星の終末
——天より顕現せし異形の混沌、その出現を察知したかのように奇妙な音楽の神はその旋律を変貌させる。
天より現れし異形の神々の王を賛美するかのような荘厳な音色が響き渡る。
夜だというのに天地は煌々と輝き、地表は緩やかに崩れ、光の粒子となって天へと還る。
あたりに響き渡る人々の絶叫と悲鳴は王を称える音色と混ざり合い賛美の声と化していた。
天に座す王へ一筋の光の柱が道を作り出す、その様は美しく幻想的でさえあった。
幻想、狂気、混沌、絶叫、崩壊、賛美、その全てが溶け合い混ざり、星の終焉を彩っている。
その場にいた誰もが、あまりの異常事態に絶句する。
天から現れようとしているソレを我々は知らない、知ってはならない。
なのに、無理やりその存在を理解させられる。
アレは、アレこそが神だ。
全ての始まりにして終わり。
星海の最果ての宮殿で微睡む白痴盲目の魔王。
Azathoth、その存在を理解させられる。
「な、なん……なんですか!あんな物が存在していいわけない!」
雪奈が絶叫する。
その声には恐怖と畏怖の感情が強くこもっていた。
「落ち着きなさい!とにかく今は事態を把握するのよ!」
「事態を把握ったって……どうしろって言うのよ!」
困惑した表情でケイトが問う。
「そんなの私にもわからないわよ!けど、少なくともこの事態が夜行の仕業なのは間違いないわ!とにかく今はあの光の柱の元に行くのが先決よ、そこに必ず夜行がいるわ!」
「行くって……アレを相手にするのはちょっと無謀が過ぎない?」
ケイトは問う。
その声には半ば諦めの感情が強くこもっていた。
「無謀でしょうね!けど、何もしなかったらそれこそ、ただ死ぬだけよ!」
「……そうね、アタシにもこのままじゃやばい事くらい分かる。それに私、まだ死にたくないからね!」
「そう言うことよ!クリス!急いで車を回してきて頂戴!」
「わかりました!」
そう言ってクリスは迷路のような路地を大急ぎで駆け抜けていく。
「さあ!私たちも後に続くわよ!」
「応よ!」
そうして、続くように私たちもクリスの後を追って全力で駆ける。
とにかく、Azathothの降臨を止めなくちゃならない!
奴が完全に降臨して仕舞えば、おそらく
そう感じさせるほど、あの神の力は強大だ。
だが、まだ完全に希望が潰えたわけじゃない。
おそらく、Azathothはまだ完全にこちら側の世界に降臨できていない。
もし完全に降臨しているのならすでに世界は崩壊し、私たちは狂気に飲み込まれながら星の終末を眺めることになっているはずだ!
しかし、現状はまだそうはなっていない。
なら、まだどうにかなるかもしれない。
早く、早くあの光の柱の下に行って夜行が行っているであろう降臨の儀式を止めなくては!
「さあ!皆さん早く乗ってください!フルスピードで行きますよ!」
そう言ってクリスは全員が車に乗ったのを確認すると思いっきりアクセルを踏み込んだ。
「ちょ、ちょっと!これ大丈夫なんですか!」
シェリーが叫ぶ。
「大丈夫ですよ!けど、口は閉じててくださいね!舌を噛むかもしれないので!」
そう言ってクリスはさらにスピードを上げる。
「……見えた!」
車体が大きく揺れる。
急カーブを繰り返し、光の柱の下……
尚もスピードを緩めることなく私達を乗せた車は光の柱の下へと近づいていく。
不意に車体が大きな音を立てて急ブレーキをかける。
「着きました!」
クリスのその声と同時に私は車外へ飛び出し、光の柱まで走る。
「お嬢様!後ろ!」
光の柱まで後一歩というところで後方からクリスの叫ぶ声が聞こえた。
一瞬、後ろを振り返ると、そこには無数の可視化した星の吸血鬼がいた。
その中の一体がその触手をこちらへと今まさに振り落とそうとした瞬間、星の吸血鬼は両断された。
奇妙な断末魔を上げながら星の吸血鬼は地へと堕ちた。
「行ってください!ここは私たちが引き受けます!」
「そうよ、アキルちゃん行って!」
「こっちはアタシ達が死ぬ気で処理するから!」
「そうです!私たちが必ずお嬢様の帰ってくる場所を死守して見せます!」
雪奈が、シェリーが、ケイトが、クリスがそう叫ぶ。
すでに4人の周りは夥しい数の星の吸血鬼が取り囲んでいた。
明らかに戦力が足りていないこのままじゃ……
「クソッ!今加勢す……」
その言葉を遮ってクリスが叫ぶ。
「私達を気にしている場合ですか!今、お嬢様が夜行を止めなくては世界が終わってしまうのです!だから、前に進んでください!」
そう強く叫ぶ。
そうだ、私がここで加勢に入ってしまったら誰も夜行を止められなくなってしまうかもしれない。
なら、私はその先へ行くしかない!
「みんな……わかった!死ぬなよ!」
そう言って光の柱の中に入る。
「必ず帰ってきてくださいね」
光の中に飲み込まれる際に小さくクリスの声が聞こえた気がした。
先の見えない光の中をただひたすらに突き進む。
進み続けたその最果てに奴はいた。
「ここまで来たか、アキルよ」
光の柱の中心にある玉座に君臨する夜行、その後ろには祭壇が一つあった。
そこにはNyarlathotepを封印したトラペゾヘドロンが開かれた状態で置かれていた。
「ええ!来てやったわ!姉さん達はどこ!」
夜行は嘲笑の笑みを浮かべる。
「この状況で姉如きを心配するか、まぁ良い。その愚かさに免じて教えてやろう。空を見るがいい」
そう言って夜行は天を指す。
その方向に視線を向けると、そこには玉虫色の球体の集合体に取り込まれかけた姉さんとニアさんがいた。
「お前……姉さん達に何をした!」
「何をした、か。あれこそが巫女の正しい使い方なのだ。奴らを取り込んでいるのは時空の神ヨグ=ソトース、その一部だ、そこに我が魔術と巫女の力を使い、擬似的に二柱の神を使役する為の道具としているのだ」
「そんな馬鹿な……神を操るなんて不可能なはず」
「確かに我だけの力では到底無理だろう。しかし二柱の神と共鳴した巫女共を使えば話は別だ。巫女に神格を同期させることによって今や二柱の神は我が手中にある!」
高らかに笑いながら夜行はそう説明する。
巫女を神と同期させる?
話の次元が違いすぎて理解が追いつかないが、限りなくまずい状況なのは理解した。
なら……
「そうはさせん!」
不意に身体が地面に叩きつけられ地に伏せる。
尋常じゃないほどの重力が肉体を襲う。
まるで巨大な何かに上から押し潰されているような……〈クトゥルフのわしづかみ〉か!
「我が悲願……全能の魔王たるアザトースを我の支配下に置き、我が世界の王となる夢は後少しで叶う。それまで貴様はそこで無様に這いつくばっているがいい!」
より一層重力は強くなる。
だけどここで挫けるわけにはいけない。
ここで私が挫けたら世界そのものが終わってしまうのだから!
「ふざけるな!この程度……」
必死に身体に力を入れる。
天からの圧力で激痛が走る。
身体はミシミシと骨が軋むような音を立てる。
だけど、そんなことはどうでも良い!必ず夜行を止める!
「ほう、〈クトゥルフのわしづかみ〉を受けてなお、立つか。面白い、その気力がいつまで続くか見ものだな」
嘲笑うように夜行は呟く。
認めたくはないが、魔術師として今の私は夜行より遥かに弱い。
魔術戦……そもそも普通に戦ったところで、やつを倒すことは私では不可能だろう。
そう、私だけではな……
「はあああああ!」
叫び声を上げながら夜行に向かって吶喊する。
途中、簡易的な〈ヨグ=ソトースのこぶし〉を夜行に向かって唱える。
当然、夜行はその吶喊をいとも簡単に避け、〈ヨグ=ソトースのこぶし〉さえも同じ〈ヨグ=ソトースのこぶし〉を唱え相殺する。
「考えなしの吶喊か、ずいぶんな愚行に走ったな」
「はぁ……はぁ……それはどうかしら?」
そう、吶喊と〈ヨグ=ソトースのこぶし〉はあくまで奴が座っていた玉座の後ろにある祭壇に近づくためのブラフ。
私の本当の目的はその祭壇に置かれた
「さあ、起きなさい!Nyarlathotep!」
そう叫んで開いていたトラペゾヘドロンを閉め切る。
途端にトラペゾヘドロンから闇が溢れ出す。
神聖ささえ感じさせた光の空間を闇が嘲笑うかのように塗り潰す。
そして闇は一つの人の形を形成する。
「ふむ、別に出してくれなくてもよかったのですがね?」
Nyarlathotepは気怠そうに告げる。
「うるさい!緊急事態なんだから力を貸しなさい!」
「はぁ、いつもなら人如きの頼なぞ断りますが、今回は私も少々怒っています。いいでしょう、蒼葉アキル、貴方の側についてあげましょう!」
「は!ナイアーラが増えたところで結果は変わらん、我が術式完成まで後数時間。しばしの間遊んでやる」
夜行はそう告げると途端に冒涜的な呪文を紡ぎ始める。
同時に何体もの生きた炎が顕現する。
燃え盛る炎の神Cthughaの眷属である炎の精だ。
「へー、炎の精ですか。ずいぶんと嫌がらせがお好きなんですね!流石寄生虫といったところでしょうか」
Nyarlathotepは夜行を嘲笑する。
だが、その声には少しだけ怒りがこもっていた。
「煽ってる場合じゃないでしょ!応戦する準備よ!」
「そんな必要はありません」
そういって、Nyarlathotepはその手を軽く振りかざす。
途端に炎の精達は霧散する。
「はぁ!何よ今の!」
あまりの出来事に驚嘆する。
炎の精はCthughaの配下とはいえ、人類からしたら十分脅威となる存在だ。
魔術で対応しようとしたって苦労するのに、Nyarlathotepはそれをいとも簡単に消して見せたのだ。
「あの程度、蹴散らせなくてどうするんですか?」
「ナイアーラめ、面倒な……だが次はどうかな?」
再び夜行は冒涜的な呪文を唱え始める、それに呼応するかのように虚空からクスクスと言う不気味な笑い声が無数に響く。
おそらく、数え切れないほどの星の吸血鬼を呼び出したのだろう。
「星の吸血鬼ですか、見えないのは少々面倒くさいですね」
そう言うとNyarlathotepはその両腕を悍しく膨張させて三つのカギ爪がついた触手の束へと変えた。
「アキルさん、ちゃんと伏せてくださいね?」
そう言うと同時にその腕を肥大化させカギ爪を滅茶苦茶に振り回す。
そのカギ爪に斬られたのか奇妙な断末魔が響き、無数の星の吸血鬼の死体が落ちてくる。
「なんて滅茶苦茶な……私にも当たるところだったわよ!」
「文句が多いですねえ、人如きに配慮してるだけありがたく思いなさい。そう言う貴方も少しは戦ったらどうですか?」
「ええ、やってやるわよ!」
敵は見えないけど無数にいる。
なら、雑に唱えても当たるわ!
冒涜的な歌を紡ぐ。
歌は現実を蝕み、私の正気を侵食する。
それでも構わない。
尚も歌を紡ぐ、此れなるは時空を司りし神の権能の劣化再現。
星外の存在が作り出し、人が受け継いだ大いなる鉄槌!
我が敵をことごとく薙ぎ払う偽りの神の拳!
〈ヨグ=ソトースのこぶし〉!
「いあ!いあ!ヨグ=ソトース!」
詠唱を終えその一撃が放たれる。
射程は私の視界に映る全て。
その全てが吹き飛び粉砕される。
断末魔を上げる暇もなく、無数にいた星の吸血鬼は粉々になって消しとんだ。
しかし……
「ふふふ、それが貴様の全力の〈ヨグ=ソトースのこぶし〉か!ぬるい!ぬるいぞ!」
尚も夜行は立ち続けていた。
全力の〈ヨグ=ソトースのこぶし〉さえこいつには効いてすらいない。
その現実が私を襲う。
夜行は続けて冒涜的な呪文を唱える。
無数の炎の精とクスクスと言う笑い声が木霊する。
「ふむ、キリがないですね」
Nyarlathotepは顔を少し歪めながらそう呟く。
「そうね、何か良い案無いかしら?」
Nyarlathotepに問う。
正直さっきの一撃でだいぶ魔力を消費してしまった。
このままではジリ貧だ。
「なるほど、ではこうしましょう」
不意にNyarlathotepがパチンと指を鳴らす。
同時に、私の両肩は何かに掴まれそのまま天へと飛翔する。
「な⁉︎」
あまりに想定外の出来事で声が出る。
「では、任せましたよ。
そうNyarlathotepが呟く。
「ま、ちょっと!あんた何する気なの⁉︎」
「何って、貴方を先にお父様のところに連れて行くのですよ。人間如きをお父様の元に連れて行くのは非常に不服ですが、このままではお父様があの寄生虫の傀儡になってしまいます。それは更に不愉快極まりないですからね。だから……」
一呼吸おいてNyarlathotepは告げる。
「非常に不服ですが、貴方がお父様になれば良い」
「はあ?」
こいつ、今なんて言った?『貴方がお父様になれば良い』だと?
え?つまり……
疲弊し切った頭脳をフル稼働させて答えを導き出す。
しかしその答えはNyarlathotepの方から告げられた。
「はあ、も何も貴方がお父様と一体化してこの事態を解決すれば良いんですよ。お父様は眠っていらっしゃいますから同期するだけなら貴方みたいな三流の魔術師モドキでもできますよ」
最悪の答えが返ってきて唖然とする。
このクソ野郎は私に原初の混沌核に入り込み、あまつさえ同化して事態を解決しろと言っているのだ。
「馬鹿か貴様ら!」
あまりに突拍子のないことに夜行が声を上げる。
「それはどうでしょうか?彼女次第ですが悪くはない案ですよ?と言うことで、私はこの儀式を台無しにするために全力を出させてもらいます!」
そう言い放った瞬間、Nyarlathotepの姿が変貌する。
燃えるような三つの目を持った巨大な触手の集合体とでも言うべき異形の姿へと変貌する。
「さて、後は貴方次第ですよ、蒼葉アキル。どうか壊れないでくださいね?」
最後にそうNyarlathotepが呟く。
瞬間、私の視界と思考は闇の中……Azathothの中へと取り込まれた。
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