」


「何か希望はございますか?」


「賃貸で、女性三人で住むのですが……うーん、シガント地区で学校に近いところがいいかな。フレンダ、何か希望ある?」


「そ、そうですわね……何分、勝手が解らないものですから……実際見てから決めたいですわ」


 店員は「女性三人ですと……」と言ってファイリングされた用紙をペラペラとめくり目を通していく。それから店員に連れられて何軒もの家を周って歩いた。


 一軒目は王城の近くの城壁付近にある石造りの大きな家であった。

 中を見せてもらったが、広く個室があるので今までの生活に近い暮らしができるだろうと思われた。ただ、家賃が高かったので、保留にした。


 次の物件は、レヴィンの家に近いところにあり、間取りも似た感じの家だ。

 狭いがちゃんと個室があり三人で慎ましく暮らすには十分である。


 三軒目は、アパートのような建物の二階で、広いが一間しかない部屋であった。

 ここが一番家賃が安かった。


 とりあえず、これだけ見て、次は他の不動産屋を当たってみる事にした。

 その前に、もう昼食の時間にさしかかっていたので、適当な店に入って食事を摂る事にする。


「好きな物頼んでいいよ。今まで一般市民が来るような店に入った事ないでしょ? 結構新鮮かもよ」


「わたくし、一度このようなところに来てみたかったんですの!」


 フレンダは喜びを全面に表してメニュー表を食い入るように見つめている。

 レヴィンは嬉しそうにその様子を見守っている。

 やがて何を食べるかを決めたフレンダは、注文も自分でやってみたいようでそわそわしだす。


「すみませんって言えばいいと思うよ?」


「すすすみませーーーーん!」


 その言葉に店員がフレンダの下にやってくる。


「こッこのタブアグーのステーキと言うものを……」


「しゃっす! パンとスープ付きでよろしっすかー?」


「ふぁ!? そ、それでよろしいですわ」


 レヴィンがフレンダの顔を見てニヤニヤしている。


(は、恥ずかしいですわッ)


 レヴィンも自分の分を注文する。

 料理が来るのを待っている間、先程の気まずい雰囲気などなかったかのように話が弾む。二人は、昼食を終始、楽しい雰囲気で済ませたのであった。


 午後からは予定していた通り、違う不動産屋へ向かう。

 今度の店では若い女性が対応してくれた。

 

 何軒か見つくろってもらい、現場に向かう。


 最初の物件は、西のトータス地区にほど近い場所にあり、少し年季が入っているようであったが三人で暮らすには十分な広さがあった。

 家賃も低く設定されていた。しかし、学校から少し距離があるのが懸念点であった。


 次は南の方へ向かうと目的の家が現れた。

 近くに食品店が多く、買い物するのに便利そうだが、こちらも少し遠いので、見送ることにする。


 最後にやってきたのは、またしてもレヴィンの家の近くの物件であった。

 平民が多いこの辺りの土地柄にしては敷地が大きい。家も広く、三人どころか下手をすると十人くらい住めそうな大きさである。


「こちらは賃貸ではなく、買い取りでお願いします。値段はこれでどうでしょう?」


 算盤を弾いてレヴィンに見せる担当者。


「買い取りでこれだけですか? 安いですね」


 何故このような物件が?と担当の女性に聞いてみると、実はここ、"出る"らしいのだ。何でそんな物件を紹介するのか理解に苦しむところだが、一応入ってみる事にする。


「特に変わったところはありませんわね……」


「そうですね……」


 その時、部屋にあった調度品がガタガタと震えはじめた。

 思わず身構えるレヴィンとフレンダだったが、担当の女性は平然と言ってのける。


「お客さんを連れてくると必ずポルターガイストが起こるんです」


 レヴィンとしても古代図書館などで死霊の魔物と遭遇しているので、良く考えたらどうと言う事はないなと思い直す。


「き、急に冷静にならないでくださいまし!」


 フレンダが一人ビビっているのは放っておいて部屋の中を見渡すレヴィン。

 この程度ではビビらないと理解したのか、ますます振動が激しくなり、物が飛んでくるようになった。

 レヴィンは軽く避けているが、フレンダは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


「話がしたい。いい加減に出てきてくれないか?」


 すると、部屋の中がフラッシュしたかと思うと白く霞がかったような感じになり、うっすらと影が浮き出てくる。


 やがて霞のような靄が晴れると、そこにはメイド服を着た、いたいけな少女の姿があった。

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