閑話 グレンとリリナ、職業変更する

 グレンは居間に入ると、朝食を作っているリリナの後ろ姿を見て言った。


「おはよう」


 すると、一瞬だけ振り返ってリリナは挨拶を返すと、朝食作りに戻る。

 グレンは、今日は少し肌寒いなと思いながら、顔を洗って身だしなみを整えた後、いつもの席に座った。

 いつものように、朝食ができるのを待っている間に朝刊を読む。

 特に大きなニュースは載っていないようだ。

 しばらくしてレヴィンの部屋の隣りの部屋からクロエが起き出してきた。


「おはよー」


 まだ、眠たいようで目をこすりながらむにゃむにゃと口を動かしている。


「おはよう。今日は早く起きられたね」


「おはよう」


 リリナは、そんなクロエを褒めてやっている。

 グレンは朝刊から目を離してクロエを見ると、しっかりと挨拶を返す。

 挨拶のできるしっかりとした大人になって欲しいという思いから、グレンはちゃんと挨拶するようにしている。


 リリナがテーブルに朝食を運んでくる。


「クロエも手伝う……」


 クロエは寝ぼけ眼で料理の盛られた食器をそおーっと運んでいる。

 そして、食卓に料理が並び、食前の祈りが終わると、食事が始まった。


「今日は、精霊の森に行ってくる」


 食事が始まって、開口一番にそう言ったのはグレンであった。

 彼が森に薬草を採りに行く事を告げると、リリナがそれに待ったをかける。


「あなた、忘れたの? 今日は転職士の方がお見えになる日よ?」


「そうだったか? なら家にいないといけないな……」


「別に今日でなきゃいけない訳じゃないんでしょう?」


「ああ、大丈夫だよ」


 今日は、レヴィンがドルトムットに出発する前に手配していた、転職士が家にやってくる日なのである。レヴィンは今年に入ってすぐに転職士を手配したのだが、少し遅くなっていたのだ。先日、通知の手紙がグレン宅に届いたのであった。


 その後、朝食も終わり、リリナがリリスにも食事を与えると、クロエがリリスの相手を始めた。

 リリスは朝食の後片付けをしている。

 グレンは、番茶をすすりながら、まだ朝刊を読んでいた。


「あだーぶー」 


「あはははは! ぶーぶー!」


「だーだー」


「きゃはははは! だーだー!」


 クロエは赤ちゃんの言動がとても面白いようだ。

 その全てがツボに入っているようである。

 リリスはクロエのよい遊び相手であった。

 

 クロエがリリスをあやしていると言うよりは、リリスで遊んでいるような感じさえする。しかし、クロエが行うのはコミュニケーションをとるだけでない。時には能力も使用する。突如、リリスが黄金色の光に包まれる。


「リリス……けんせい……きょくけんぎ……」


 何をしているかと言うと、鑑定の能力を発動しているのである。

 これは別に遊びでやっている訳ではない。

 レヴィンに言われた事を忠実に守っているだけである。

 レヴィンはクロエに、何でも鑑定してみなさいと教えていたのだ。


 そんなこんなで平和な時間が流れていく。

 グレンは、朝刊を読み終えて育てている薬草の手入れをしている。

 リリスは部屋の掃除を始めていた。


「遅いわね……いつ頃来るんだったかしら?」


 リリスはそうつぶやくと、通知の手紙を探し始めた。

 もちろん確認のためだ。


「うーん。どこに置いたかしら……っとあったあった」


 手紙を見つけて内容を読んでみると、転職士が来るのは午後からのようだ。


「なんだ……午後だったのね……」


 リリスは掃除を再開した。

 こうして、グレンは仕事、リリナは掃除、クロエは子守をして穏やかに時間は経過していった。


 その時、チリンチリンとお客が来た時の鈴の音が聞こえた。


「はーい」


 リリナはお店の方へ走っていくと、カウンターに立つ。


「いらっしゃいませ!」


 どうやら冒険者が買い物に来たようだ。

 リリナは、見覚えのない人だったので、積極的に話しかけていく。

 どうやら、アイテム士らしく、回復薬を買いに来たようである。

 リリナは巧みな話術で、初めて訪れた客にエクスポーションを買わせる事に成功した。


「毎度ありー!」


 お客を見送ると、店内に良く通る声が響いた。

 お金をしまうと、品物を追加して、再び掃除へと戻るリリナ。


 そうこうしているうちに、あっと言う間にお昼になった。

 昼食をとり、グレンは仕事に戻り、リリナは編み物を始めた。

 転職士が来るまでの間、これで暇をつぶそうと考えたのだ。

 クロエとリリスは、オネムのようで、しばらくすると夢の世界へと旅立っていったようだ。


 静寂が部屋の中を支配する。

 リリナが機械式の時計を見ると、午後の二時くらいになっていた。


「遅いわね……」


 リリナが午前中と同じセリフをつぶやいた時、玄関の扉がノックされる音がした。

 彼女は、腰を上げると応対のため玄関の扉を開ける。

 そこには、少し胡散臭そうな男性と禿頭の男性が立っていた。

 二人の内、胡散臭そうな男性の方が申し訳なさそうに言った。


「転職士です。遅くなりまして大変申し訳ございません。道に迷ってしまいました……」


「ああ、そうだったんですね。ご苦労様です」


 リリスはそう言うと、大きな声でグレンを呼んだ。


「あなたー! 転職士の方が見えたわよー!」


 少しの間を置いてグレンの返事が届いた。


「わかった! 今行く」


 仕事部屋の方から早足でグレンがやってくる。

 居間では、リリスが大声を聞いてグズり始めた。

 その声にリリナがリリスをあやしだす。


 グレンと転職士、役人がお互いに挨拶をして、いよいよ転職を行う事となった。

 初めての経験なので、緊張していたグレンがどういう感じで職業変更クラスチェンジが行われるのか聞いている。転職士曰く、能力を使用すると対象の職業変更クラスチェンジ可能な職業クラスが頭に浮かんでくるそうだ。


 リリナは何とかリリスを再び寝かしつけてグレンの隣りに腰を下ろした。

 クロエも目を覚ましたようで、ちゃっかりとリリナの隣りに陣取った。


「では、本日職業変更クラスチェンジされるのは、グレンさんとリリナさんで間違いございませんね?」


「はい。それでいいです」


「では早速始めたいと思います」


 どうやら胡散臭そうな男性が転職士のようである。

 転職士が集中し始めると、彼の体が黄金色に輝いた。


「!?」


 何が起きたのかと混乱する転職士。

 答えは簡単、クロエが鑑定士の能力を発動したのであった。


「ポラリスさん、てんしょくし……」


「こらこら、いきなり鑑定しちゃダメだって言ってるだろ?」


 何が起こったかすぐに把握したグレンはクロエに注意する。


「そういう時は断ってからにしなさい」


 リリナは横で、断ればいいのかと心の中で突っ込んでいた。


「すみません。この子、鑑定士なんです」


「や、そうでしたか……何が起こったのか驚きましたよ……」


 禿頭の男性が額を手ぬぐいで拭きながら言った。


「それでは、今度こそいきますよ……」


 その言葉と同時にグレンの体が黄金色の光に包まれる。


「ふむ。グレンさんが成れるのは、見習い戦士、黒魔導士、白魔導士、薬師ですね。どうされますか?」


「薬師でお願いします」


「わかりました」


 そう言うと、グレンを包む光が魔法陣が描かれた半円の光に変化した。

 そして、光の粒子らしきものがグレンの体から発せられる。

 しばらくすると、その現象は収まって魔法陣も消えていった。


「はい。これにて完了です」


「なるほど、こんな感覚なんですね。世界の声が聞こえました」


「では、これから薬師として励んでください。次はリリナさんの番ですね」


 転職士のポラリスが、同じ手順で転職の能力を発動していく。


 リリナが成れる職業は、見習い戦士、アイテム士、黒魔導士、白魔導士、スナイパーであった。

 当然、スナイパーを選択し、グレンの時と同じ現象がリリナにも起こる。


「はい。完了しました」


 ポラリスが終了した旨を伝えると、禿頭の役人が話し始める。


「それでは、戸籍にはグレンさんが薬師、リリナさんがスナイパーで再登録致します。本日はお疲れ様でした」


 その言葉とともに四人はお互いに頭を深々を下げたのであった。


 こうして、二人は無事に職業変更クラスチェンジを終え、新たな職業クラスとしての一歩を踏み出したのである。

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