第8話 神殿にて

 次に訪れたのは、マグナ教の神殿だ。

 神殿は、町の中心部に近いところにあった。

 あまり、神殿に力を持たせたくないレヴィンは、ナミディアでの神殿の場所を考える必要があるなと思っていた。

 神殿など造らせないで、もっと小さな教会のようなものに抑えるべきかも知れない。神殿は、神聖アルヴァ教国の出先機関のようなものである。余計な発言力や権威をつけさせたくはない。


 かなり大きな建物だ。大きな庭のようなところで子供達が女性と遊んでいる――神官だろうか?

 神殿は孤児院の役割を担っているところも多いと聞く。

 とすると、あの子供達は孤児なのかも知れない。


 神殿内に入ろうとすると、寄付を呼び掛けている神官がいた。どこの神殿でも見られる光景だ。レヴィンはスルーして神殿の受付へと向かうと、受付の神官に単刀直入に聞いてみる事にした。


「すみません。広場でやってるドルトムット家のフレンダ嬢の弾劾集会に興味を持って来たんですが、彼女がどういう悪行を働いたか知りたいのです。教えてもらえませんか?」


「それなら、集会にいる司祭の言葉を聞いていれば解るぞ。我々は忙しいのだ」


 つれない言葉に、レヴィンはその男の手に自分の手を添えると、金貨一枚を握らせる。本来、女性であれば効果大なのだろうが、まぁ一定の効果はあるだろうとレヴィンは考えた。


「む……仕方ありませんな。司祭の一人をお呼びしましょう。こちらへどうぞ」


 自分の手の平の中にあるものの予想がついたのだろう。

 その男は、レヴィンをとある部屋へと案内した。


 待つことしばし。


「ドルトムット家のフレンダの起こした悪行を知りたいと言うのは真かね?」


 そう言って、通された部屋に入ってきたのは、初老の少し前髪の後退した男性だった。カロッタと言う紅色をした円形の帽子を被っている。

 こちらの世界ではなんという帽子かはレヴィンは知らないが。


「初めまして、司祭のクラレンス・コナーと言います。司祭をやっております」


「私はフラメット商会の手代を任されている、ナミディアと申します。私の属するフラメット商会は現在、ドルトムット家と取引を進めているのですが、彼の家には魔女がいると言う話を聞きまして、本日伺った次第です」


「その通りです。ドルトムット家に魔女あり。フレンダがいる限り、ドルトムット家と取引するのは考えた方がよいかと存じます」


「具体的に何があったかお聞きしても?」


「最初に凶兆があったのは、フレンダが生まれた年でしょう。季節外れの嵐が起こり、雷が轟き雹が街を襲ったかと思うと、一転して日照りが続き、大凶作が街を襲いました。それに、この年、更にドルトムット卿の正室が原因不明の病気で亡くなっております」


「正室ですか? では現在のご夫人は後妻なんですか?」


「後妻と言うか、側室ですな。正室がご存命中に新たに家に入られたのが現在のドルトムット夫人です」


 レヴィンは「なるほど」と相槌を打ちながら先を促した。


「そして相次ぐ地揺れ。それが毎年続くようになりました。同時期には港を大波が襲い、人や船をさらっていきました」


 レヴィンは確かドルトムットの北に山があったなと思いだす。


「10年前には、北のグルテア山が噴火し、火砕流が麓の村を飲み込んで多くの死者が出たのです。まさに大地の怒りを体現したものでした」


 火山が活動期に入った時期にフレンダの幼少期が重なったのかとレヴィンは考える。


 悪い事は重なるものだ。


「それから、幼少期のフレンダの行動は奇妙な事だらけです。例えば、黒猫や烏と言った小動物達と話をしていたり、誰もいないところで何かと話していたりと不吉なエピソードには事欠きません」


 心優しい少女が小動物と戯れてるだけなんじゃあ……とレヴィンは段々頭が痛くなってくるのを自覚する。


「なるほど……他に何が?」


「近年では、海賊が頻繁に襲ってくるようになりましたな。ナーガ海沿岸は、今、非常に荒れているようです」


 もう何でもありだなとレヴィンが考えていると、コナーは先を続ける。


「そして、ロマーノ殿の病気……昨日亡くなられたとお聞きしましたが……」


「そのロマーノさんは、何と言うご病気だったのでしょうか?」


「原因は解らなかったと聞き及んでおります」


「なるほど。フレンダさんの事は解りました。それでは、ドルトムット家の他の人達の事も教えて頂けますか?」


「他の人ですか? 他の方々については、あまり存じ上げないのですが……」


 知らないのかよ!と心の中で盛大に突っ込むレヴィン。


「当神殿のダズムンド司教は、ドルトムット卿にフレンダの引き渡しを要求しているのですが、彼は一向に要求を飲みません。彼からしたら、どんな娘でも可愛いのかも知れませんな」


「フレンダさんの引き渡しを要求してどうするおつもりなのですか?」


「それはもう、魔女の弾劾裁判を行い、罪を償わせなければなりませんな」


「罪を償うとは?」


「悪魔に魂を売った者として火あぶりか何かになるでしょうな」


 確定事項なのかとレヴィンは内心毒づく。


「裁判とはどういう感じのものになるのでしょうか?」


「これまでに起こった不吉な出来事を突きつけていき、ドルトムットで不幸を体験した者やフレンダの不吉な行いを目撃した者の証言をとっていく事になるでしょうな」


「なるほど。フレンダの悪行については理解しました。本日は急な申し出を受けてくださって感謝致します」


「いえいえ、悪い事は言わん。ドルトムット家には関わらない事ですな」


 レヴィンは、神殿での聞き取りで、フレンダを救い出す決意をより強くするのであった。

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