第5章 ドルトムットの闇

第1話 マッカスの街

 マルムス教団の件も何とか片付き、レヴィンは、残り少ない春休みをナミディアの内政に当てようとしていた。しかし、人生とは往々にして中々思い通りにはいかないものである。以前の懇親会で出会ったドルトムット家のフレンダから、領内視察のお誘いがあったのだ。

 当然、最初はお断りするつもり満々のレヴィンであったが、内政上、参考にできる施設が多い事と、王都に来ていたドルトムット夫人からの強力なプッシュがあった事によって予定を変更するに至った訳である。


 ドルトムットは港湾都市としてその名を知られており、水の都として非常に美しいだけでなく、港の構造や造船技術など参考にすべき点が多々あったのだ。

 しかし、しかしである。このドルトムットであるが王都の西方にある、マッカーシー領よりも更に西に位置しており、ナーガ海に面している。つまり遠い……遠いのである! 馬車で七日はかかるという遠路なのだ。


 まぁ、ついでにマッカスの街によって、マッカーシー夫人にご挨拶できると思えば……と考えたが、何もできずに馬車に揺られるだけと言う贅沢すぎる時間の使い方がレヴィンにはやるせなかったのだ。

 いっそ、高速飛翔ハイ・ソアーの魔法で飛んで行った方がいいのでは……と提案したのだが、執事候補のウォルターに止められたのは言うまでもない。

 と言う訳で、あの風神仕様の馬車に乗り、ウォルターを伴って、一路マッカスの街まで揺られているのが現在の状況なのである。

 と言うか、もうすぐマッカスの街に着くところである。

 プラト高原を越え、森林の多いマッカーシー領を馬車は行く。

 やがて城壁が姿を現し、城門へとさしかかる。貴族証を見せて門を通過すると、そこは賑わう街の大通りだ。

 大通りを二台の馬車が進んでゆく。車窓から街を眺めていると、大通りを行きかう人や、客引きをしている露店の賑わいが伝わってくる。

 市民の活力が感じられて街の繁栄ぶりがうかがえる。


 マッカーシー卿の邸宅は、城塞とまではいかないが、中々堅固な造りになっているようである。先触れは出していないが、王都を出発する前にマッカーシー卿を訪ねているので、ひょっとしたら手紙で知らせてくれているかも知れない。

 そうこう考えているうちにマッカーシー邸に到着する。

 同行しているフレンダには、一旦、別れて街中で暇をつぶしてもらおうとしたが、自分もマッカーシー夫人に挨拶すると言って聞かないので好きにさせる事にした。

 なので、今、二台の馬車がマッカーシー邸の前に停まっている事になる。

 ちなみに、王都から帰郷するドルトムット卿と夫人とは、別行動である。一足先にドルトムットへ向かっているはずだ。


 門は厳重に閉じられている。衛兵に取り次ぎを頼むと邸宅の中へと消えて行った。

 そして間もなく、中から数人の使用人が現れる。開門の許可がおりたようだ。

 門をくぐり、邸宅へと案内される一行。そこには執事や数人の使用人が待機していた。


「ナミディア卿ですな? 夫人がお会いになります。こちらへどうぞ」


「申し訳ございません。急な訪問にもかかわらず、ご対応ありがとうございます」


「いえいえ。わたくし共も、ナミディア卿のお噂はかねがねお聞きしております。お会いできて光栄の極みです」


 邸宅の中へ通されるレヴィンとフレンダ。ウォルターや彼女の従者である、オレリアも一緒だ。入り口からホールに至ると、そこには、一人の女性と小さな少年二人がレヴィン達を待ち構えていた。気品があり、優雅な印象を受ける。薄い水色のドレスに身を包み、銀色の長い髪を巻いてアップにしている。

 左右にいる子供は、ベネディクトの弟達であった。


「初めまして。ナミディア卿。クライヴの妻、ハリエットと申しますわ。お会いできて光栄ですわ」


「こちらこそ、光栄に存じます。突然の訪問、お許しください。ハリエット様。私の事は気軽にレヴィンとお呼びください」


「クライヴやベネディクト、クラリスはあなたの事ばかり手紙に書いて寄こしますのよ? 皆、あなたの事が大好きみたい。あら、こちらの御嬢さんはどなたかしら?」


 すると、待ってましたとばかりにフレンダがズズイと前に出ると、緊張した面持ちで自己紹介をする。


「お初にお目にかかります。わたくしはドルトムット家の長女、フレンダと申します。帰郷する折り、レヴィン様に同行させて頂きました。突然の訪問、お許しください」


「あら、お隣のドルトムットのご令嬢なのね。ふふふ。よろしくお願いしますね」


 そう言うと、レヴィン達を応接室へと通してくれた。


「今、お茶の準備をさせております。甘いものでも召し上がってください」


 どうやら、もてなしてくれるようだ。

 レヴィンは恐縮して言った。


「突然の訪問にもかかわらず、そのようなご配慮……痛み入ります」


「いえ、わたくしが、お話しをうかがいたいだけですわ。お気になさらず……」


 しばしの雑談の後、準備ができたようで、とある一室に通される。

 レヴィンとフレンダが椅子に座る。ウォルターとオレリアは、主人の後ろに控えている。レヴィンは、従者であっても同じ卓を囲んでもいいと思うのだが、そう言うものでもないらしい。椅子も当然、ハリエットとレヴィン、フレンダのものしか用意されていないようだ。執事が紅茶を入れて回る。


「さぁ、遠慮なさらず召し上がって?」


 レヴィンとフレンダはお礼を言って手を伸ばす。


「うちの主人たちは王都ではどうしているのかしら?」


「はい。私などもうお世話になりっぱなしで、いつも私のために色々対応してくださっています。お陰で仕事を増やしてしまい、中々領都に帰れなくさせてしまっており、たいへん申し訳なく思っております」


「そうね……もうずっとこちらにお戻りになっていないわね。でも、王国やレヴィン様のお役に立てているようなら安心ですわね」


「本当によくして頂いています。ベネディクトとは同じクラスなので、たいてい一緒にいる感じですよ」


「あらあらまぁまぁ。昨日届いた手紙によれば、ベネディクトに婚約の話が持ち上がっておりますのよ?」


「えッ!? そうなんですか? お相手をお聞きしても?」


「王家の第四王女、ルシオラ王女殿下よ」


 マジか! きっとマルムス教壊滅の功でゴルードリッチ卿が手を回したのかも知れない。マッカーシー卿には色々根回しを頼んだからな。レヴィンはそう直感的に思った。


「それが本当ならめでたい事です」


「そうね。ベネディクトももう13歳。クラリスも12歳ともういい歳になりました。レヴィン様は結婚のご予定はあって?」


「いえ、今は領地の事で手一杯で余裕がありませんよ。13歳と言えば、フレンダさんもそうですよね? 婚約などされているのですか?」


 レヴィンはずっと放置されていた、フレンダに話題を振る。

 一人、話題に入ってこれない友人がいると胃が痛くなる系男子のレヴィンである。


「わわわたくしですか!? わたくしに婚約者などおりませんわ!」


 後ろからオレリアがこっそり、フレンダをつついている。

 オレリアはフレンダにもっとアピールするようけしかけているのである。


「も、もしよろしければ、レヴィン様が……なんて……」


「私ですか!? しがない成り上がり男爵の私より相応しいお相手はたくさんいるでしょうに……貴族って何歳くらいで結婚するものなのでしょうか?」


 レヴィンはフレンダの好意に気づきながらも、あまり触れないようにしていた。

 まぁ、今は自分から振ってしまったのだが。

 今は、結婚している自分の姿など想像もできない。


「この歳なら婚約している者は多いですわ。アウステリア王国は大学校までありますから、他の国よりも結婚は遅いかも知れませんわね」


 ハリエットがレヴィンの疑問に答えてくれる。

 大学校は、王族や貴族の子弟が通い、エリート教育が施される場である。

 他の国にはないというのは初耳であった。

 自分も大学校へ行くべきなのだろうかとレヴィンは考える。

 冒険や領地内政をしたいレヴィンだが、どうせ貴族の繋がりだのなんだので行く事になるんだろうな、と未来を予想する。


「ベネディクトは大学校へ行くんでしょうか?」


「決まってはいないけど、マッカーシー家の嫡男ですからね。おそらく行く事になるかと思いますわ」


 確かに、ベネディクトは嫡男だ。

 跡継ぎである以上、進学するのは間違いないだろうと思えた。


「クラリス嬢はどうされるのでしょう?」


「クラリス? そうね。まだ何も考えておりませんわ。でも、どうしてクラリスの事を?」


「いえ、私が結成した冒険者パーティに入ってもらうのもいいかなと思いまして……」


「あらあらまぁまぁ、とても素晴らしい事だと思いますわ。我が娘をよろしくお願いしますね? レヴィン殿?」


 意外とあっさり了承の返事がきたので、少し戸惑いながらレヴィンは答える。


「もちろんです。ありがとうございます」


 その後も色々な話をして、夕食まで頂き、更には泊めてもらう事となったレヴィンとフレンダであった。

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