第8話 心構え


 いやー狩りっていいよね! レベル上げっていいよね!

 なんだか強くなってるって実感が持てていいよね!


 ここのところ毎週、レヴィン達は依頼と狩りをこなしている。


 森の中で魔法をぶっ放しながらニコニコ顔でレヴィンは思う。

 まぁ精霊の森の魔物ではもう大して強くなれないと解ってはいるのだが……。


 レヴィンの職業クラスは今、魔物使いである。

 魔物使いの能力の一つである『種族進化』をギズ達に試してみたいと言うのが理由だ。

 もちろん、単純に仲良くなれたし、何かしてあげたいという気持ちが第一。

 そして、次点に、進化を促せば、神様の願いにも一歩近づくのではないかという思いからである。


「最近なんだか機嫌が良いねッ!」


 アリシアも嬉しそうな顔をしている。


「そうだな。もうすぐ夏休みだし、皆で魔の森に遠征するぞ!」


「楽しみ……」


 シーンも嬉しそうで何よりである。


「それにしても、レヴィンはともかく、俺達が魔の森で通用するのか?」


 ダライアスがもっともな疑問を口にする。


「大丈夫だよ。俺もフォローするし。でも確かに、前衛を二人くらい増やしておいた方がより安全だろうな」


 その言葉に微妙に慢心が見え隠れしている事にレヴィンは気づかない。

 彼は誰か心当たりない?と尋ねながら、精霊の森の東の奥に向って進んで行く。

 もっとお茶会等に参加したり、冒険者ギルドの会合に顔を出したりしておけば良かったかも知れない。

 そう言えば、本気かどうかは知らないが、以前にベネディクトが前衛に職業変更クラスチェンジするから仲間に入れてくれと言ってたな、と思い出す。

 夏休みに彼を誘ってみるのもいいかも知れない。

 しかし、転職士に支払う対価っていくらくらいなのだろうか?

 あまりに高価ならば、無理に職業変更クラスチェンジを頼むのはしない方が良いだろう。


「そう言えば、生徒会で騎士中学との交流会なんかも企画しているらしいね。騎士中学なら優秀な前衛もいそうだねッ!」


 生徒会か……レヴィンはあの変な副会長の事を思い出す。


「アリシアにしては良い事を言うな! 確かに騎士中学なら前衛に困らないな」


「もう、にしてはって余計だよ~」


 アリシアがポカポカな叩いてくる。

 ふはは。可愛い奴め。


 その時、浮かれ気分に水を差す存在が現れた。

 体に鱗を纏った恐竜のような外見だ。

 レヴィンは自分の中の記憶を全力で検索する。


 確かこいつは、スケイルディノだ。ランクはBである。


(この森にもBランクがいたのか!)

 

『ライススマッシュ!』


 ダライアスが近づいてきたスケイルディノに先制攻撃をくらわせる。

 新米剣士の新米剣技だ。

 

 しかし、堅い鱗に阻まれてあまりダメージが通っていないようだ。

 スケイルディノの表情に変化は見られない。

 だが、攻撃を受けた事は理解したのだろう。その尻尾が唸りをあげてダライアスに迫る。避けきれない。まともにくらった彼は3mほど吹っ飛ばされる。

 これはヤバイと悟ったレヴィンは、風の刃を生み出した。

 

空破斬エアロカッター


 刃がスケイルディノの胴体に肉薄する。

 しかし、魔法は虚しく吹き散らされる。


(堅すぎだろ!)


 レヴィンは前に出ると、アリシア達にもっと距離を取るように促す。

 すると、アリシアがスケイルディノから離れながらも魔法を放った。


茨縛鎖カスプバインド


 地面から茨の蔦が生えてきて、スケイルディノの足を絡めとる。

 しかし、すぐさま力任せに引きちぎられる。

 アリシアの魔法では足止めにならなかった。


光弓レイボウ


 そこへ光の矢が打ち出されるが、スケイルディノは軽快なステップで余裕を持ってかわす。その矢は木々に突き刺さり、バキバキという音を立てながらそれらをなぎ倒していく。木々が悲鳴を上げているかのようだ。

 まったく、大きな体に似つかわしくない俊敏性である。

 そして、スケイルディノは一気に間合いを詰め、その鉤爪がレヴィンの左肩を捕えた。


 鋭い痛みが彼を襲った。

 なんとか腕を持って行かれる事はなかったようだが、痛みで集中できない。

 このままでは魔法が使えそうもなかった。

 慌てて魔物から距離を取るレヴィン。

 

(痛てぇ……ぬかった……)

 

 その背中を冷や汗が流れてゆく。


 しかし、そこにシーンがすぐさま対応する。

 回復魔法がかけられ、左腕の傷がみるみるうちに直ってゆく。

 そして痛みも消え、レヴィンは冷静さを取り戻した。


(まずは足を止めないと……)


凍結球弾フリーズショット


 氷の弾丸が引き寄せられるようにスケイルディノに迫っていく。

 これも避けられそうになるが、着弾した氷がスケイルディノの右足を辛うじて地面に縫いとめる!

 そして素早く次の魔法を発動するレヴィン。


光弓レイボウ


 再度、放たれた光の矢がスケイルディノの胴体に風穴をあける。

 さすがにこの魔法には耐えられなかったようだ。

 地面にドゥっと倒れ込む。


(あ、危ねー……。しかし焦った)


 こんな事では、とてもじゃないが魔の森になんか行けない。

 油断すれば高ランクの冒険者ですら命を落とす魔の森である。

 レヴィンは心の中で自分に活を入れ、その油断を消し去ろうとした。


 シーンが吹っ飛ばされたダライアスにも回復魔法をかけている。

 こちらはどうやら軽い怪我で済んでいたようだ。

 すぐに起き上がって、手を上げて無事をアピールしながら、こちらにやってくる。


「強かったな。技もほとんど効いた様子がなかった。なんて魔物なんだ?」


「スケイルディノだな。ランクBの魔物だ」


 しかし一匹だけで助かった。

 複数匹いたらパーティが全滅していたかも知れない。


(これは本格的に前衛の事を考えなきゃな……)


 狩りを始めてから結構時間がたったように思われたので、四人は王都に引き上げる事にした。帰り道でも散発的に魔物が襲ってきたが、それにはしっかり対応する事ができた。


 今日の狩りは、考えさせられる事が多かった。

 レヴィンは、久々に初心を思い出す事ができたように思う。


 王都へたどり着き、城壁内に入ると、大通りに人だかりができていた。

 どうやら野次馬が何かを取り囲んでいるようだ。

 そのうちの一人に何があったか聞いてみる事にした。


「すみません。何かあったんですか?」

 

「ん? ああ、貴族の馬車と浮浪者が接触したみたいでな。貴族が騒いでんだ」


 浮浪者の事は最近、朝刊でも読んだ事があった。

 定期的に難民が西の方から流れてきているようで、アウステリア王国も対応に苦慮しているらしい。西のシ・ナーガ帝國の崩壊で政情不安になり、馬賊や匪賊が周囲の村を荒らしまわっているという。

 このままでは、いつアウステリア領内にも雪崩れ込んでくるかも分からない。

 城門の方を見ると、城壁の側には浮浪者の姿が散見された。


「王国も情けを与えてやればいいのに」


 ダライアスが悔しそうにぼやいている。

 彼は農民で収穫物の多くを税として搾取されている。

 同じ、弱者として同情を禁じ得ないのであろう。


 一行は冒険者ギルドに寄る。

 依頼の達成報告と素材の換金のためだ。

 受付はレオーネだった。

 

 報告が終わると、レヴィンは豚人オーク討伐の件がどうなったかを聞いてみた。


「ああ、レヴィン君。君が来たらギルドマスターの部屋へ通すはずだったんだけど、他の職員から聞いてなかった?」


「え? ええ、あの件の事を受付で聞いたのは久しぶりですね」


「じゃあ、事の顛末は知らないのね? ちょっとギルドマスターに言ってくるから待っててくれる?」


 そう言い残すと、レオーネが席を外す。

 しばらく待っていると、彼女が戻ってきて手招きをしている。

 彼女の下へ行くと、ついてくるよう言われたので、言われるがまま後に続く。


「失礼します」


 ノックして返事があったので、レオーネと共に入室する。

 他のメンバーはこの件については何も知らない。

 入ると、ランゴバルトが自分の机の席に座ってこちらに手を上げている。


「おう。久しぶりだな。レヴィン」


 そう言いながら応接のソファーへと腰を下ろす。


「お久しぶりです」


 レヴィン達も挨拶をしてランゴバルトの向いの席に座る。


「あんなに豚人オークの件についてご執心だったのに最近ちっとも顔を出さねぇからどうしたのかと思ったぜ」


「いえ。ギルドには毎週来てましたよ?」


「そうなのか? 俺ぁてっきり、お前が何か知ってるのかと思ったぜ」


「何かあったんですか?」


 あくまで白を切るレヴィン。


「ちょっとすみません。何の事かさっぱりなので教えてもらえませんか?」


 ダライアスが口を挟む。

 置いてけぼりだったメンバーに事のあらましを説明し、話を再開する。


「それでな。編成したランクB、C、Dの混成パーティがその豚人オークの集落に行ったんだが、もう既に何かに襲撃された形跡があったらしくてな。人数も想定の四分の一程度しかいなかったそうだ」


「そうなんですね……それで残りの豚人オークはどうなったんでしょうか?」


「全員、討伐したさ。もちろんな。あのまま居つかれても困るからな」


 その言葉にレヴィンは胸が痛んだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 豚人オークの生き残りにも、そしてレヴィンのせいで女、子供を殺す事になった冒険者達にも。


「それは良かった。これで脅威は去ったんですね」


「ああ、問題ない。それでもう一度聞くが、本当に何も知らなかったんだな?」


「よく解りませんが、事の顛末は初めて聞きましたよ?」


 ランゴバルトとレヴィンのやり取りに、レオーネがキョトンとした顔をしている。


「そうか……解った。また何かあったら教えてくれ」


 そう告げると、ランゴバルトは自分の席の方に歩いていき、立ったまま窓の外に目を向けている。

 レヴィン達ももう用件は済んだので部屋から退出した。


 一行はレオーネに別れを告げると、素材を換金して解散した。

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