第6話 病死

 港と街中を視察して帰ってきたレヴィンだったが、邸宅の雰囲気が昨日と違っている事に違和感を覚える。ドルトムット卿と屋敷に入ろうとすると、執事のジェルマンがとんできて、開口一番、こう言った。


「病で伏せっておられたロマーノ様が、お亡くなりになられました。容体が急変して医者も手の施しようがなかったとの事です」


「は!? なんだとッ!? ロマーノが?」


 直ちにロマーノの部屋へ駆けつけるドルトムット卿。

 レヴィンも取り巻き達と一緒についていく。

 到着した部屋の中には、多くの者がベッドを取り囲んでいた。

 医者らしき男性とドルトムット夫人、マイセン、セグウェイ、フレンダ、晩餐の時に見た少女――ルビーと言う――と従者の面々がいる。


「どいてくれッ!」


 ドルトムット卿はベッドまで来ると、誰ともなく尋ねる。


「一体何があったのだ?」


 医者らしき男性は、ドルトムット卿の隣りで状況の説明を始めた。


「以前から、嘔吐、腹痛、下痢、発熱などの症状がありましたが、容体が急変し、全身痙攣を起こされ、間もなく息を引き取られました……」

 

「おおッ! 何と言う事だ! この世に神はいないのかッ!!」


 ドルトムット卿は、大げさに感じるくらい嘆き悲しんでいる。

 ドルトムット夫人はと言うと、さめざめと泣いている。

 他の者達は、一緒に泣いている者もいるが、大半は、沈痛な面持ちで事の成り行きを見守っている。


 レヴィンはフレンダの方をチラリと一瞥するが、彼女は神妙な顔はしているが泣いてはいないようだ。

 彼女にとってロマーノとは、一体どういう家族だったのであろうか?

 レヴィンはフレンダの表情から推しはかろうとしてみたが、結局、解らずじまいであった。


 それにしても、この屋敷には白魔法や神聖魔法の使い手はいなかったのだろうか?

 病気は直せなくても、回復魔法で体力の維持に努めて、治療すれば死ななかったかも知れないのに。そう思ったレヴィンであったが、視察からの帰り道に見た神殿による、弾劾風景を思い出すと、それは無理だったのかも知れないなと思い直す。

 神殿との関係性が険悪な状態の今、回復魔法の使い手を派遣してもらう事は難しいと思えたからだ。


 その時、ドルトムット卿の嫡男である、マイセンが取り乱し始めた。


「や、やはり、これは魔女の呪いなのだ……。ドルトムット家は全員呪い殺されるぞッ!」


 その場にいた全員がギョッとした表情になる。

 家には従者達も含まれている。彼らも他人事ではないのだ。


 その時、フレンダが、弾かれたように部屋から飛び出していく。

 その目から真珠のような粒が零れ落ちていたのをレヴィンは見逃さなかった。


「父上ッ! 決断の時ですよッ!」


 なおも叫ぶマイセンの事は放っておいてフレンダを追って部屋から出るレヴィン。

 レヴィンは、廊下に出ると、左右を確認し、フレンダの後ろ姿を見つけると、ダッシュで追いかける。


 辿り着いたのは、ローレルの花が咲き誇る、庭園であった。


「フレンダさん!」


 庭園の隅っこでローレルの一輪のローレルの花をじっと見つめている、フレンダにレヴィンは声をかける。

 フレンダは、レヴィンの方を向かず、虚ろな瞳を虚空に彷徨わせている。


「フレンダさん、ナミディアに来ませんか?」


「ッ!?」


 フレンダがビクッとしてレヴィンの方を振り返った。

 その目には虚無ではなく驚愕の色が混じっていた。


「こんなところに居ても辛い思いをするだけです。ナミディアでもローレルの花を咲かせましょうよ」


「そんな……ご迷惑がかかるだけですわ……」


「迷惑なんかじゃありませんよ。ここに居たら本当に殺されてしまうかも知れません」


 レヴィンは全ての才能を愛しているのだ。可能性を捨てるなんてとんでもない。それに、このような理不尽はレヴィンが最も嫌悪する事の一つなのである。


「私が王都に帰る時に一緒に行きませんか?」


「……」


 沈黙するフレンダ。

 その時、不意にレヴィンの後ろから声がかかった。

 そこには、真剣な眼差しをフレンダに向けているオレリアの姿があった。


「フレンダ! レヴィン様と共にこの地から離れるべきです。もちろん、このオレリアも着いて参ります」


「オレリア……」


 フレンダの口からつぶやきのようなものが漏れる。


「少し……時間をください……」


「解りました。王都に戻る時までに返事を聞かせてください」


 レヴィンはそう言うと、彼女の事をオレリアに任せてこの場を後にした。 


 庭園から屋敷の中に入ると、そこにはウォルターがいた。

 レヴィンを追って、ここまで来たが、雰囲気を察して庭園に入らなかったのだろう。できる男である。


 ここでレヴィンは、ウォルターに、とある指示を出す。


「御意」


 そう言うとウォルターはその場から姿を消した。


 レヴィンがロマーノの部屋に戻ると、そこにいたのは、ドルトムット卿と夫人の二人だけだった。二人ともロマーノのベッドの傍に佇んでいる。

 二人しかいない事に気づいたレヴィンは、慌てて退出しようとするとドルトムット卿から声がかかった。


「ナミディア卿、すまないな。せっかく来てくれたと言うのに」


「いえ、心中お察しします。お悔み申し上げます」


「ありがとう」


「この後、取り調べなどは行われるんですか?」


「取り調べ? ロマーノは病気で死んだのだから、そんな事はしないさ」


「あ、そうなのですね。ロマーノさんは何と言うご病気だったのですか?」


「何の病気か解らないんだよ。何人もの医者に見せたが解らなかった」


 レヴィンは一瞬、解剖を薦めてみようかと思ったが、この世界では、解剖が倫理的にどういう意味を持つのか解らなかったため止めておく。それに、誰かに殺されたのではないかと疑っていると思われるのも、無用ないざこざを引き起こしそうで怖いのだ。


 レヴィンは、彼らについてはそっとしておこうと、一言声をかけて部屋から退出した。


 その日の食事は質素なものとなった。

 喪に服すと言う事で、肉類を食べるのは禁止されているようだ。

 アウステリア王国では、死神キリルの名において喪に服す場合が多いが、一部では、マグナ教の絶対神ソールに従って神殿が喪や葬儀に介入する場合もあるそうだ。

 ドルトムット家では、多くの神々の一柱である、死神キリルを奉る事になっていると言う。食事の間は沈黙に包まれ、誰も一言も発すことはなかった。

 別に、話してはいけないという規則がある訳ではないらしいが。

 あれだけフレンダを罵倒していた、マイセンが一言も発しなかったのは少し意外であった。ロマーノの遺体は、一階にある、とある一室に安置されている。

 このまま、三日間その部屋で死を悼む習慣なのだそうだ。その後に火葬される事となる。


 対して、神殿が取り仕切る場合は、一か月近く肉類を食べるのが禁止される。偉い人物になるほど期間が長くなる傾向にあると言う。

 聖人の死者復活の神話があるらしく、肉体は精神より重視されている。そのため、マグナ教のの信者は土葬されるのが普通だ。

 これはアンデッド騒動が起こったインペリア王国で見聞きした事だ。彼の国は土葬であった。


 自分の部屋に戻ったレヴィンは、滞在期間の三日で何をするべきか考えていた。

 ロマーノは以前から病弱だったそうだが、フレンダの帰ってきているこのタイミングで死亡するのも都合が良すぎる気がした。

 誰にとって都合が良いのか? それはマイセンである。彼は、あからさまにフレンダを嫌悪し、彼女を排斥しようとしているように見える。

 彼女を排斥するためには、ドルトムットで不幸な出来事が起これば良い。


 フレンダを救うためには、もっとドルトムットと言う都市の事を知らねばならないとレヴィンは思った。

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