第11話 鑑定の儀


 グレンが出生届を出して三日後に、グレン一家の娘として誕生した、リリスの鑑定が行われる事になった。

 今日の午後に鑑定士が来る予定となっている。

 グレンは栽培している薬草や草木の手入れをしたり、薬の調合を行ったりと忙しない。何か体を動かしていないと落ち着かないのだろう。

 

 店番は出産を終えたリリナが行っている。

 彼女の体調はまだ万全とは言えなかったが、店番とは言え、ほとんど座っているだけなので負担は少ない。

 グレンとは対照的に落ち着いている様子だ。彼女は自分の横に昔、レヴィンが使っていた小さなベッドを置いてそこにリリスを寝かしつけている。

 また、店番のかたわら、以前から用意していた編み物に勤しんでいた。

 ちなみにレヴィンは学校があるので不在である。


 そしていよいよ午後となり、グレンのお隣さんである、ベネッタがグレンの家を訪れていた。


「いよいよ鑑定だねぇ……」


「そうね。いったいどんな職業クラスを授かるのかしら」


 そう言いながらも、リリナはたいして職業クラスにこだわっていないように見える。


「両親とも冒険者出身だから、冒険者向けの職業クラスかも知れないわね」


 特に関連性はないのだが、ベネッタはそう考えていた。


「グレンはアイテム士、リリナは狩人、レヴィンは黒魔導士、と来てリリスは何だろうね」


 実はベネッタの方が緊張して気にしているのかも知れない。

 グレンの家に来てからずっと何かをしゃべっている。


機工士きこうしとか鍛冶師なら手に職を持った仕事ができそうだね。それに鑑定士だと、お役人として安定した将来が約束されるし」


「そうね。鑑定士はレアな職業クラスだからこそ大事にされるし、収入も安定してるわね」


「あと、神官系の職業クラスなら神殿から勧誘がありそうね」


「まぁ、私はリリスの性格にあった職業クラスであってくれればそれでいいわよ。まだどんな性格に育つかなんて解らないけれど」


 そんなとりとめのない話をしていると、家の扉がノックされた。

 店の方ではなく家の方の扉だ。

 グレンの家は店と住居が一体となっているが、出入口は別々なのだ。


 リリナが「はーい」と、返事をして席を立とうとする。

 しかし、グレンが奥の部屋から足早にやってくる。

 少しでもリリナに無理をさせたくないのだろう。


 そして扉を開けると、そこには二人の男が立っていた。


「こんにちは。私は役所の者です。本日は鑑定の儀に参りました。こちらが鑑定士の方です。」


 紹介されたのは、鑑定士のマグダドという男であった。


「初めまして。この度はご出産おめでとうございます。本日鑑定をさせて頂きます、マグダドと申します」


 丁寧な口調と態度で、見るからにお役人と言った風体をしている。


 グレンは居間に二人を通すと、ベネッタが居間へと上がり込んでくる。

 その後から、リリナもリリスを抱いてやってくる。


 全員が居間に集合し座ると、「では早速……」とマグダドがその能力を使用した。

 使用されたリリスの体が黄金色に光り出す。


 しばらくの沈黙の後、彼は戸籍用の書式の書類に何かを書き込んでゆく。


「名前はリリス、加護かご天性精鋭エリート、そして職業クラスは……」


 マグダドはもったいつけて職業クラスを最後に伝えた。


職業クラスは剣聖です」


「「「おお……」」」


 三人のため息にも似た歓声が重なる。


「おめでとうございます。加護も職業クラスも素晴らしいものです」


 役人が祝辞を述べる。


「まさか……家から剣聖が出るなんて……」


 グレンは言葉が上手く出てこないようだ。


「すごい……」


 ベネッタも興奮を隠しきれないでいる。


 リリナはというと、一言も発さず、心の中で安堵していた。


 ベネッタはすぐに放心状態から立ち直り、お茶を用意するべく土間に向かう。


 しばらくしてに五人分のお茶を入れたベネッタが戻ってきてそれを配ってゆく。


「それでは何かあればどうぞ」


 マグダドが質問があればどうぞと促す。


「加護はどんな効果のものなのでしょうか?」


 グレンが疑問を口にする。


「成長速度が常人の三倍の速度である、とあります」


「つまり、人より成長が格段に速いと……」


「素晴らしい!」


 役人が賞賛の声を上げる。


 それを横で嬉しそうに聞いていた、リリナは、書式の紙に称号という項目があるのに気づく。


「すみません。この称号と言う項目ですが、昔はなかったように思うのですが……?」


「ああ、それはですね。確かに昔はそんな項目は見えなかったのですが、最近になって見えるようになりましてね。もしかしたら神の御業かも知れません」


「なるほど、リリスは平民で赤子だと言う事ですね」


「そうです」


 するとグレンが厚かましいようで申し訳ないのですが……と断ってからマグダドに尋ねる。


「私達の称号はなんなのでしょうか?」


「ああ、そうでした。称号に関しては再鑑定の通達が出ているのでした……」


 マグダドは再度、能力を使用する。


「グレンさんは冒険者、平民、薬屋ですね。リリナさんは冒険者、平民です。称号は次々に変わっていくもののようですから、まぁ登録する必要性は低いんですが……」


「では、私も、冒険者、平民なのでしょうか?」


 ベネッタがそう口にする。


「そのようですね」


 マグダドはベネッタについても確認していたのかすぐに答える。


「マグダドさん、後はこの項目についてもお願いします」


「そう言えばこれもでしたね。解りました」


「それと指揮官レベルと言う項目も追加されたようです」


「指揮官レベル?」


「パーティや軍勢を率いた時、その仲間に指揮官レベルに見合った能力の向上をもたらすものです。リリスさんは☆三つです。これも段々変化していくもののようです」


「なるほど……」


 グレンは解ったようなよく解らなかったような言葉を返す。


「それでは、この内容で戸籍登録を行います。本日はありがとうございました」


 役人とマグダドはお茶をぐびーっと飲み干すとお辞儀をして去って行った。





 グレンの家を出たマグダド達は次の家へと向かっていた。

 今日の鑑定は四件だ。午前中に既に一件こなしてきていた。


 次は三件目である。

 

「次のお宅もシガント地区ですね。ここから三十分程度です」


 しばらく歩くと目的の家に辿り着いた。

 適当に挨拶を終わらせ鑑定を行うと、その家の赤ちゃんの職業クラスは弓使いであった。

 ごく普通の職業クラスである。 

 二人はそそくさと家を退出すると、最後のお宅訪問へと向かった。


「本日の最期は、西のトータス地区ですね。ちょっと歩きますよ」


 下級役人であるから移動に馬車など使わない。

 王都内なら、どこに向うにも徒歩である。


 それからしばらくかかって最後の家へと到着する。

 西のトータス地区は農民や農奴が多く住む地区である。


 今、訪問した家も農奴の一家だという。


「こんにちは。役所の者です。本日は鑑定の儀に参りました」


 慣れた口調で同じセリフを述べる役人。

 中から出てきたのは、顔色の悪い女性だった。

 家の中も薄暗く、質素な造りになっており、言ってしまえばみすぼらしい。


 挨拶もそこそこに鑑定に移る。

 マグダドはさっさと終わらせようと、すぐに能力を使用した。


 すると、彼の目には信じられないものが飛び込んできたのであった。

 マグダドは母親らしき人物に祝辞を述べた。


「おめでとうございます。息子さんの職業クラスは……剣聖です!」


 同じ日に二度も剣聖を目にするなんてことはない。

 しかも、先程尋ねたグレン一家のリリスと同じ誕生日である。


 王都に二人の剣聖が誕生したのだ。

 アウステリア王国にとって素晴らしい結果である。


 お祝いの言葉をかけられた母親は最初は剣聖である意味を理解していなかったようであったが、詳しく説明すると狂喜乱舞した。

 これで農奴から解放されるかも知れないのだ。

 この子はこの家に射した光明なのである。


 母親は最初の態度からうって変わって上機嫌になり、何度もお礼を言ってマグダド達を見送った。


 七月七日。


 この同じ日に生まれた剣聖二人は、今後、王国の歴史に深く関わっていく事となる。

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